オマケ1







その日阿部はベランダに出て1人でひっそりと1枚の写真を焼いた。 
古い写真だった。

焼く前に眺めた。 長い長い時間をかけて眺めた。

眺めながらそれを撮った時の自分を思い出した。
それから、その後三橋との間に起きたゴタゴタとか花井を巻き込んだこととか、
その折に感じた苦しみと葛藤をひとつひとつ丁寧に思い出した。

どうしても焼けずに残した1枚は、引越しの時にもちゃんと大事に持ってきた。
三橋に絶対見つからないような場所に仕舞いこんで
取り出すことはほとんどなかったけれど、ごくたまに思い出したように出して
眺めたりもした。
もう捨てられる、大丈夫 と何度も思いながらそうしなかったのは、
半分は自分を戒めるためだったかもしれない。

でももういい、と阿部は思った。
正直なところその頃と比べて格段に強くなったわけでも
不安がゼロになったわけでもない。 
それでも変わったと思う。
あの頃は余裕がなかった、と湧く感慨は虚勢などではない。

真実大事な写真だった。 それを焼くのが平気と言ったら嘘になる。
切なかった。

けれど紙で残しておかなくても、いつだって見られるのだ。
焼くことで1つの区切りになる気がしたし、
あの時の言葉をやっと嘘にしなくて済んだという安堵感もあった。

それやこれやを阿部は噛み締めながら、焼いた。
あの時と同じように、紙はあっというまに灰になって風に散った。













その日の午後三橋が帰ると阿部がいなかった。
出かける予定はないと言っていたし、玄関に靴もあるのに何故、と
不審に思ったところで阿部が居間に入ってきた。 ベランダから。
洗濯物でも取り込んでいたのかと思ってから、
今日は洗濯はしていないと気付いて首を傾げた。

「阿部くん・・・・?」
「あ、帰ってたんか、おかえり」
「ただいま・・・・・」

何をしていたの? と聞こうとして三橋は目を見張った。 
阿部は穏やかに微笑んでいた。
その顔がいつもと違って見えて、思ったこととは違う質問がついて出た。

「何かいいこと、あった・・・?」
「え? なんで?」
「何だか嬉しそう だから」
「・・・・・そうかな。 うん、そうかもな」

阿部はにっこりと笑ってから 「三橋のおかげだよ」 と言った。
それきり続きを言わなかったので、三橋には何のことだかわからなかった。
でも阿部がひどく満足そうだったので、それでもういいやと思った。



その時阿部の指輪が窓からの陽を反射して光ったのを、目を細めて眺めた。
それからこっそりと自分の指も確認した。
まだ真新しいそれは、くすぐったいような誇らしいような気分を喚起した。
それを外す日のことを、三橋は考えない。
考えるくらいなら阿部の指には嵌めなかった。
以前の自分ならあり得ないことで、それはひとえに。

「阿部くんの、おかげだ・・・・・」

口の中でつぶやくと、聞こえたらしい阿部が不思議そうな顔をしてから、
また穏やかに笑ってくれた。
何かを1つ抜けたようにも見えて、嬉しくなった。
2人で変わっていくこともあるのだ。
10年後にどうなるか、何が変わって何が変わらないかなんて
わからないけれど。

想像してみて、変わらないことのほうは三橋にはわかる気がした。
今はまだ特別な感慨を伴う指輪も、そこにあるのが当たり前になる日が
きっと来るのだろう。
自然にそう思えたことが、三橋はしみじみと嬉しかった。













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                                              * 表の 「阿部君の葛藤」 とリンクしてます。