オマケ2







いつもの店に連れ立って入ってカウンターに座る時、
阿部が右側に来たのは意図したわけじゃないだろうが、
そのせいで花井はすぐに気付いてしまった。
品書きを開く手のそれが、電球を反射してきらりと光ったからだ。
ああ、ついに  というのが真っ先に浮かんだことだった。

何も聞かないうちに1人で感慨に浸ってしまったので、
一通りの注文が済んだ後、先手を打って告げた言葉は
自分でびっくりしたくらい真面目な響きを帯びていた。

「おめでとう、阿部」
「え」

やぶからぼうだったせいか、阿部は一瞬面食らった顔をしてから
花井の視線の先に気付いて、素直に破願した。
左の薬指に光る指輪は前回会った時にはなかったはずだ。

「・・・・ありがとう」
「ようやく、だな」
「や、でも本当に結婚したわけでもねーし」

照れたような顔は掛け値なしに幸福そうで
思えばこいつも変わったよなとまた感慨を覚える。

「気分だけのことだからさ」
「・・・・日本でも養子とか、その気になればテはあんじゃねーの?」
「あー、まあな。 でもそれやるなら親は無視できねーから」
「・・・・・言わないのか?」
「いや、言うよ。」
「いつ?」
「いつか」

まだ未定、と付け加えてから阿部はまた笑った。
そっちのが大変な気がするのだが、阿部には違うのだろう。
2人の気持ちが揃うのが一番大事で、そして何より難しいことだった。
だって何しろ三橋だから。
遥か以前に、三橋の自信のなさを嘆く阿部にそう言ったことを思い出した。
他人事ながら、難儀だな と感じたことまで思い出した。

「・・・・・・長かったなあ」
「まったくだよ」

ただ指輪を嵌めただけだし、阿部自身 「気分だけ」 と
表面ではあっさりと言い放つそのことに、どれだけの重みがあるか
花井は誰よりも知っていた。
それも三橋じゃなくて、阿部が嵌めたのだ。
もちろん三橋もだろうが、阿部がするのを三橋が拒まなかった、
それが意味することは大きい。 粘り勝ちというやつだ。

「まあとにかく、飲もうぜ?」
「おお」

運ばれてきたジョッキを常になく掲げて、阿部を見た。
にやりと笑ってみせると、阿部も笑って
双方のジョッキを軽く合わせた。 ちん、と涼しい音がした。

「粘り勝ちを祝って」
「サンキュ」
「最初に指輪がどーのって言い出したの、2年の時だったよな?」
「あー、うん。 よく覚えてんな」
「忘れるわけねーよ、あん時オレ焦ったもん」
「てかあん時そもそも、おまえが提案したんじゃん」
「冗談だったんだよ!」
「オレはマジだった」
「オレはマジで焦った」
「そいつは悪かった」
「・・・・・・・なんか心の籠ってない謝罪だな」
「細かいこと気にすんなって」
「プラチナか銀かで迷ってたよなー」
「たけーから結局やめたけど」
「・・・・・・・・値段だけじゃないだろ?」

ふっと阿部が遠い目をした。
冗談のようなことをクソ真面目に語っていたあの頃は、子供だった。 
お互いに。

「で、それプラチナ?」
「うん」
「本当に買うことになるとはなあ・・・・」
「思ってなかった?」
「いや、・・・・思ってた」

ははは、 と阿部が声を出して笑った。
ぽんぽんといつものように軽く言い合いながらも、感慨が滲んでしまう。

「おまえもなあ、諦めないっつーか執念深いっつーか」
「悪かったな」
「褒めてんだよ」
「そらどーも」
「さすがは捕手って感じだよ」
「オレもそう思う」
「・・・・・・・とにかく、良かったな!」
「でもまだこれからだから」

再び遠い目をした阿部の横顔を花井はしみじみと眺めた。
見つめている先は何なのか、それが何であろうと阿部は行き着くのだろう。
強い気持ちでまっすぐに、いつの日か必ず。

見届けてやるよ、と花井は思った。 
大変なのはこれからかもしれないけど、どんなに時間がかかっても。

「・・・・応援してっから」
「え」

虚を衝かれたような顔で見つめられて、急に照れ臭くなった。

「おまえさ、泣いたろ」
「・・・・・はあ?」
「それ嵌めた時、泣いただろ?」
「な、泣いてねーよ!」

赤くなった頬と怒ったような口調が そうだとバラしている。
見えるようだった。 想像してニヤニヤと口元を緩めた。 
不遜な顔を作ったって無駄だ。
年月だけで言えば、三橋と同じだけ付き合ってきたのだ。
この程度のからかいは当然の権利だと思いながら、
花井はぼんやりとこの先のことを考えた。

いつかまたこうやって乾杯する日は部の全員を呼んで
盛大にパーティでもしてやろうか。
今から計画しておくのもいいかもしれない。 仕切るとしたらどうせ自分だ。
未だ2人の仲を知らないヤツもいるかもしれないけど、
親公認になったら隠す必要もないだろう。
そのせいで付き合いを切る人間など、絶対にいない。
田島と栄口には、予め声をかけて手伝わせよう。

あれこれと具体的に段取りを考えていることに気付いて、
我に返って苦笑した。
阿部はある面変わったが、自分も相当かもしれない。
でも変わらない部分もある。 阿部と三橋とはまた違った意味で。

「つまり腐れ縁ってやつか・・・・」
「あ?」
「オレとおまえが」
「あー・・・・だな」
「てことで、楽しみにしてっから」
「・・・・なにを?」
「いろいろと」

阿部は黙って花井を見た。
何か言いたそうにしたものの、結局無言で杯を傾けた。
花井は先刻思ったことを胸の内で言い直した。
敢えて本人に言う気はないが、心からの願いだった。


見届けさせてほしい。

時には失敗してもゆっくりとでも、2人で乗り越えていく姿を。
何年経っても少しも揺るがない、奇跡のように強い気持ちを。


ずっとずっと、これからも。












                                          了

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