ずっとこれからも (中編)(SIDE A)





文字どおり精魂尽き果てた三橋がすとんと意識を失うように眠りに落ちた後、
阿部は丁寧にその体を拭いてやった。  複雑な心境で。
もちろん、満ち足りた幸福な気分が一番大きかったけれど。

このまま寝ても風邪はひかないだろうと思いつつも
明け方は冷えることもあると判断して、苦労してズボンだけは穿かせた。
ついでに自分も穿いて最後にきちんと布団をかけてやってから、小さく苦笑した。

「・・・・・オレさ、今年は本当に食いもんでもいいと思ったんだぜ?」

ため息混じりにつぶやいた言葉は、当然三橋の耳には届かない。
食べ物 「だけ」 でもいい、とは思っていなかったから
厳密には嘘なわけだが、この展開が予定外だったのは本当だ。

「ったくもう・・・・・・」

言葉とは裏腹に、愛しげに三橋の寝顔をしばらく眺めた。
それからベッド脇にある棚の引き出しの奥から、小箱を取り出してじっと見詰めた。
大分前にこっそりと用意して、隠しておいたそれを
手の上で転がしながら阿部は悩む。

「どうすっかな・・・・・・」

ずっと渡したかったもの。
渡したからといって法律的に何がどうなるというものでもなく、自己満足に過ぎない。
でも少なくとも、それを嵌める指によっては存在だけで恋敵を排除できるかもしれず、
阿部にとっては心が休まるという大きなメリットがある。
でもそんな理屈以前に、これはどう見ても。

「プロポーズ、みてえだよな・・・・・・・」

口に出して、1人で赤面した。
そんなつもりはない、 と言う気はない。
だって選んだそれはシンプルなプラチナで、いかにもなデザインのうえ
裏にイニシャルだって入れてもらった。
おまけに、揃いで自分の分まで作ったのだ。
これをファッションリングと思う奴がいたら鈍いを通り越して阿呆だ。
たとえ三橋でも間違えないだろう。

と頷いてから いや、と思い直した。

「こいつならあり得るか・・・・・・」

ぷ、と笑いかけて いやいや、と今度は首を振った。
いくらなんでもそれはないだろう。
だってもう何年も恋人として付き合っていて共に暮らしていて
これが男女だったらとっくに結婚していてもおかしくない。
けれどだから逆に。

「今さらって感じもするよな・・・・・」

しかし渡すことによって、区切りにはなるんじゃないだろうか。
そう考えてからいやいやいや、とまた首を振った。 
それは気分だけのことだから。

「やっぱ自己満足か・・・・・」

眠りこける三橋の傍らで、阿部は1人忙しく自問自答する。
大変滑稽だ、という自覚はない。 密かにテンパっているせいだ。
今だけじゃなく、決めてからずっと1人で緊張している。
三橋は全然わかってないだろうけど。

大分前に内緒で作った指輪を、今年こそ渡そうと思った。
だからもうプレゼントは決まっている。 聞く必要などなかった。

にも拘わらず聞いたのは、食べ物を言うだろうから
言われたものを全部買ってやって、ついでみたいに紛れ込ませて、などという
照れ隠しの思惑があったわけだが。

「こいつ、また変な発想しやがって・・・・・・」

これでは最初の頃からちっとも変わってないではないか。
半分は自業自得だし、こと自分たちの恋愛に関してはもう仕方ないと
どこかで開き直っているとはいえ、やはり寂しい。

「いい加減わかりやがれ、おまえはよ・・・・・・・・」

すうすうと寝息を立てている童顔に向かってぶつぶつと文句を吐いてから、
阿部はため息をついた。
それなら尚更渡したい気もするのだが、躊躇ってしまうのは、
もし受け取ってもらえなかったら、という不安が拭えないからだ。

阿部はこれについての三橋の思考をイヤというほど知っていた。
阿部には安心感をもたらす物が三橋にとっては罪悪感になる。
受け取ることでもそうだが、阿部が嵌めることを申し訳ない、
と三橋が思ってもなんら不思議じゃないのだ。
それで過去にさんざん苦労してきたし、今でもしている。
同性であることの三橋の引け目は随分薄くなったとはいえ未だにあって、
現にさっきもそうだった。
油断するとすぐに後ろを向こうとする癖も大きいだろうが、
完全になければ出てこないはずだ。
理性が飛んだのは怒りも手伝ったからだった。

そして躊躇する理由はそれだけじゃなく、もう1つあった。

「これって三橋のためってより、オレのためだよな・・・・」

受け取ってもらって嬉しいのは自分だ、と思うと
三橋の誕生日に渡すのはそぐわない気がしてしょうがない。
むしろ自分の誕生日のほうが口実になるんじゃないだろうか。
阿部はしばらく黙って考えた。 真剣に。

「・・・・・・延期」

つぶやいて、視線を落とした。 湧き上がったのは情けなさだ。
つまりオレは怖いんだ、と認める。 
傷つくのが怖い。 不本意だけど事実だった。

手の中で転がしていた小箱を元の場所に丁寧に戻しながら、
つきりと背中に痛みが走った。

「・・・・・・・?」

なんで? と首を傾げてからすぐに思い当たった。
自分では見えないけれど、背中には傷がついているはずだ。 三橋が付けた。
阿部の体を傷つけることを基本的には嫌がる三橋が、今日は付けた。
それだけ我を忘れさせた、と思えば悪い気はしない。
一切手加減しなかったから当然と言えばそれまでだが。

阿部は人の悪い笑みを浮かべかけてから、引っ込めた。
甘い理由で付いた傷なのに、小さく痛むのは間違いない。
ちりちりと、微かなそれは甘くて嬉しくて幸せで、でも痛い。

まるで今の自分の心境のようだ、 と阿部は思って
何度目かに浮かべた笑いは今度は少し、苦いものになった。














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