ずっとこれからも (前編)(SIDE M)





何が欲しい? と聞かれたのは誕生日の前日の夜だった。

浮かんだものはあったけど、三橋は躊躇した。
何故ならそれは食物だったから、却下されると推測したからだ。
今までもダメだったから、ほとんど確信だった。

でも欲しい理由はもう、以前とは違う。
単純に 「食べたいから」 で、それだけだ。
以前は 「残る物は欲しくない」 と思った。
付き合いがダメになった後で見るのがつらかったからだ。
阿部が食べ物を始めとした 「残らない物」 をことごとく却下するのは
そんな卑屈な思惑を見透かしていたのだろうと、今になってわかる。
でもあれから何年も経った今は、もうそこまで悲観してはいない。

と、正直に伝えることはできそうにないけれど。

それに、その悲観が完全に払拭されたと言ったら嘘になる。
同性ゆえの障害は現実問題として小さくはないうえ、
皆に祝福されてきちんと結婚した夫婦だって、別れることがあるのだ。
先のことなんて誰にわかるだろう。
自分の努力だけではどうにもならないことだって、ある。

「・・・・三橋?」

訝しげに呼ばれて我に返った。
誕生日に欲しいものを聞かれただけなのに、うっかりぐるぐると考え込んでいた。
あまり明るいとは言えないそれらを押し込めて
慌てて改めて考えてもすぐには思いつかない。
仕方なく最初に浮かんだ物を言ったものの、内心では諦めていた。

「あのね 近くに 餃子専門店ができた、よね」
「あー、あれな、うん」
「あそこの特製肉まんが いっぱい食べたい」
「そうか、いいぜ?」
「あ、わかってる。 食べ物だもんね。 わか」

ぴたりと、三橋は言葉を止めた。
今阿部は何と言った?
落としていた視線を上げて、顔を見た。 阿部はにこにこと笑っていた。

「・・・・・・阿部くん?」
「ん?」
「・・・・・・いいの?」
「いいよ? 何で?」
「え、だって・・・・・今まで食べ物はダメ・・・・て」
「あー、今まではな。 でもやっぱおまえの欲しいもんが一番だと思って」

三橋はぽかんとした。 信じられない。

「他にもねーの? 何でも言ってみな?」
「え、 じゃあ」
「うん」
「前から食べたかった、あの」
「うん」
「・・・・・輸入チョコ、があって、でもちょっと・・・・・・高くて」
「わかった。 後で銘柄教えて」
「へ・・・・・・・・・」

三橋は狐につままれたような心地になった。
この阿部は本当に阿部なのだろうか。

「他は? もうねーの?」
「・・・・・・・じゃあ 駅ビルの地下で売ってる メロンパン・・・・・・」
「ああ、あそこの美味いよな。 いいぜ」

三橋はぎゅうっと自分の頬をつねってみた。 痛い。
てことは夢じゃない。
思い切りつねったせいで潤んだ目に阿部の爽やかな笑顔が映った。

「おまえはほんっと、食いもんばっかだなあ」

現実なんだ、 と思った。 嬉しいはずなのに。

「・・・・・・うそ だ」
「え?」
「阿部くん 熱でも」
「はああ?」
「ぐ、具合 悪い?」

阿部の目が剣呑になったのがわかったけど、
失礼なことを言っているのに気付かないのは驚き過ぎているからだ。

「・・・・・・・別に?」
「で でも 変 だ・・・・・・」
「何が?」
「阿部くんじゃ、ない みたい」
「・・・・・・・・・・・・。」

むっとしたように黙り込んだ阿部を見て、三橋は軽いパニックに陥った。
真っ先に出てくるのが暗い可能性なのはもはや習性に近い。
襲い来るそれに、それでも理性が懸命に抗ったのは経験からだ。
いつかも似たようなことがあった。
阿部らしくない、とさんざん悩んだその時は結局取り越し苦労だった。
自分の悪いクセだと、急いで否定しても一度湧いた不安は消えない。

つぶやいたのは無意識だったけど
それでも即座に口にしたところは、自分も変わったのかもしれないと
どこかでちらりと三橋は思った。

「・・・・・・・・もうどうでもいい とか・・・・・」
「なにが?」
「オレの 誕生日・・・・・」
「はあ? なに言ってんの三橋?」
「・・・・・・・だって変だ、もん」
「変って、オレが?」
「だ、だってだって、 いつも言うこと、言わないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「それに いつもは 食べ物はダメって」

涙目で叫んだところで、阿部の目がすうと細くなった。

「・・・・・・・ふーん、わかった」
「え・・・・・・・・・」
「じゃあとりあえずその 『いつも言うこと』 のほうのご期待に応えてやる」

え、 と慌てた時はもう遅かった。
にやりと、阿部は笑った。 その笑い方の意味を、三橋はよく知っていた。
ぎくりとした次の瞬間にはもうきつく拘束されていた。
逃げるヒマもなかった。 
耳元で熱く囁かれた。

「誕生日のお祝いの1つ、として」
「あっ」
「めいっぱいサービスしてやるかんな!」

ああ、やっぱり阿部くんだ、 とホッとしながら三橋は目を瞑った。 
一方で焦ってもいた。 安堵したのは事実だけど、これはもしかして。

(オレ、墓穴掘った・・・・・・?)

イヤだなんて、言えるわけない。 
だって自分が望んだような形になったから。
もちろん、イヤではないのだが。
この展開ではきっと全然手加減してもらえない。

そこまで考えたところで、あっと気付いた。

この成り行きは、阿部の予定どおりだったのかもしれない、

と掠めたのがその夜の、正確にはその日の、最後のまともな思考になった。















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