つるり (前編)






それはちょっとマズいんですけどおかーさん!!!


とは内心で絶叫しただけで口には出せなかった。
どさくさに紛れて 「おかーさん」 などと呼んでしまって (心の中でだけだけど)
将来そう呼ぶんだなぁとニヤけそうになった顔を慌てて抑えながら、
今そんなことでやに下がっている場合じゃねー!!   と自分で突っ込んだ。
ちらりと隣を見ると三橋はほんのり頬を染めているものの、
特に焦ったような様子でもない。
てことはマズいと思っているのはオレだけか。
三橋は時々イヤになるくらいニブいから、それもさもありなん、と思いつつ
ここで平気な顔をされるのも男としてどうなんだ、と情けない気持ちも湧く。
いや三橋も男だけど、この場合それは横に置いといて。

結局 「三橋がそれを回避するような何かを言ってくんねーかな」 という
オレの期待はむなしく空回りし、オレたちは三橋のおふくろさんの無邪気な、
でも強い提案により三橋家のでかい風呂にいっしょに入ることと相成った。

拷問以外のナニモノでもない。

だってちょっと溜まってたりすんだもん。
今日泊まることは前から決まってたから、
三橋をうんと悦ばせてやろうと張り切っていて、少し前から自分ですんの我慢してたんだもん。

でも流石に人んちの風呂場で家族のいる時にいたすのはどうかと思う。
部屋で夜中にこっそりとはまたワケが違うような。
声だって響きそうだし、絶対のぼせそうでうっかり鼻血なんて出たら目も当てられない。

等々、内心で途方に暮れながらもタオルだの替えの下着だの抱えて、
2人して風呂場の横の洗面所兼脱衣所に入った。
オレの密かな焦りなどどこ吹く風で三橋は鼻歌なんぞ歌いながら服を脱ぎ始めている。
ちょっとムカつく。
白い肩がするりと露になった時点でもうオレはむらっとしてしまって、
慌てて目を逸らした。 今からこんなでどうする。
脱いでいく衣擦れの音にさえ煽られそうになって、我ながらげんなりした。
こうなるとわかっていたら朝にでも抜いとけば良かった。
とか今さら後悔してももう遅い。

とりあえず2人で湯船に浸かった。
オレは三橋を正視できない。 ヤバいから。
広いから、2人で入っても体が触れ合わない、のがせめてもだけど。
いっしょに浸かっている、というだけで反応しそうになる体を宥めながら
あさってのほうを睨んでいたら、三橋が先に洗い場のほうに移動した。
ホっとこっそり息をついた。
平静を保とうとせっせと気持ちを静めているうちに、
三橋は洗い場に座って盛大に泡を立てて体を洗い始めた。
安心したのもつかの間で、今度はその様子に目がいってしまった。
逸らそうと思いながらも理性とは裏腹に、早くもピンクに染まっている
華奢な体に目が釘付けになっちまった。
見慣れた体だけど、明るいオレンジの光の下でじっくり見ることなんてあまりない。
見惚れているうちに、みるみる泡で覆われていく様も普段は見れない光景で。

「・・・・・それ、よく泡立つな」

どうでもいいことを話しかけたりして。

「へ」

三橋はちらりとオレを見てから、ぱーっと顔を染めた。
それでオレは気付いてしまった。
何でもないフリをしているけど、実はやっぱり意識してんじゃねーか?
必要以上に泡立てているのも、なるべく隠したい一心だったら。
と、 思った途端に。

むくり。

ソッコーで体が反応した。  正直にも程がある。

(ヤバ・・・・・・・・・・・)

急いで目を逸らして別のことを考えようとした。
とりあえず次の練習試合の対戦相手のデータでも。
けど、浮かんだデータの背景にピンクの肢体までいっしょに浮かび上がった。
実際より誇張すらされていて、ますます血が一点に集まっちまった。
ダメだ、 と悟って開き直ってもう一度ご本人を見たら
想像と同じものがやっぱりあって、どうにもこうにも逃げ場がない。
ピンクの胸だの腕だの尻だの尻だの尻だのにまとわり付く泡を口を開けてぼけっと見てたら。

泡のせいでつるりんと入りそう。

うっかり思ってしまってから慌てて頭を振った。 どんどんお元気になるオレのムスコ。
どうすりゃいーんだ。

「あ、阿部くん、洗わない、の・・・・・・?」
「え」

こいつ一体何を考えてんだ。  とまたムカついた。
人の気 (この場合体と言うべきか) も知んねーで。

「・・・・・・・後で洗う」

ぼそっと返した言葉は我ながら不機嫌に響いた。
三橋の目が怯えたのがわかって しまった、と思ったけど。
でも悪いけどオレは忙しいんだ。
体を通常の状態に戻すのに必死、かつ真剣なんだ。
なのでフォローしなきゃと思いながらもその余裕がない。
なのに次に三橋がおどおどと口にした言葉は 「火に油」 という類のことだった。
きっとオレが怒っていると勘違いして、気を遣ったんだろうけど。

「あの、オレ、 背中、 流そう、か・・・・・・・・?」

鼻血が出そう。

慌てて俯いて鼻を押さえてしまった。
今にもお湯に赤いものが滴るんじゃねーかと恐れたけど、大丈夫みたいだった。
ホっとして、次に浮かんだのは 「新婚生活」 というワケのわからんものだった。
背中を流すといえば新妻とかそういうイメージがあんだけど!! (オレだけかな。)

もちろん流していただきたいぜひともお願いしたいのはやまやまなんだけど。
見られると少々マズい部分がだな。
どうせ今さらなんだけど、やっぱちょっと気が引けるっつーか
バレたら絶対逃げられるし、逃げてもらったほうがこの際平和なのかもしんないけど
三橋はたまに予想外の行動をとるから、逃げないかもしれない。
となったらもう抑えなんか効かない、という絶大なる自信がオレにはある。

で  も  流していただきたい!!!!!

「えーとさ、ちょっと後ろ向いてくんない?」

何気なく言おうとした声は今度は上ずっちゃったけど、
三橋は安堵したような顔になって、その不自然な頼みを素直に聞いてくれた。
三橋が壁のほうを向いている間にオレは前を隠しつつ湯船から出て
椅子に座ってからまた問題の部分をタオルで覆ってみた。 けど。

すんげー無理があるような。

でも流してくれるのは背中だし、三橋の性格からしてわざわざ前のほうを覗き込むような
真似はしないだろう。 オレならともかく。
そう踏んだオレは、それでもとにかく極力目立たないようにしてから声をかけた。

「じゃあやってくれる?」

三橋はいそいそとタオルを石鹸で泡立ててからそぅっと背中を擦り始めた。
かわいいなー と見惚れた。
同時に気付いた。 なぜ後ろにいる三橋のピンクの顔が見えるかというと
前に鏡があるからだ。  鏡。

しまったうかつだったぜ!!!!

と焦ったもののもう遅い。 改めて鏡の中の自分を見ると
タオルの位置とか形状がどうにも不自然極まりない。
湯気で曇っているのが救いではあるけれど、気を付けて見るとわかりそうだ。
でも何気なく腕をその辺で組んでみたら、上手い具合に隠れた。 
しめしめと思いながらひとまず安心した。
気が緩んだところでまた三橋の様子を観察し始める。
一生懸命背中を洗ってくれる手 (タオルだけど) が心地よくて
ほっこりと幸せな気分になった。
同時にまたもやむらむらと衝動に襲われる。
だって泡が。
まだ泡だらけなところを見ると、三橋もやっぱり隠したいんじゃねーかと思うんだけど、
その泡が逆効果ってか、泡まみれのピンクの肌がむしろいやらしく見えるし
なんかこう、 つるん とできそうでとっても試してみたい気分が
抑えても抑えても湧いてきて如何ともしがたい。

でも、いたしたらきっと声が響く。 
広い家だから家族が台所とか居間にいる分には大丈夫のような気もするけど、
廊下を通ったら聞こえちゃうかも。
それに今おばさんだけじゃなく、おじさんもいるんだ。
将来 「お父さん」 と呼ぶ気満々だけど、
長い目で考えると今バレるのはきっといろいろと面倒なことになる。
それより何より今は三橋のほうにはその気はねーんだから、ここは我慢しよう。 我慢我慢。

と冷静にあれこれ考えながらも、オレのムスコさんは元気いっぱいで
一向に萎える気配がない。
自分の体とはいえ、こういう時はいっそ恨めしい。
かといって三橋のいるとこで1人で出すのもすげームナしいし。 引かれるのもヤだし。
ここは何とかして収めるしかない。

そんなふうにオレが1人でせっせと我慢大会にいそしんでいる間に
三橋は背中を洗い終わった。 そして。

「じゃあ流す、ね?  あべ」

くん、 の代わりに 「ひゃ?!」 という奇声が上がった。 びっくりした。
気付いた時は、三橋は漫画みたいに滑って転びかけて咄嗟にオレの肩にしがみついていた。
その瞬間背中に衝撃と同時にぬるっとした温かい感触が張り付いた。
何しろ2人とも泡だらけだから 「ぺた」 にはならないわけだなどうしたって。
でもその時。  もう1つ変な感触があった。
ぬるっと同時に 「つん」 としてるやけに熱い感触。 それも腰のあたり。

「あ、 ご、 ごめ・・・・・・・・・・」

鏡越しに三橋がピンクを通り越した真っ赤な顔で、慌てて身を離すのを見ながら、
オレは思わずにやっと笑ってしまった。
一瞬だったけど、間違えるハズもないその感触。
そしてオレが遠慮会釈なく振り向いたのと、三橋がくるりとオレに背を向けたのが同時だった。
そのままぺたんとタイルに座って両手で股の間を必死で隠している。

「ふーん」

漏れた声は我ながら楽しそうに響いた。
三橋の肩が小さく跳ねたのがわかった。













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