正しいデートのありかた - 4





「・・・・・・・いないね」
「・・・・・・・いないな」

夜の海には人っ子一人いなかった。
波打ち際で寄せては返す波をぼけっと眺めながら自己嫌悪と戦ってみる。
三橋は何でも簡単に許してくれるけど、これが普通の女の子なら
怒るとか呆れるとかしても全然不思議じゃない。 
付き合いの浅いカップルなら間違いなく破局だろう。
オレは幸せモンだと思わなきゃならない。
気を取り直してせめて残りの時間を楽しもう。

と前向きになった途端に急に雨が気になり出した。
生温いとはいえ、風が強くなっていたからだ。

「あのさ、雨の当たらないとこ行かねえ?」
「へ?」
「あっちの橋の下とか」

この期に及んでまだ帰ると言えないのは未練があるからだ。
せっかくデートに来たんだから。
これ以上いても思い描いたような正しいデートにはなり得ないけどでも、
単純にまだ三橋と2人でいたかった。
三橋も素直に頷いてくれた、だけでなくやっぱり何やら嬉しそうなことに
胸の内がほのぼのと温かくなった。

(幸せ者だよな・・・・・・・・・)

心から、そう思った。

橋の下に着いて傘をたたんで、息をついた。
ここであと少し海を見ながら話でもしよう。 まるで予定と違うけど。

(それでもう、いいや・・・・・・・)

しんみりと思ったところで背後で妙な声がした。

「ふぎゃっっ」

驚いて振り返りながら半ば予想していたことが当たった。
予定外の嫌な予感だけは今日はよく当たる。 
三橋は転んでいた。 それも派手に。

「大丈夫か?!」

助け起こしてやりながら、その有様に内心で唸った。 首から下が砂だらけだ。 
そりゃもう見事としか言いようがない。

「へ、 平気・・・・・・・・」

急いでその辺に目を走らせてガラスなんぞがないことを確認して、とりあえずホっとする。
砂まみれなだけで怪我がなかったのは幸いだったけど。

「・・・・・・すげーなこれ」
「う、へへ」

うへへじゃねーよと思ったけど、今日はとにかく己の不手際てんこ盛りの
自己嫌悪のせいで怒鳴る元気なんてない。
腕を引いて橋の袂の傍まで行って、砂が乾いていることを確認してから座らせた。
オレも前に座って、ばたばたとはたいてやる。

(・・・・・・ダメ押しってやつかこれ?)

今日は何もかも上手くいかない運命だったのかもしれない。 厄日ってやつだ。
はたきながらちょっと悲しくなる。
本当なら今頃いっしょに風呂に入って、この体を。

うっかり想像したら某所がむずむずした。

(ヤベ・・・・・・・・・)

いくらなんでもこんな砂浜で理性を飛ばすわけにはいかない。
なので、手を止めた。 大分マシになったし。 けど。

「・・・・・・あー、服の中まで入ってんなこれ」
「う、 うん」
「一体どういう転び方」

したんだ、 と最後まで言えなかったのはぎょっとしたからだ。
三橋はぷちぷちとボタンを外し始めた。

「なにやってんだ?!」
「え? だって砂・・・・・・」

そう、砂がシャツの中に入ったから、それはわかる。 それくらいはわかるけど!

(今はマズいんだよ!!!!)

罵倒は心の中だけになってしまった。 なぜって見惚れてしまったから。
前を開いてTシャツを抜き出す三橋の手つきは、もたもたして色気のカケラもないのに。

夜目にも白い三橋の肌が垣間見える。
全部見えなくてちらりと覗くのが妙にいやらしく感じるのは
全面的にオレが悪いんだろうと思う。 三橋には何の思惑もないない絶対ない。
ここで押し倒すのはいくら何でもマズい。 外だもん。
いや誰もいないしそれもありかもだけど、正しいデートと言えるかっつーと。

(・・・・・・・ぜってーダメだ!)

むしろ邪道だ。 というかそれ以前に三橋が嫌がるのは火を見るより明らかだ。
それはゲンミツにしたくない。

己を叱咤しながら目を海の方角に逸らした。
波に抑制効果があればいいのに。  
あるかもしれない。 きっとある、うん。 思い込めば何とかなる。

念じながら一心不乱に波を睨んでいても、某所は相変わらずざわざわと不穏だし、
至近距離で三橋がごそごそしている気配がする。
しかもいつまで経っても終わらない。 だもんでしまいにイライラしてきた。

「あーもう、オレがやってやる!!」

ついにキレてしまって、目を三橋に戻してまたぎょっとした。
いつのまにかズボンのベルトまで外れている。 ジッパーも半分くらい下りて
そこからパンツが覗いて見える。 今日は青のチェック。

・・・・・・・・なんてことはどうでもよくて!!!!!

「な、なにやってんだよおまえ?!」

ひょっとして誘ってるのか? 暗くて誰もいないこんなトコでそんなかっこして
オレの理性が大変にヤバいとか、 思わないのかこいつは?!

(・・・・・・・思わねーんだろうな・・・・・・・)

自分で回答した。

「くそっ」

小さく悪態をついたら 「ひっ」 と三橋が悲鳴を上げた。 
いかんまたやっちまった。

「だだだって、あの ズボンの中 にも」
「・・・・・・入ったわけね」

補足してやりながらさっきの己の言葉を後悔した。
「くそ」 じゃなくてその前の 「やってやる」 のほう。
でもここで 「やっぱ自分でやれ」 とか言ったら三橋がどう思うか
どういう反応をするかなんて、経験上分かり過ぎるくらいわかっている。
仕方なく、乱暴にならないように気をつけて三橋の腹についた砂をおざなりに掃ってやった。
けど何だか、その掃った砂がズボンの中に落ちて、事態を余計に悪くしているような。
ズボンに入った砂の面倒までは勘弁してほしい。 自分が全然信用できない。

「後ろ向いて」
「う、はい」

背中をめくって見ても砂はない。 当たり前だ。
前のめりに転んで背中に砂なんか入るわけない。
つまりオレは自衛したわけだ。
やると言った手前やった振りだけでもしないと、三橋がまた涙目になるから。
とにかくズボンの中だけは自分でやってほしい。

願いながら意味もなく背中を撫で回す。 
馴染んだ滑らかな感触に体の疼きがひどくなった。 どうすりゃいいんだ。

「あ」
「は?」

三橋が変な声を上げた。 見れば俯き加減になっている。
どこか一点を凝視しているようにも見える。
砂の上に何か見つけたんだろうか。 カニでもいるのか。

「ん」

また上げた。 カニはどこにいんだろう。
撫で回しながらカニを探すオレ。 ズキズキが紛れるしちょうどいい。

「あ  ふ」

手を止めた。 
カニじゃない。 と突然気付いたからだ。 この声は。

改めて様子を見れば何だか背中を丸めて小さくなっている。
これはもしかして、もしかしなくても。

「・・・・・感じた?」

そうしようと意識したわけじゃないのに声が掠れた。 我ながらヤらしい。
今ならまだ大丈夫、という理性の声はとてもとても小さくて、すぐに掻き消えてしまった。
一気に心拍数が上がるのはどうしようもない。  だって仕方ない。
好きなやつとこんな暗がりに2人きりで、お互いおかしな気分になってるんだったら
スルーするほうがむしろ不自然。

「・・・・・こっち向いて? 三橋」
「え、 やだ・・・・・」

やだと言われると余計燃えるのは男の性だと思うんだけど。
それともオレだけなんだろうか。
肩を掴んだら、びくりと跳ね上がってから逃れるように蹲ってしまった。
力いっぱい逆効果になっていることを三橋は知ってるんだろうか。

逆の作用が働いたせいで手が勝手に動いた。
蹲っている三橋の股間の辺りを後ろからそっと探った。

「あ、 あ、 ダメ・・・・・・」
「・・・・・・・・たってる」

わざと耳元で囁いてやった。 半分くらいだけど、三橋のあそこは明らかに反応していた。

でもってオレのほうの半起ちムスコは、その1秒後に全起ちになってしまった。














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