正しいデートのありかた - 3





(・・・・・・こんなはずじゃ・・・・・・)

そう思うのも今日何度目だろうか。
どうしてこう満遍なく予定がズレるんだろう。
オレの日頃の行いはそんなに悪いんだろうか。

密かに落ち込みながらも、目の前のポテトを黙って口に運ぶ。

結局あの後、ショックのあまり呆けているオレに三橋は言った。

「あ、あそこにマック ある よ?」

それはもちろん、オレを気遣ってくれた言葉だったんだろうけど。

頭にあった映像を拭い切れない。
雰囲気のいいレストランで海を眺めながら、ちょっといいディナーを食べるオレたち。
どうしても未練を捨てられなくて。

「・・・・・・・別の店も見てみようぜ?」
「え」

ぱちぱちと瞬きしたきり三橋が文句も言わないのをいいことに、
しばらく海沿いの道をせかせかと歩き回った。
むっつりしたままのオレに三橋はとまどったような表情をしながら、
それでも黙って付いてきてくれた。

けど点在する店はどれも地味だったり寂れていたりして
イメージしていたものとは程遠いか、あるいは良さげなところだと
逆に高級過ぎの感があって、入る勇気が出なかった。
いい加減疲れた挙句に毎度お馴染みのファストフード店の一角に落ち着いた時
三橋がやけに嬉しそうだったのは、半分は内心でうんざりしていて
ようやくオレが諦めたことに、ホっとしたからじゃないだろうか。

もそもそと咀嚼しながら暗い想像に浸ってしまうオレ。

「美味しい ね?」

弾んだ声に目を上げて見ると、三橋はにこにこと嬉しそうにバーガーにかぶりついていた。

唐突にしみじみと愛しさが湧いた。
と同時に気付いた。
気を遣ってくれているのか、本当に嬉しいのかよくわからないけど、
ここで三橋まで暗くなったら救いがない。
有り難い、と素直に思った。
そしていつまでも凹んでいる自分にもこっそり渇を入れる。

「・・・・・・ちょっと予定と違ったけどな」
「う、ううん!」

ふるふるふると三橋は何度も首を横に振った。

「オ、オレ 嬉しい、よ!」
「・・・・・・なにが」
「え、だって」

ぽっと、頬が染まった。

「デ、デ、デート できて」

ぽっと、オレの頬も染まった気がする。
マックなんて普段だって入るじゃん、 とちらりと思ったけど風景が違うのは確かだし、
知り合いに会うこともないし、なにより三橋が楽しそうなのが一番だ。  それに。

(まだ、残ってるし・・・・・・・・)

心のメモ帳に燦然と輝く最後の砦、 「ペンションにお泊り」 さえ実現すれば
今までの予定外は全部帳消しになる。 お釣りだってきそうだ。
思わずにんまりと、顔が笑ってしまったら、目の前の三橋の顔もまたにっこりと幸せそう。
嬉しくて幸せな気持ちが勢いよく完全復活した。

(これからこれから!!)







○○○○○○

店を出たら雨足は少し弱くなったようだった。
いい兆候だと気を良くしながら、もう寄り道などせずに真っ直ぐに予定のペンションに向かった。
けどここで、またしても若干の予定外が発生した。

(・・・・・・この辺のはず、なんだけど)

今度はすんなり見つからない。
こっちは海沿いの道じゃないから、地図を印刷してくるべきだった
と気付いたところで今さら遅くて、頭に入れてある地図だけを頼りに歩いてもよくわからない。 
さっきさんざん歩き回ったから疲れているし、もう夜の時間帯で暗いし雨だし
早く着きたいのに、と焦り始めたところで地元の人間と思しき人がいたので
これ幸いと聞いてみた。

「あー、そのペンションね」

知っているような口ぶりにホっとした。

「あそこ、人気あるんだけど、ちょっとわかりづらいのよねー」

人の良さそうなおばちゃんの言葉の一部が引っ掛かった。

(人気がある・・・・・・・・?)

それはもちろん、いいことだけど。
引っ掛かったのは、予約をしてないからだ。
だって平日だから。 土曜じゃないから大丈夫と高をくくっていた。
不安を感じながらも教えられた道を行くと、あっさりと見つかった。
結局迷った時間はごく短時間で済んだことに胸を撫で下ろしたけれど。

「こ、ここ?」
「うんそう。 調べたら良さそうだったから」

無事に見つかったことへの安堵感なのか期待なのか、
三橋の顔がまた星もかくやというくらいにきらきらと輝いた。
その極上の笑顔に素直に喜べないのは、さっきの一抹の不安が残っているからだ。
祈るような気持ちで小奇麗な受け付けに向かいながら、心臓がばくばくした。

けれど予感は当たった。 当たってしまった。

「満室でございます」

という言葉が耳を打った時、ああ無情 という有名な小説のタイトルが浮かんだ。
受付のオネーサンが気の毒そうな顔をしてくれたのがせめてもだったと言えなくもない。
ここで 「予約しないなんてバカじゃねーのこいつ」 という顔をされたら
情けなさで即死したかもしんない。
受付のカウンターに頭をぶつけて流血してみたら泊まれないかな
と半ば本気で考えている間にも、オネーサンは気の毒そうな声で説明してくれた。

「1室空いていたんだけど、つい先ほど埋まってしまって」

そうですか。 つい先ほどですか。

カウンターに頭を打ちつける代わりに、ぺこりと一礼してから黙って外に出た。
三橋も慌てたようについてきた。
さっきのきら星みたいな顔が浮かんだ。 
今どんな顔をしているのか見たくなくて、濡れた地面を睨み付ける。
のろのろと歩きながら、心のメモ帳にまた1つ線を引く時の惨めさったらなかった。

「あ、阿部くん」

はい。

「あの、他のとこ とかは・・・・」

宿泊のみ可、で雰囲気良くてかつリーズナブル、てのはほとんどなかったんだ。

心だけで返事しても三橋には伝わらないと、わかりながら口を開くのも億劫なオレ。
勇気を出して見れば、三橋は思っていたよりずっと平穏な顔でオレを見ていた。
それでも低空飛行な気分は1ミリも上昇しない。 むしろめり込む勢い。

さようならいっしょのお風呂。  さようなら2人で過ごす熱い夜。
さようなら密かにさせようと目論んでいたあんなことやこんなこと。

「えっと あの」

はい。

「・・・・・・・・じゃあ、 か、 帰るの・・・・・・・?」

それしかねーだろうな。

心でだけの返事にも拘わらず、三橋の顔が初めて曇った。 顔に出たのかもしれない。
こういうことばかりスムーズに伝わるのは何でだ  という疑問も今はどうでもいい。
三橋だってきっと楽しみにしてくれてたのに。
情けなくて残念でもう今度こそ立ち直れない気分。

「あの、帰る前に もいっかい海、 見ない・・・・・・・?」

三橋から何かを提案するなんて珍しい。
それだけ、この時間を惜しんでくれているのかと思ったら少し浮上した。

「まだ サーファーの人、 いるかも!!」

沈下した。 

でもこの際理由は何でもいいやと思い直した。
せめて夜の砂浜の散策くらいしてから帰ろう。

「・・・・そうだな。 行ってみっか」

ようやく返して笑ってやったら三橋の顔が再び嬉しそうに輝いた。

それだけで、 救われた。














                                               3 了(4へ

                                             SS-B面TOPへ







                                                   もはやノーコメント。