正しいデートのありかた - 2





目的の駅に着く少し前に三橋を起こして、無事に降り立った。 予定どおりだ。
が、改札を出たところで次の予定外が起こった。
もっとも直視したくなかっただけで、朝から予想はついていたことだけど。

「あ、・・・・・・・雨だね・・・・・・・・・」
「・・・・・・・うん」

三橋とオレは並んで空を見上げた。
何とかもってくれないかというオレの切なる願いは儚く消えた。
ぱらぱらと落ち始めた雨は、通り雨などではなく早くも本降りの様相だ。
夕陽をバックに肩を抱いてチュー、の部分を心のメモ帳から断腸の思いで削除する。

「・・・・・・・とにかく、行くか」
「うん!」

三橋の返事が元気なことが大変救いだ。
横目で窺うと頬を染めてやけに嬉しそうだ。 それだけでオレも嬉しくなる。
天気なんぞに負けてたまるか。
それに、折り畳み傘を取り出しながら 「そうか!」 とふいに気付いた。

(相々傘ができるじゃん!)

と、三橋を見ると同じように荷物の中を探っているので。

「おまえ、傘持ってんの?」
「え、 うん。 お母さんが朝、持ってけって・・・・・・・」
「要らない」
「・・・・・・へ?」
「それ、要らねーから」
「え」
「オレのに入れよ」

あ、 の形に口が開いて、顔が赤くなった。

「う、うん・・・・・・・」

赤い顔のままおずおずとオレの傘に入ってきた。

(これは、 いい!)

思わず緩みそうになった口元を引き締めた。 災い転じて福となる、てやつだ。
1本の傘で砂浜をそぞろ歩く。 なかなか、いや実にいいんじゃないだろうか。
傘に隠れてチューだってできるし!!!!

がしかし、ここで問題が起きた。 歩き始めてすぐにそれは発覚した。
折り畳み傘は、小さい。 男2人だとどうしたってはみ出る。
おまけに三橋が外に外にと出ていきがちなもんで、
当然の結果として三橋の肩が濡れまくる。

「・・・・・・もっと真ん中入れ」
「う、 でも」
「・・・・・・・ごちゃごちゃ言ってんじゃねーぞ・・・・・・」

意識したわけじゃないのに、無駄に迫力のある声が出てしまった。
「ひ」 という小さな声とともに、怯えた顔でぴったり寄って来た。
それはいい、美味しいんだけど。
どんなにくっついてもはみ出てしまうのは傘が小さいからだ。 オレは良くても三橋の肩が。

歩きながら至近距離にいる幸福よりも、そのことが気になって気になって仕方ない。
のんびり語らう余裕もないくらい気になる。 捕手の性ってやつだろうか。
どんな時でも捕手の立場を忘れられないオレは偉いのかアホなのかどっちだ。

なんて考えている間にも三橋の肩が。

「あーもう気になる!!!!!!」

びくう! と三橋が飛び上がった。

「・・・・・・・やっぱおまえ、自分の傘させ」
「え」
「持ってんだろ?」
「え、 あ、 ごめん なさ・・・・」

何で謝るんだ本当は持ってないとか?  と訝しく思ったところで気付いた。
オレが叫んだからだ。 怒られたと思ったんだ。
それを証拠に俯いて荷物から傘を取り出そうとする三橋の様子が、明らかに怯えている。
まずいすごくまずい。 ここはフォローしとかねーと。

「怒ったわけじゃねーぞ」
「へ」
「誤解すんなよ?」
「う、 うん・・・・・」

頷きながらもうっすらと涙目だ。 取り出した傘を開く手も震えているようで
舌打ちしたい気分になった。 失敗した。

今さら後悔しても遅くて、三橋は自分の傘を開いた後俯き加減になって
オレのほうをちらちらと窺っている。 ビクついているのが丸分かりだ。
駅ではせっかく楽しそうにしてくれていたのに。

「おまえの肩が濡れるのはヤなんだよ!」

念のために説明する。 せめてそこはわかってほしい。

「う、うん」

また頷いてから、今度は嬉しそうな顔になったのを確認してホっとした。
再び歩き出したら、三橋もちゃんとついてくる。
でも半歩遅れて歩きやがるもんだから会話ができない。
それでなくても一度気まずくなったせいか、空気が微妙に重くなった。

(・・・・・・なんか、上手くいかねーな・・・・・・)

空だけでなく心にまで暗雲が立ち込めかけてから、慌てて気を取り直した。
せっかくの念願のデートなんだ。
まだ海に着いてもいないのに、今から気落ちしてたらますますドツボに嵌るだけだ。
やってしまったことはさっくり忘れて次にかけよう。

(これからこれから・・・・・・・)







○○○○○○

海に着いた。

オレは少々途方に暮れた。

思い描いたような夕陽に輝く波とか人気のない砂浜はそこにはなかった。
この天気だから、当たり前だけど。
ナントカという有名な画家の絵みたいな灰色の空と灰色の海と元気のいい雨と、
さらにおまけに人がいた。
なぜかパーカーをすっぽり着込んでランニングしている輩が1人。
他にもサーファーが砂浜や波間にちらほらと。

「・・・・・・・・この雨の日に・・・・・・・」

無意識につぶやいたのは呆れたからだけど、オレたちだってハタから見たら
大概アホなんじゃないだろうか。

と、ちらりと掠めた思考はさっさと追い払う。 どう見えようとデートなんだデート!

「す、すごいね・・・・・・」

感心したような声で三橋がつぶやいた。
何がすごいんだろうと顔を見ると、視線は沖のほうに向かっている。
サーファーが珍しいんだろうか。
確かにオレだってあまりじっくり見たことはないけど、見てても大して面白くもない。
やってるほうは面白いんだろうけど。
でも三橋が楽しいんなら、 と思ってとにかく砂浜に降りた。
波打ち際まで並んで歩く。 濡れた砂が重い。

三橋は波打ち際でぼけっと突っ立って、
波間に見え隠れする板だの人間だのを飽かずに眺め始めた。

「・・・・・面白い?」
「うん」
「・・・・・・ふーん」

それきり会話が途切れた。 サーフィンのことなんてよく知らないから、続きが出てこない。
オレは自分の興味のないことは自慢できるくらい興味がないんだ。

「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」

5分も経つとオレは飽きてしまった。 それに予定と違う。
予定ではここでは散策しながら甘い語らい、だった。 
見も知らぬサーファーに何で邪魔されなきゃなんねーんだ。
湧き上がるムカムカを押し殺して提案してみる。

「歩こうぜ?」
「へ?」
「見てばっかいねーでさ、ちょっと歩かない?」
「あ、 ・・・・・・・うん」

しぶしぶ、という風情で三橋は歩き出した。 オレも並んで歩く。
けど三橋の目は相変わらず沖を見ている。
何か話そうと思っても何を話せばいいのか思いつかない。 少し焦る。

(・・・・・・何でもいいんだ何でも。)

せっかく海に来てるんだから海関係の何か。 えーと。

「・・・・おまえってさ、泳げんの?」
「へ?」

三橋がくるりとこっちを見た。 目が怯えている。 なんで?

「あ、あの ごめんなさ・・・・・」

なんでここで謝るんだー!!!!!

と怒鳴りかけて抑えた。  こっそりぜいぜいしていると三橋が続けた。

「泳ぎ、は、 あまり得意で ない・・・・・・」
「あ、そう・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」

続かない、どころかまたしても三橋はおどおどしてしまった。
責められたとでも思ったんだろうか。
野球に関連した質問だと勘違いしたのか。
何で水泳が野球と関係すると思うのか、オレにはさっぱりわからない。
オレは恋人っぽい会話がしたいだけなのに、世間話すら上手くできないのってどうなんだ。
傘が別々だし、人もいるからキスがしづらいとかのモンダイ以前に
そういう雰囲気にカケラもならないのは何故なんだ。
おまけに砂が重くて、もくもくと歩いているとまるで。

「これって、トレーニング、になる ね、 阿部くん!」

三橋の言葉にがくっとうなだれそうになった。
変なところで気が合う、なんて喜びはあまり湧かない。
色気も何もあったもんじゃない。
心のメモ帳の 「砂浜散策」 と 「甘い語らい」 がどんどん霞んでいく。 

いやいやそれでも三橋から話題を振ってくれたんだと気持ちを切り換えて。

「別にトレーニングで歩いてるわけでもねーのにな」

意識して精一杯笑顔を作りながらぼやいてみたら。

「え? そ、 そうな んだ」

思わず足が止まった。 本気で座り込みたい衝動を堪える。

何でデートに来てトレーニングなんだよあり得ねーだろ!!

と怒鳴りつけたい衝動もいっしょに抑える。  さっきの学習を生かしているオレは偉い!! 

「あのさ三橋」
「はへ?」
「・・・・・・今日、デートだってわかってる?」

みるみる赤くなった。 うっかり見惚れた。

「うひっ」

変な笑い方、といつも思うけどそれすらかわいく見える。 
末期ってやつなんだろうけど、別にいい。
それに、この場合は正しい反応だ。
「そうだったの?」 とか言われたら立ち直れないとこだった。
三橋は笑った後、頬を赤らめたままこくこくと頷いた。 
良かったと安堵する一方で、わかってんのか、とどこかで驚いてしまった己が哀しい。

再び歩き出してもくもくと進む。
三橋の視線はまた海のほうに戻ってしまった。
何か話題・・・・・・と思っても思うだけで浮かばない。
ゲンミツには浮かばないこともないけど、野球関連はNGという己に課した目標に
反するものばかりだ。  別にそれでもいいのかもだけど、今日だけはイヤだ。
野球抜きのデートにしたいんだ。

次第に虚しい気分になってくるのはどうしようもない。
雨は律儀に降り続いているし人はいるし、それほど寒くはないけど風も出てきて、
足元はトレーニングだし会話は弾まないし、チューもできないし何だか予定とことごとく違う。 

(おかしいこんなはずじゃ・・・・・・・・・・・・・)

この際次のところに移ったほうがいいかもしれない。
腹も減ったし、疲れたからもうこの辺で予定していたレストランに行って
食事にしようそうしよう。 三橋は食うの好きだし散策なんかに拘らずに、そっちのほうが
早くいい雰囲気になれるかもしれない、うん。

(これからこれから!)

言い聞かせながら頭の中に入れてきた店の方角に足を向けた。

「三橋、腹減ったろ?」
「う、うん!」
「今日はさ、美味いモン食おうぜ?」
「う、美味い モン!」

三橋の目がきらきらと輝いた。 オレの心情もきらきらと輝いた。

「そう、ちょっとさ、調べてきたんだ」
「へ、へえ」
「いつもよりは高めだけど、金は持ってきたよな?」
「うん! ダイジョブ!」

これは予め三橋に言ってあった。
お泊りもあるし、その辺は抜かりない。
食べてから、あるいは泊まってから金が足りません、なんてシャレになんない。

「海の見える店なんだ」
「うぉ」
「おまえの好きなサーファーも見えるぜ?」
「うひっ」

よしよしいい感じ、 と内心でやに下がりながら目指す店にも迷うことなくたどり着いた。
海沿いの店だから迷いようがない。

が、店の前まで来て、オレは呆然と立ち尽くすハメになった。
入り口に貼られた紙を穴の開くほど凝視した。
何度見ても書かれた文字は同じだった。

「・・・・・・・りんじきゅうぎょう」

三橋がそれを読んだ。

読めるんだな、 と失礼なことをぼんやり思った。














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