正しいデートのありかた - 1






デートがしたい。

だって恋人どうしだもん。 



と、ある日オレは思った。


そりゃ毎日会ってるし、お互いの家にだってよく行くけど。
やることだって今はそれなりにやってるけどでも。
やっぱたまには世間一般の恋人らしいことだって。

(・・・・・・・・したいんだ!!!!)

という熱い意気込みのままに計画を立てようとして、いきなり行き詰った。
どういうのが恋人らしいデートなのか、よくわからない。
まずどこに行けばいいのかわからない。
わかるのはとりあえず野球とは無縁のデートにしたいってくらいで。

なので翌日登校途中でたまたまいっしょになった泉に聞いてみた。

「デートってどこがいいと思う?」
「はあ?」
「三橋とデートしてーんだけど」
「・・・・・・・・毎日してるようなモンだろ」

ばっさり  という擬音が聞こえるようなセリフで会話が終了した。 冷たいやつだ。
なので今度はグラ整をしてる時に近くにいた田島に聞いてみた。 田島の目がきらりと光った。

「ラブホって一回行ってみたいオレ!」
「・・・・・・ふーん」

おまえの希望はどうでもいい、 とは言わずにこっそりと却下した。
そりゃオレだって興味はあるけど、いつか行ってみたいとも思うけど、
今したいのはこう、「正統なデート」ってやつなんだ。
初めてのまともなデートがラブホってのはどうなんだそれって気も。

聞く相手を選ばないと時間の無駄になると悟って、次には水谷に白羽の矢を立てた。
その辺のことに詳しそうなイメージがあったからだ。 あくまでもイメージだけど。

「デートってったらやっぱり、・・・・映画 とか・・・・?」
「・・・・・・ふーん」

まともな答ではあったけど、それくらいはオレだって考えた。
ただ、当たり前過ぎて面白みがない。
新鮮でかつ、正しく恋人らしいデートってないんだろうか。
そう突っ込んだら 「オレが教えてほしいよ〜」 とへらへら笑いやがった。
しょせんはイメージだった。

等々の希望や却下案を、今度は花井に熱く語ったら。

「あー・・・・・そうだなー」

遠い目になったのは考えてくれてるんだろう。
何だか空ろな気もするけど、きっと気のせい。
休み時間に寝ているところを起こしたから眠いのかもしれない。

「どこがいいと思う?」
「うーん、・・・・・海でも行けばあ?」 

海か。

「いいなそれ・・・・・・・・」

途端に花井がぱちぱちと数回瞬きをした。
慌てたように 「あ、いや やっぱどこか公共の施設」 とか何とか言い出したけど
オレの心はすでに決まっていた。

「サンキュ花井!」

花井の顔が微妙に引き攣ったように見えたのもきっと気のせい。

(海か・・・・・・・・・・・)
(・・・・・うん、恋人っぽいぜ!!!)

秋だから泳ぐのは無理だけど、そこが実にいい。
季節外れの海に2人で行くなんて、いかにも正しい恋人みたいだ。
誰もいない砂浜で寄せる波なんぞ眺めながら甘い語らいのひと時。
水平線に沈む夕陽をバックに肩を抱いてどちらからともなく唇を寄せ・・・・・・・・

(・・・・・・・いい!!!!)






というわけでオレはその夜、2人で海にデートに行くべく計画を練り始めた。

正しいデートとしてはディナーだって欠かせないと思う。 マックとかじゃなくて。
海辺の洒落たレストランで外を眺めながらワイン・・・・は無理だけど
少々奮発して夕食を食べて、それから帰ると遅くなるし疲れるから
その日はどこかにお泊りなんてどうだろう。

そこまで考えたら鼻血が出そうになった。

お泊り。

なんて魅力的な響きだろう。
お互いの家に泊まるのとはワケが違う。
ホテル、は費用的に無理としてもこじんまりしたペンションで、夕食なしなら何とかなるし、
正しいデートの終わりには2人で過ごす濃密な夜は必須事項じゃないだろうか。
いつもと違う環境、違うシチュ、家族にバレないようにと気を遣うこともないから
声だって出させ放題、風呂もいっしょに入れるしそれから

「・・・・・・と、ヤベ・・・・・」

ピンク色の妄想を一旦中止した。 某所がむずむずしたからだ。
別にいいんだけど、さくさくと計画を進めたい。 思考を元に戻す。 泊まりは確定。

(そうだそれにそうすれば)

学校が終わってから行って夕方着いても、ゆっくり過ごせる。
流石に練習の後だと遅すぎるから、ない日でかつ翌日休みの日。

と考えると自動的に日程は決まった。  そんなチャンスはそうそう存在しない。
日程が確定したんで、次にオレは海辺のレストランと宿泊のみでも可能なペンションを
うきうきとネットで調べた。
幾つかピックアップして予算・場所・雰囲気などをゲンミツに比較検討して目星を付ける。
といっても条件に合うのはほとんどなかったんで、あっさりと決まった。
ついでに電車の時刻なんぞも調べる。

後はお互いの親への説明だけど、これは下手に嘘をつかずに
2人で遊びに行く、でいいと思う。
友達としては行き過ぎのような気がしないでもないけどでも、女どうしではありそうだし、
男どうしだって別に変じゃないだろう。  こういう時は同性って便利だ。
練習漬けの毎日だから、投手に息抜きさせてやるのも捕手の務めってのが
いいかもしんない。  上手く言えば軍資金だって少しは貰えるかも。

皮算用をしながら、必要な情報や予定を頭の中に漏れなくインプットした。

(よし! 完璧だぜ!!)

でももちろんこれだけじゃダメだ。 一番重要なことが抜けている。
三橋の承諾を得ないと完璧どころか根底からダメだ。

なので翌日逸る心を抑えながら三橋を誘った。

「今度さ、海行かねえ?」
「え」
「練習のない日にさ、遊びに行こうぜ?」
「・・・・・・・・海」
「そう海!!!」
「・・・・・・・・・・。」
「そんでさ、ついでにどっかに泊まろうぜ?」

露骨に意気込みが出ないように気を付けながら主張するオレの目の前で
三橋の目が大きく見開かれてから、きらきらと輝いたのを見逃さなかった。
イヤなはずない。
だってオレたち恋人だから。
それに三橋は友達との外出に飢えているから、イヤなんてあり得ない。

と知りつつもドキドキするのは、オレも誘い慣れていないからだ。

「い、いいの・・・・・・?」

いいも悪いも、と少し呆れながらも三橋のそういうところには慣れているから
すぐさま力強く頷いてやる。

「オレが誘ってんだよ。 いいに決まってんだろ?」
「え、あ、 う、うん、 そう、だよね」

頬をほんのり染めて僅かに俯いてちらりと目だけでオレを見て
はにかみながら 「行き、たい」 と三橋が小声でつぶやいた時、
また鼻血の心配をしながらも よし! と心でガッツポーズを作った。
これでいわゆるまさに正しく完全無欠な。

(デートだぜ!!!!!)








○○○○○○

のはずだったんだけど。

オレは教室の窓から空を見上げた。
待ちに待った決行日である今日、天気予報は曇りのち雨、だった。
外れてほしいと祈るように睨み付けても、天がオレの願いをきいてくれるはずもなく
立ち込めた雲は次第に厚く、黒くなっていくようだ。

夕陽をバックに肩を抱いて云々、のところをカットしたくないのに。 そこ重要なのに。
少なくとも夕陽は無理そうだ、と落胆しながらも一縷の希望を抱いてみる。
もしかしてひょっとして、晴れ間が覗かないとも限らない。

もちろん、天気がどうあろうと延期はしない。 してたまるか。
だって、他の日にしようにもできない。 チャンスがないから。
練習をサボって行くなんてできるわけない。
三橋が嫌がるだろうし、流石にオレだってそれはしたくない。 今日しかない。

(それに三橋だって・・・・・)

昼休みの三橋の様子を思い出した。
教室まで出向いて、廊下からちょいちょいと手招きすると、
三橋はどこか不安そうな面持ちで出てきた。

「・・・・・・天気、いまいちだな」
「・・・・・・うん」

小さく頷いてからオレを窺うように見た。

「あの、阿部くん」
「なに?」
「・・・・・・・でもその」
「は?」
「・・・・・・・あのその」
「・・・・・・?」
「・・・・・・だ、だから、 あの」

イラーっとしかけたところでピンときた。

「あ、行かないとか思ってんの?」
「う、 あ、 やややっぱり・・・・・」
「・・・・・・・行くのやんなった?」
「えっ?!!」
「雨降りそうだから?」
「えっ  あの ちが、 オ、オレ は」

三橋の表情でまたわかった。 逆だきっと。  オレのほうを心配してんだ。
最近三橋の言わんとするところが以前より早くわかるようになった気がする。
これはもう愛の成せるワザだぜ (田島は最初から理解していたなんてことは
もちろん考えない。) と、気を良くしながら言ってやった。

「行こうぜ? せっかく準備だってしてきたんだしさ」
「え」

ぱあっと顔が輝いた。 こっちが嬉しくなるくらいに。
次にうんうんと首振り人形みたいに忙しなく頷いてくれる様を見ながら、密かに舞い上がった。
楽しみなのはオレだけじゃない。 だから天気がどうなろうと関係ない。
重要シーンは他にもあるし、大丈夫。

昼休みの回顧から、「他の重要シーン」に思いを馳せかけて慌てて自制した。
授業中にたっちゃったらマズい。 鼻血もダメ。

そんなわけで授業が終わるやいなや、三橋を迎えに行って
誰に捕まることもなく無事に2人して車中の人となった時、オレは間違いなく幸せだった。
浸りながらも、心の中で予定を反芻する。

砂浜散策 → 語らい(注:野球の話以外) → できれば夕陽をバックにチュー →
海の見えるレストランでディナー → ペンションにお泊り → いっしょに風呂 
→ 熱 い 夜 (ここの詳細はたくさんあり過ぎるので省略) 
→ 翌日は適当に遊ぶ → 家までゲンミツに送る。

翌日の予定がやけにシンプルなのは、その前のが重要だからだ。
確認OK! と満足してからふと、今この時間も大事だと思いついた。
もうデートは始まっているんだ。
風景を眺めながら恋人ならではの会話をする、これも実にデートっぽくて宜しい。
三橋は口数が多いほうじゃないけど、違う環境だとまた別かもしれない。
色気のない野球の話は振らないように。

と鼻息も荒く隣を見たら。

三橋は寝こけていた。 口を開けて。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、疲れてんだろうし」

出鼻をくじかれた気分を明後日のほうに蹴飛ばして、ぼそぼそと自分でフォローする。 
実際そうだろうし、叩き起こすなんて論外だ。
予定確認なんてしてないで、最初から話してりゃ良かったと
己の迂闊さをなじったところで三橋が起きるわけでもないからやらない。
この先同じ失敗をしなきゃいいんだ、うん。

(これからこれから)













                                                 1 了(2へ

                                               SS-B面TOPへ







                                                  個人的には泉くんに1票