失恋 (前編)





問題は。

と阿部は日頃さんざん考えていることをその日もまた考えた。

オレは三橋のことが好きなのに三橋はオレのことを
野球の相棒以上には全然考えてないってことだ。


阿部はため息をついた。
いつものため息。 もう慣れた。
三橋を好きになってもうどれくらい経つのだろう。
いつか想いが通じるかもしれないと淡い期待を抱きながらも
下手なことして引かれてしまうのがやっぱり怖くて、
何も言えないし、何もできない、そんな日々に甘んじている。

それで何とかやっていけるのは三橋に女の子の影が全然チラつかないのと、
野球のうえでは誰の目にも明らかに、自分が三橋の 「特別」 だという自負があるからだ。
三橋は誰よりも自分を必要としている。 間違いなく。

それだけで満足・・・・・とは言わないけど、
それを失うのは怖いし、必要とされ、懐かれているのはそれなりの幸福感があったので、
自分のそれ以上の踏み込んだ欲求については騙し騙し紛らせてきたのだった。

その日までは。







○○○○○○

その日三橋は阿部の家に来ていた。
対戦相手の資料を検討するためだ。
本当は阿部ひとりでやって三橋には学校で要点のみ伝えればいいことだけど
そこは阿部の口実だった。 三橋と2人で過ごしたかったから。
たまたまその日家族は皆不在だった、けど、もちろんどうこうする気はない。
他意はカケラも持ってなかった。 なのに。

なぜそんな話になったのか。

三橋は見ていた資料を下ろしてふと思いついたように
「阿部くんて、彼女・・・いるの・・・・・・?」  と聞いたのだ。

「いねえよ。」
「ふうん・・・・・。」
「三橋は?」

阿部がそう聞いたのはあくまでも話の流れに沿って適当に言っただけだ。
答はわかりきっている。 はずだった。

「・・・・うへへ」

三橋は少し顔を赤くしながら笑った。 阿部は目を剥いた。 まさか。

「できた・・・のか・・・・・・・?」
「うん・・・・・。」

三橋は阿部の動揺に気付くこともなく嬉しそうに頷いた。
阿部は絶句した。 

いつのまに。
こいつにはそんなこと縁がないと思って安心してたのに。


でもそんな動揺を押し殺し、平静を装いつつ聞いた。

「・・・へえ。・・・・・良かったじゃん。 いつ?」
「昨日・・・・・。」
「昨日?!?」
「・・・・告白されて・・・・」
「OKしたのか?」
「・・・・ん・・・・」
「・・・・・・・・その子のこと好き・・・なのか・・・・・?」
「・・や・・・そう・・・・じゃない・・・・・けど」
「・・・・・・・・・・・。」
「付き合って、みようかな・・・て」


許さない。


阿部は思った。
思ってもいなかった展開で心の準備が全然できてなかった。
そのせいで黒い感情がむき出しになるのが自分でもわかった。
僅かに頬を染めて嬉しそうにしている三橋に憎しみすら覚えた。

阿部が黙っているうちに三橋はもうその話題については触れることなく資料に戻っている。
阿部の心に魔がさした。

オレがこんなに長いこと想って苦しんできたのに。
こいつはこんなにあっさりオレを地獄に突き落としてそれに気付きもしない。

そんなこと        

許さない。


自分が理不尽なことを思っているのは頭ではわかっていたけど、
どうしても止めることができなかった。
ゆっくりと口を開く。

「なあ、三橋。」
「え?」
「おまえさ、今まで女の子と付き合ったことあんの?」
「・・・・え・・・初めて、だよ・・・・・」
「ふうん、じゃあさ、教えてやろうか。」
「・・・・・・・・??」
「キスのひとつも上手くできなきゃ、困るだろ?」

「・・・え・・・・・・・」

三橋はみるみる赤くなった。

「それともしたことあんの?」
「・・・・・ない・・・・・」
「してやろうか。」
「え・・・・・」
「やり方、教えてやるよ。」

ここで三橋がイヤだと言えばもしかしたら阿部も思いとどまれたかもしれない。
阿部とて、半分キレていたとはいえ、心の奥で 「ヤバい」 という警笛は鳴っていたのだ。
しかし三橋は何を思ったのか頷いた。
阿部の理性の糸がそれで切れた。





三橋の細い腰に手を回して引き寄せる。
かすかに怯えたような顔になった。

「目ぇ瞑れよ。」

言うと素直に目を閉じた。
阿部はゆっくりとその唇に口付けた。
最初大人しくしていた三橋は、でも阿部が舌を差し入れた瞬間身じろいだ。
慌てたように逃れようと顔を逸らした。
けど、阿部は片方の手でしっかりと顎を掴んで動けないようにして
すぐにまた塞いでしまった。
そのまま思うさま貪った。

「・・・んん・・・・ん・・・・」

三橋が苦しそうに喘いだ。 その声にもさらに煽られる。
深く口付けながら服の下から手をしのばせた。
その背がびくりと震えた。
背骨をそろりとたどるとまた身を捩るのがわかった。

続けて自分の体重をかけて床に押し倒してしまった。 またすぐに口を塞ぐ。
背中を弄っていた手を前に持ってきて胸の尖りを探し当てて緩く摘んだ。

「・・・う・・・・」

三橋が体をのけぞらせた。 構わずに胸を愛撫し続けた。

ようやく唇を離したとき三橋は完全に息が上がって目が潤んでいた。
とまどったような表情で黙って阿部の顔を見つめている。

阿部は押さえつけていた手を緩めてやった。
当然三橋は逃げ出すだろうと考えながら。
そしてもう2度と自分とは話してくれないかもしれないな、と
投げやりな気分で考えた。

なのに三橋はじっとしている。 それどころか震えながらまた目を閉じてしまった。

「三橋」

うっすらと目が開いた。

「逃げねぇの・・・?」
「・・・・・・・・・・。」
「もっと教えてほしい?」

半ばやけくそで阿部が放った言葉に三橋はかすかに頷いた。
残っていた僅かな理性がそれで全部飛んでしまった。







○○○○○○

ほとんど全裸で三橋が喘いでいる。
喘がせているのは自分だ、ということが阿部には上手く実感できない。

三橋は大分前から涙をぽろぽろ零している。
(本当はイヤなんだろうな・・・・) と思ったけど
そう思ったときはもう止められなかった。 遅かった。
優しくしてやりたいのに、という理性の声を裏切って出てきたのは
「もう遅いよ、三橋」   という冷たい言葉だった。

ろくに準備も施さないまま無理矢理侵入した。
三橋は小さな悲鳴を上げた。 顔は苦痛に歪んで、大粒の涙があとからあとから零れ落ちている。

かわいそうに、と阿部は思う。 思うのに。

このままめちゃめちゃにしてやりたい、というどす黒い欲望を止められない。


バカだなおまえ、
何で最初に頷いたんだ。
ここまでされるとは思ってなかったんだろ。
オレはずっとおまえとこうしたかったよ。


できれば、もっと違う形で。


結局阿部が達しても三橋はいけなかった。 多分、痛みで。
なので自身を抜いたあと阿部は手でしてやった。
中心を手で包んで扱き始めたところで、初めて三橋は拒絶の言葉を吐いた。

「や・・・・・・・いや・・・・・だ・・・・・」
「じっとしてろ」

阿部にしてみればこのままではあんまり悲惨すぎると思ったし、
最後に少しでもいい思いをさせてやりたかった。

『最後に。』

阿部は自嘲しながらそう考えた。

抵抗に構わずにどんどん追い上げると、三橋は顔をのけぞらせて
切なげな声とともにあっけなく達した。

その後ぐったりしている三橋の後始末をしてやると三橋は無言で服を身に付けた。
それからちらちらと自分の方を見ているのがわかったけど、
阿部はとてもじゃないけどその顔を見ることができなかった。
なので横を向いたまま言った。

「・・・・・・・・悪かった。」
「・・・・・・あの」
「おまえもう帰れ」

三橋が何か言いかけるのに被せるように強い口調で言った。
自分が何を言い出すか怖かった。
何を言ったところでもう終わりなのはわかっていたし、余計な言い訳はしたくなかった。


ましてや懇願なんて。


三橋は少しの沈黙のあと、黙って立って部屋を出て行った。

その時の三橋の顔を阿部は最後まで見ることができなかった。



そのあと阿部は少しだけ      泣いた。














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