オマケ






帰る道々、オレは悩んでいた。 罪悪感のせいで。

阿部くんと仲良くしている夢を見て途中までは幸せだったのに、急に姿が見えなくなった。
必死で探してもいなくて、泣き出したところで起こされて
目の前の体に夢中でしがみついた。
夢だった、良かった、阿部くんはちゃんといる、とホッとしながら
いつものように抱き締め返してくれることを期待していた。

だから最初に感じた違和感は、待っても待っても背中に手が回らなかったことだ。
おかしいなと思って次に、迷惑だったかと青くなってから別の違和感に気付いた。
抱き心地が違った。
え? と焦って目を開けたら、見知らぬ部屋が見えてパニックになった。
そこでようやく頭がはっきりして自分のしたことがわかった。

間違えて、修ちゃんに抱きついてしまった。
寝ぼけていたとはいえ、何てことを。

修ちゃんは全然気にしてないみたいでホッとしたけど、後ろめたさが消えてくれない。
阿部くんに悪いことをしてしまった。
修ちゃんには謝れたけど、阿部くんにはどうしようと迷うのは
黙っていればわからないからだ。

正直に告白して謝ろうか、でも却って嫌な思いをさせるだけかも、
黙っているほうがお互いに幸せかも、とぐるぐると迷った挙句結論が出なくて、
後ろめたい気分だけはいっぱい抱えて帰宅したもんだから。

出迎えてくれた阿部くんの顔を一目見るなりオレはびびった。

(なんか 怖い・・・・・・)

罪悪感がそう見せているだけだろうか。

「・・・・・・おかえり」
「た、ただいま・・・・・」

声もいつもより低くて元気がない。
小さく笑いかけてくれたけど、笑ったというより引き攣ったみたいに見えた。
それも罪悪感のせいなのかよくわからないけど、気のせいじゃないような。


今回は法事で群馬に3泊して、それで帰るはずが一泊延びた。
数日間会えなかった時はもっと嬉しそうにしてくれるのに、今日はそれがない。
阿部くんは、何か怒っているんだろうか。
アレを知ってるはずはないから、他に何かしただろうか。

居間兼キッチンに入りながらオレは忙しなく考えた。

行く前に最後のプリンを食べちゃったのがいけなかったのかもしれない。
それとも卵のパックを落として半分ダメにしてこっそり捨てたのがバレたんだろうか。
他にあるとすれば、予定を変更して帰るのが延びたことくらいだけど
阿部くんはそんなことでは怒らない。
寂しがってくれるし時には不機嫌になったりはするけど、本気で怒ったりしない。
てことはつまり。

(プリンか卵だ・・・・・!)

でも何となく自信がない。 違うかもしれない。
とにかく様子が変なのは間違いないから。

「あの、ごめんね、阿部くん」
「・・・・・・・何で謝んだよ」

ぎくりとした。 もっと怖い雰囲気になったからだ。
以前よく、「理由もないのに謝るな!」 と怒られた。
理由わかってるから!  と慌てて一つ目を言ってみる。

「オレ、プ、プリン食べちゃって」
「・・・・・・・は?」
「あの、 最後のいっこ」
「・・・・・別にいいよそんなん」

呆れたような顔になった。 違ったみたいだ。 
ならもう1つのほうだ。 わかってるから大丈夫。

「・・・・・・・・卵、ごめんなさい」
「はあ?」
「・・・・・・卵」
「なにそれ」

え、 と嫌な汗が出た。 これも違ったんだろうか。
それならごまかしたい、と思ったんだけど阿部くんが じとっ とした目でオレを見た。
蛇に睨まれたカエルの気持ちってきっとこんな感じだと、思う。

「あのオレ、半分 落として、ダメにして」
「・・・・・どうりで少ねえと思ったら」
「ごごごごめ・・・・・・・」
「あー、いいよもう」

墓穴を掘ってしまった。
でもそれならこれも違ったわけで、思い当たることはもうない。
あるとしたら帰る予定がズレたことだけど。
違うだろうな、と諦めながら一応それも言ってみる。

「あの、1日延びちゃって、ごめんなさい」
「・・・・・・いいけどさ」

あれ? と思った。
口とは逆に今度は暗さが増した。 てことは。

(・・・当たり? なのかな?)

でもいつもは怒らないのに、 と内心で首を傾げた。

「・・・・・・・楽しかったか?」
「う、うん! すごく!」
「・・・・・・・・・・そうか」

どんより、という感じが消えないのは何故だろう。
いつもなら 「楽しかった」 と言うと笑ってくれるのに、ますます暗くなった。
阿部くんの表情の原因が、よくわからない。
困り切っていると阿部くんはオレに背を向けてお茶を淹れ始めた。
それでオレもとりあえず座った。
あ、と思い出したことを意識して明るい声で言ってみる。

「あ、あのね、叶くんがよろしくって!」

阿部くんの手がぴたっと止まった。
だけでなく、背中からぶわっと何か噴き出したように見えて
オレはぱちぱちと数回瞬きした。 なんだろう今の。

阿部くんはたっぷり1分くらい彫像みたく動かなかった。
明るくならなかった、 というよりさらにさらに暗くなったように思えるのは
気のせいだろうか。
何か言ったほうがいいのかと迷っているうちに動きが再開されて
ホッとしたんだけど、やけにのろのろとした動作のうえ
時折手を止めて宙を睨んだりしてるしで、どうにも落ち着かない。

淹れたお茶をオレの前に置いてくれながらも、
不自然に目を逸らしているから視線が合わない。
どろどろした暗いオーラも消えてくれないどころか、
どんどん強くなってるようで正直怖い。 でも。

「ありがとう・・・・・・・」

御礼を言ってから湯のみに手を伸ばした。
こうしてお茶を淹れてくれたってことは拒絶されてるわけじゃない。
そのことに縋りながら、とにかく精一杯気を落ち着かせて飲もうとしたら、
阿部くんが向かい側に座った。 暗ーい顔で。
その顔のまま下を向いて、また彫像化したもんでオレもつられて固まった。
ドキドキしながら見ていると今度は顔が勢い良く上がって、正面から見つめてきた。
見た、というより 睨んだ、に近くて びくりとして少し引いた。

(やっぱり 変だ・・・・・)

変過ぎる。
ビビりながら、湯のみを持ったまま固まっていたことにそこで気付いて
一口飲んだところで。

「おまえさ、叶とセックスした?」

げほげほげほげほ!!!!  と思い切りむせてしまった。

収まってから呆然と見れば、阿部くんは怖いくらい真剣な顔をしていた。
本気で聞いてるんだとそれでわかった。 一体何でそんな誤解を。

「してない・・・・・・・」
「・・・・・・本当に?」
「ほ、ほんと!!」
「・・・・じゃあなんか変なことされた?」
「変、なことって・・・・・・」
「・・・・・・抱き締められたとか」

どきりとした。
何でなのかわからないけど、阿部くんは知ってるのかもしれない。
気になっていたことだし、さっさと白状して楽になろう。

「そんなこと、されてない、よ」
「・・・・・・・・・・・。」
「オ、オレが 一方的に抱き締めた、けど」

阿部くんの形相が変わった。 
予想はしていたんで、急いで付け加えた。

「ま、間違えた、んだ!」
「なんで!?」
「あのね、オレ、夢 見てて」
「・・・・・・どんな」
「夢で阿部くんがいなくなって、悲しくて」
「・・・・・・・・・・・・。」
「でも お、起こされて 夢だった、てわかって嬉しくて、抱きついたら」
「・・・・・・・・・・・・。」
「叶くんだった、んだ。」
「・・・・・・ふーん」
「でもあの、気付いてから すぐに離れた、よ」
「・・・・・・・・・・。」
「抱き締め返されたり、とかも しなかったし」

はああああ、 と阿部くんは長ーーーーい息をついた。
そうしながら、テーブルにぐにゃりと突っ伏した。
てことは、 変な様子の原因はそれだったんだ。

「ごめんなさい・・・・・・・・」

許してくれなかったらどうしよう、 と怖くて声が震えた。
阿部くんは突っ伏したままぼそりとつぶやいた。 

「・・・・・・あのヤロウ・・・・・・・」

(お、お、怒ってる・・・・!)

びしっとまた固まってから、汗が滲んだんだけど。
その後阿部くんが顔を上げた時今度はオレが はーっ と息を吐いた。
だってどんよりしたオーラはきれいに消えてて、いつもの阿部くんだったから。
さっきは絶対すごく怒ってたと思うんだけど、収まったんだろうか。

「あーーーー寿命が縮んだぜ、ったく」

声も顔も一気に明るくなった。 それが嬉しい。
何でそんなとんでもない誤解をしたのかわからないけど、
最初から正直に言えば良かったんだ。

「お、怒ってない・・・・・?」
「怒ってるよ」
「えっ」
「そんな夢を見たってことに」
「あ・・・・・・・・」

しまった、と首を竦めた。
でも口ではそう言いながらも、阿部くんはさっきとは逆に
あんまり怒ってないように見えた。 雰囲気が全然違う。 むしろ上機嫌みたいだ。

「オレだって進歩してんだよ、な? 三橋」

よくわからないけど、嬉しくて頷いた。 饒舌なのは機嫌がいい証拠だ。 
笑ってくれているし、きっと本当はもうそれほど怒ってない。
ああ良かった、とオレはまたこっそり胸を撫で下ろした。

「いつまでもガキじゃねんだからさ」

笑顔でそう言ってから阿部くんはふいに何かを思い出したような顔になった。
少しの間黙って、真面目な表情でオレを見た。 ドキドキした。
何年経っても、オレは慣れない。

「あのさ、さっきも言ったけど」

阿部くんの顔が少し赤くなって、また見惚れた。
次に言ってくれた言葉は本当に2度目だったけど、
さっきと違って穏やかで優しくて、そして深い声だった。

「おかえり、三橋」

すうっと心に沁みるような気がした。
帰ってきたんだなあと、改めて思った。

オレの帰る場所、それは阿部くんの傍だ。

普段当たり前みたいに言ってるけど、全然当たり前じゃない言葉、
それが許されている幸福を、じんわりと噛み締めながらオレももう一度言った。

「ただいま、阿部くん」












                                           オマケ 了

                                        SS-B面TOPへ




                                            成長してる・・・(しみじみ)  なんだけどその夜