もう1つの始まり (前編)





阿部が電気を落とした時、三橋は緊張のあまり心臓が破裂しそうだったけれど、
ベッドの上で座り込みながら自分でシャツを脱いだ。
すぐに同じようにベッドに上がってきた阿部の体の重みで
ぎしりと軋んだ音が、これからする行為を生々しく連想させる。

阿部はすぐに脱ぐことはせずに三橋の前に座ってから、まっすぐに見つめてきた。
照れ臭くて目を合わせられずにいるとそっと顔が近付いてきて
むきだしの右の肩と、それから次に右の手首に、唇を落とされた。
その様子はまるで神聖なものにでもするみたいで、とまどった。

阿部のそんな仕草は予想の範疇外で、それがその夜の最初の 「予想外」 となった。

そしてほんの序の口だった。







○○○○○○

そこを慈しむように両手で包まれた時、眩暈がした。
珍しいものでも見るかのように阿部はそれを熱心に見つめる。

「見せて」 と囁かれただけで、簡単に反応してしまって
恥ずかしい、と思うヒマもなくズボンと下着を取り去られた。
中途半端に硬くなっていたそれが熱い手にそうっと包まれた途端に
いっそう形を変えていくのがありありとわかっても、止めることなんてできない。
それどころか、じっと見つめる阿部の目がうっかり見えてしまって
いたたまれなくなった三橋は固く目を瞑って視界を閉ざした。



行為についてあれこれと予想をしていたのは、三橋なりに覚悟をしたかったからだ。
それとは別に心配なこともあって、それが何より怖かった。
それを思うと夜も眠れないほどの不安に苛まれた。
いっそしないほうがマシだとすら思った。

それでも、三橋は欲しかったのだ。 阿部の全部が。



目を閉じても当然のことながら、熱い手の感触はそのままで、
ベッドについて体重を支えている手が震えだすのを押し留めるので、精一杯になってしまう。
先端に柔らかい感触が当たったことに息が止まるほど驚いたのは、
ここでも予想外だったからだ。 思わずまた目を開けてしまった。
見えた光景に眩暈がひどくなる。 信じられない。

「そ、そんな とこ に」

キス、なんてしないで欲しい。

という後半の代わりに口から出たのは意味のない声だった。
間違いなく自分が出したその音にびっくりして、咄嗟に片手で口を押さえた。
そのせいで体を支える腕が1本になってしまって
続いてそこが熱い口内に包まれた時にはもう力が全部抜けて、
必死で起こしていた半身をずるずるとベッドに横たえるハメになった。

でもその分生まれた余力で、せめて逃げるようにずり上がってみる。
逃げたいのは怖いからだ。
みっともない声が溢れそうで怖い。
気持ち良くてどうかなりそうな自分が怖い。

けれどそれはまったくの徒労に終わった。
阿部の腕が腰に巻きついたからだ。 仕草は優しいのに、力だけは手加減がなくて
1cmも移動不可能と思えるくらいにびくともしない。

「ふ、  あっ」

もがこうとすると余計に舌の動きが増した。
それで三橋はもう諦めた。 無駄だとわかったし、それでなくても
目の奥がちかちかするくらいの快感に、残っていた力が全部抜けていく。

阿部はまだ全然脱いでいないのに、自分は何も身につけていないことが恥ずかしくてたまらない。
正直なところ、痛いんだろうなという覚悟とか別の心配ばかりしていて
こんなふうに一方的に気持ち良くなることの心の準備などしていなかった。
どうすればいいのかわからない。 ただ浮かぶのは。

(阿部くんに 気持ち良くなってもらいたい、のに・・・・・・)

「あ あ 阿部く・・・・・・・」
「ん」
「オ オ オレも  す する・・・・・・」

それだけ言うのも大変だった。 でも口が離れた。
ホっとしたのも束の間で、阿部は顔を上げただけで黙っている。
その顔は困っているようにも見えた。

「・・・・・・・・いい」
「えっ・・・・・・」
「今日は、いい」
「・・・・・・・・。」
「だってさ・・・・・・・・」

迷うような顔になった。 何で 「今日は」 いいんだろう。
初めて、だからだろうか、 と三橋は訝しく思ったが。

「・・・・・・・とにかく、いいから」
「あっ・・・・・・・」

反論できなかったのは、またしても先端を舐められたからだ。
それだけで出そうになって焦って堪えても一時凌ぎにしかならなくて。

「あ、 ちょっ・・・ 阿部く・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あ、 あ、」

まるでやめてくれそうもない気配に、ここでも三橋は諦めた。
すっぽりと含まれて手まで副えられて、その動きはイかせようとしてるとしか思えない。

「あ、 やっ  ん・・・・・・」

こっそりの抵抗は無駄に終わって、堪えきれずに阿部の口の中に出してしまうまで
大して時間はかからなかった。  羞恥と申し訳なさで穴があったら入りたい。 
予想外の展開に体はもちろんのこと、頭もついていけない。

「はあ・・・・・・・・」
「・・・・・キモチ良かった?」

手で口を拭いながらのその問いかけにもいたたまれなさが募って、返事なんてできるわけもない。
せめて呼吸を普通に戻したいと密かに奮闘している間に、阿部は手早く自分の服を脱いだ。
それで三橋は恥ずかしいのも忘れて見入ってしまった。 
阿部はどちらかというと痩せ気味だけど、それでも三橋より一回り体格がいいうえ、
服を脱ぐと外見からのイメージよりずっとしっかりした筋肉が付いていて、
高校時代いつもこっそりと見惚れていた。
自分もそうなれれば、という羨望だけではなくて。

(キレイ、 だな・・・・・・・・・)

高校の時よりさらに逞しくなったようにも見える胸板を飽かず眺める。
この胸に包まれる夢を何度見ただろう。
夢は正直で、いつも理性を裏切った。 その度に絶望した。
それが今、現実となって目の前にあることが未だに上手く信じられない。

「・・・・・あんま見んなよ」
「へ?」

覆い被さってきた阿部の顔が照れたみたいに少し赤くなっている。
受け止めた重みに三橋は躊躇いながらも手を回した。 間違いなく、これは現実なのだ。
うっとりと幸福感に浸りながら、同時にずるいとも思う。 
自分の体は嘗め回すように見た、くせに。

「オレ だって 見たい よ」
「・・・・・・オレの体なんか見ても楽しくねーだろ」
「え 楽しい、よ」
「・・・・・・・・・・。」
「きれい だもん」

ぎょっとしたように目が見開かれてから、視線が壁のほうに逸れた。
そんな阿部が新鮮で、今度は顔をじーっと見る。

「おまえのがキレイだろーが!!」
「へ?!」

怒ったように放たれた内容に三橋はきょとんとした。
どこが、 と思ったものの、それを口に出して言う前に塞がれた。
それでもう何もかもがどうでもよくなってしまう。
キスは何回かしたけど、その度に夢見心地になる。 何度でもしたい。
密着する素肌の感触が相まって、いつもより熱くて気持ちが良くて、夢中になった。
お互いに裸だと何も隠せない。 
出したばかりなのにもう熱が集まっていくのが恥ずかしいけど
阿部の熱も腰に当たっているのが嬉しくて、そして安心する。  
自分だけじゃないとわかるからだ。

阿部の背中に回した手をそろそろと動かしてみる。 
こんなふうに肌に触るのは初めてだ。 
腕くらいならもちろんあるけど、他の部分に直に触ったことなどない。
それがまた嬉しくて背中じゅうに手を這わせる。

キスをしながら阿部の手が自分の腹の辺りを彷徨い始めた。
それだけのことが信じられないくらいに気持ちがいい。
手は腹から脇腹に移動して、続いて胸の尖りに遠慮がちに触れてくる。
ぞくりとした感覚が背中を這い登って、身を震わせながらも自分でも阿部の体を撫で回す。 
確かな温もりと手触りは夢なんかじゃないと噛み締める。 嬉しくて堪らない。

(阿部くんも 気持ちいいと いいなあ)

頭の片隅でぼんやりと願う。
お互いに触れ合いながらキスをしていると、どこもかしこもどんどん熱くなって
頭がぼぅっと霞んでくる。
探るように動く阿部の手がそのうちに下のほうに移動していったので。

(また、触られるのかな・・・・・・・・)

期待と恐れがない交ぜになったような複雑な気分になりながら、
三橋はその時点ではまだ夢心地で快感を追っていた。
吹き飛んだのはその指がそこを素通りしてもっと後ろにいったから。

「ん」

意識がそっちに取られて口のほうがお留守になった。  途端に舌を強く吸われて、
くらくらするような感覚に身を委ねかけたところで、ぎょっとして強張った。
指が中に入ってきたからだ。
そこを使うのは知っていたけど、ある意味予想外だったのだ。

「あ べくん!」
「・・・・・・・・・・・。」

顔を背けて唇から逃がれて、呼びかけても反応してくれない。
指が奥まで進んでいこうとする。

「や、 やだ!!」
「三橋」
「そ そんなこと」
「・・・・・・ダメ か?」

指は止まったものの出ていこうとはしない。
身を捩りながら 何て言えばいいんだろう、 と考えても上手い言葉が浮かばない。

「・・・・・・怖い?」
「え」

そこで三橋は気が付いた。 誤解されている。

「やっぱ今日はやめとく?」

焦った。 やめて欲しくない。 そうじゃなくて。

「オレはそれでもいいよ。 待つよ?」

指が出て行ってしまった。 それはいいのだがむしろホっとしたのだが、
言いたいのはそういうことじゃない。

「ち ちが う」
「・・・・・・?」
「あの だから」
「・・・・・・無理すんなよ三橋」
「え じゃなくて あの」
「・・・・・・・・。」
「ゆ 指なんて入れないで いい」
「・・・・・・は?」
「あの、 だから」
「慣らさなくていいって意味?」
「う、うん!!」

こくこくと三橋は何度も頷いた。 申し訳ない、と思ってしまうのは理屈じゃない。

「・・・・・・・それじゃできないと思うけど」
「へ」
「いきなり入れて入ると思う?」
「う」

それは実は自分でもそう思っていた。 でも。

「い、 いいよオレそれで」
「・・・・・・・痛いと思うけど」
「痛くて いいよ!」

その予想と覚悟こそ、一番重点を置いたことなのだ。
言えたことでホっと息を吐いた三橋とは対照的に、阿部の顔はわかりやすくムっとした。
怒りというほど強いものではなかったけど。

「・・・・・・・イヤだ」
「へ」
「それはオレがイヤだ」
「え」
「そんなこと言うなら、しない」
「えっ?!!」
「別に入れなくったってキモチ良くなれるだろ?」
「あ・・・・・・」

そうくるとは思わなかった。

(それはそうだけど でも・・・・・・・)

うろたえながらも湧き上がる欲求は自分でも驚くほど強かった。
阿部と繋がりたい。  1つになりたい。
ずっと夢見てきた。 文字どおり夢だと思っていた。
それがすぐそこにあるのに、今さら諦めるなんてできない。 それも自分のため、という理由で。
三橋は迷って、それから混乱した。

自分の主張を譲りたくないとは思うものの、欲しいという欲のほうが強い。
この気持ちをどうやって伝えればいいんだろう。
ちゃんと主張することなんてできるのだろうか。
あさましい、と思われるかもしれない。
でも言わなければ阿部は本当にやめてしまいそうだ。

三橋は泣きそうになった。












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