強制的公認





その声はひどく甘ったるい。

「ああ・・・・・・・ん、あん」

媚びているような恥ずかしい声。 それが部屋中に響いている。 
じわりと下半身に熱が集まる。
ヤバい、と密かに焦りながら俯いてしまったオレの耳に、やけに冷静な阿部くんの声が聞こえた。

「そうそう、こんな感じ」

無理・・・・・・・・・・・・・・・・

心の中だけでつぶやいた。
画面の中の女性はつまり 「悶えている」 真っ最中で。

阿部くんと2人で何でこんなものを見なきゃならないんだろう・・・・・と
情けなく思いながらも、男の哀しい性で体の中心は意思にはお構いなく
勝手にどんどん膨らんでくる。
それを知られたくなくて、さり気なく上着でその部分を隠すように覆った。

「あー・・・・・・・」

喘ぎ声がいっそう大きくなった。
阿部くんが 「勉強しよう」 とワケのわからないことを言って
否も応もなく無理矢理見せられているのは、いわゆるアダルトビデオだ。

「ほら、こういう声ってイイだろ?」

阿部くんは平然と言いながらオレのほうを見て、それからにやっと笑った。

「勃っちゃった?」

バレた。

と焦るまもなく腕をぐいっと引かれて阿部くんの前に引き寄せられた。
後ろからぎゅっと抱き込まれる。  続いてぺろりと首筋を舐められて。

「あっ」

声が漏れた。 強く感じてしまったのは多分、ビデオのせいですでに体が火照っているせいだ。
後ろで阿部くんが小さく笑うのがわかった。

「オレたちもしようぜ?」
「え・・・・・・・・」

いいとも悪いとも言わないうちに、阿部くんの手はもうズボンのジッパーを下ろしている。

「やっ・・・・・・・・・」
「大丈夫、オレも勃ってるから」

何が大丈夫なんだろう、と思いながらもオレは確かにその言葉に安心する。
だって、オレだけじゃない、と思えるから。
言葉どおりにオレのお尻に当たっている感触は硬くて、熱い。
そのことに余計に煽られて、阿部くんの手がオレの中心を取り出して包んだ時にはもう
すっかり形を変えてしまっていた。  でも。

「あん」

画面の声が気になる。
阿部くんが言うところの 「勉強」 は 「声」 だ。
けど、あんな声意識して出せるわけない。  今でも内緒で極力我慢しようとしているくらいなのに。

阿部くんの熱い息が首にかかると同時に、右手でゆるゆると扱かれて無意識に吐息が漏れた。
ビデオの声とは比べ物にならないくらい密やかな。
きっと 「もっと声出して」 と言われるんだろうなぁと、
早くも霞んできたアタマの片隅で思った。

「・・・・・あれ?」

阿部くんが不思議そうにつぶやいた。
予想に反して阿部くんはそれきり何も言わずに、もう片方の手を服の中に入れて
上半身をまさぐってきた。
その手が胸の先端にたどり着いて、まだ柔らかいそこを爪で引っかかれて。

「ん・・・・・・・」

またビデオの声に紛れてしまうくらいの声が勝手に漏れた。
同時にこれじゃあダメなんだろうな、きっと文句を言われるな、  とまたどこかで考えた。

「あー! いいっ」

AV女優のまるで絶叫みたいな声に驚いて、体が揺れた。 途端に。

「ふーん、なるほど・・・・・・・・」

耳元で阿部くんのつぶやきがしたと思ったらぷつんと、ビデオが消された。
阿部くんが消した。   え? と不思議に思った。
しん、  と静寂が落ちた。

「あっ・・・・・・・」

耳の後ろを舌先で舐められる感触に思わずまた出た声はごく小さかったけど、
今度はやけに大きく響いた。
オレと阿部くんの吐息も全部聞こえてしまう。
全身が、いっそう熱くなった。 快感だけでなく、恥ずかしくて。
むしろビデオがついていたほうが、オレとしては有難かったかもしれない。

「わかったぞ・・・・・・・」

手のほうの動きを再開しながら阿部くんがつぶやいた。
なにが、 と心の中だけで問いかけた。  何だか嫌な予感がした。

「やっぱいーや」
「・・・え?」 
「おまえはそのままでいい」
「・・・・・・?」
「さっきみたいな声は出さなくていい」
「え」

いつもと言うことが。

「だってオレわかった」
「・・・・はっ・・・・・」
「そうそれ」
「・・・・・・・?」
「おまえさ、声我慢してんだろ、今でも」

や、やっぱりバレてたんだ・・・・・・・・・・
てかそうでなきゃ 「AV見て勉強しよう」 なんて言うわけないし。

「でも我慢できなくて出ちゃうんだよな?」

うんそう・・・・・・・・・・・・・

「それがすっげー楽しい」
「え」
「抑えようとしているものをオレが出させてる、てのがたまんねー・・・・・」

思わずぽろっと本音が。

「阿部、くんて、ちょっと、へ」

あっ と気付いて慌てて口を閉じて、残りの3文字は呑み込んだ。  でも遅かった。

「『へ』?」

阿部くんの手がぴたりと、止まった。 冷や汗が出た。

「『へ』、 の次はなに?」
「え、あの」
「言いかけてやめるなよな?」
「いやあの」

言えるわけ、ない。 前から少しだけ思ってたけどそんなこと。

「言えよ、三橋」
「あの、別に、その」
「言わねーと」

ぎゅっと目を瞑って次にくる何か、に備えた。
何か、される。 恥ずかしいことを。 絶対。
と思ったのに。
すっと手が離れた。 だけでなく、背中に密着していた阿部くんの体まで、すーっと離れた。
急に寒くなった。

「え・・・・・・・・」

うろたえながら振り向いたオレに阿部くんはしらっと言った。

「なんにもしてやんねー」

ぽかんとしてしまった。 予想外の展開になった。
それなら我慢できる、と思った。  のに。

阿部くんがじーっとオレの目を見つめるもんだから。
一度火がついてしまった体の火照りが取れない。
ズボンから無理矢理出されて晒されたところもしまわなきゃ、と思うのに、
全然萎える気配のないそこはますます熱くなってきて、どうにも収集がつかない。

(ホ シ イ) 

うっかり思ってしまってから慌てた。 
まずい。 これじゃあ阿部くんの思う壺・・・・・・・・・・・・・・・・

アタマでいくらそう言い聞かせても体がまるで言うことをきかない。
見られていると意識しているからダメなんだ、 と前に向き直って目を瞑ってみた。

「したいだろ?」

耳元で囁かれてますます熱が上がった。 いっそ自分で処理したいけど。
阿部くんの見てる前でできるわけがない。
途方に暮れているうちに阿部くんの動く気配がして、勃ち上がっている部分に熱い息がかかった。

「あっ」

思わず目を開けたら阿部くんがそこに顔を寄せている。 でもいつものように包んではくれない。
もどかしさが湧き上がるのをどうすることもできない。  だって知ってるから。
阿部くんの唇と舌がどう動くか。  オレは知ってる。
何度されてもその度に情けなく翻弄されてしまうくらいキモチ良くて。
想像しただけで、そこが震えた。  止めることなんてできなかった。
上目使いでオレを見る阿部くんの目は少し、笑っている。

「してほしい、だろ?」
「う・・・・・・・・」

否定できない。 図星だから。

「なら続き言えよ、三橋」
「う・・・・・・」
「怒んねーから」

オレは観念した。 

「あの、だから」
「うん」
「ちょっとだけ、その」
「うん」
「へ、   んたい、なとこがあるなって」
「ふーーーーーーーーーーーん」

阿部くんの目が光った。 たちまちオレは後悔した。

「やっぱそう思う?」
「え・・・・・っとその」
「実はオレ、自分でもそうかな、とは思ってたんだけどさ」
「・・・・・・・。」
「で、おまえに悪いなーとか悩んだりしたこともあったんだ」

そ、そうなんだ・・・・・・・・・・。 その割には。

「でもこれでめでたく公認になったことだし」
「へ?」    公認?

阿部くんはやけに嬉しげな顔をしていた。
オレは次に言われる言葉を予想してまたぎゅっと目を瞑った。
そして今度は予想は外れなかった。

「今日はご期待に応えてあげよう!」

いやあの、期待してるわけじゃ、

というなけなしの抗議の言葉は、 あっさりと阿部くんの口に呑み込まれてしまった。














                                                  強制的公認  了

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                                                そう上手くはいかない。 (期待ハズレなオマケ