コトバにできない時 (前編)





抱き合っている真っ最中に他の事を考えたり、
その日にあったことを思い出したりすることなんてまずない。 そんな余裕がないからだ。
なのに唐突に 昼間田島くんの言ったことを思い出してしまったのは、
今日の阿部くんがまさに 「それ」 だと、遅ればせながら気付いたからだった。

田島くんは言った。

「阿部はその辺、はっきりしてそうだし三橋も楽なんじゃね?」

その時 「そうでもないよ」 とオレは思った。 
けど言えなかった。
それに関してもっと突っ込んで聞かれると、困ったことになるからだ。











○○○○○○

逃れようともがいた手は掴むものがなくて、結局シーツを握り締めただけに終わった。
どうせ掴む何かがあったとしても、逃げられるとも思ってないけど。
せめてもと口を開けたら、ちょうどそのタイミングで与えられた刺激に、
体が跳ねるくらいの鋭い快感に襲われて。
言葉を発しようと開けた口は そのせいでひゅうと息を吸ったきりで、声にならない。
そのまま忙しない呼吸を繰り返して快感に耐えて、それからもう一度試してみる。

「イヤ・・・・・だ・・・・・・・・・」

ようやく搾り出した言葉は掠れたうえに震えてしまった。
おまけに苦労して言ったところで 多分聞いてなんかもらえない、けど。
無駄と知りながらも言ってしまうのは、たまには聞いてくれることもあるからだ。
それにそういう理屈とか期待抜きでも言わずにいられない。
イヤなもんはイヤだし、慣れないものは慣れない。
阿部くんは 「いい加減慣れろ」 と呆れたように言うけど、オレには 無理。

「やめ・・・・・・・・・阿部く・・・・・・・・・・・」

半ば諦めながらの抗議は予想どおり無視された。
オレはうつ伏せにされてて。
阿部くんの両手はオレの尻にがっちりかかってる。 
阿部くんが本気で力を入れたらオレにはまず逃げられない。
さっきから阿部くんを受け入れる、トコロに、湿った柔らかい感触が蠢いている。
オレの、そこを広げるようにして阿部くんの舌先が中まで入り込んでくる。
何度されても慣れることなんてできなくて、恥ずかしくてどうかなりそう。

「あっ・・・・・・やぁ・・・・・・・・・」

嫌なのに。 嫌でたまらないのに。

意思を裏切って全身が反応する。 体のほうが正直だから。
息がどんどん上がって涙が滲んできて、足が勝手に痙攣するみたいに震えだす。

阿部くんは知っている。
オレが本当は感じてるのを知ってる、から、どんなに頼んでもやめてくれない。
でも阿部くんだっていつもこんなじゃない。
オレが嫌がるってわかっていることは普段はそんなにしない。
してもすぐにやめてくれることが多い。  敢えてしつこくする時は。

オレのことで傷付いている時か怒っている時、 だ。

そういう時阿部くんはベッドでオレを苛める。
長い時間焦らしたり。  わざと恥ずかしい格好をさせたり。
それに気付いたのはもう大分前だ。
気付いても 「そういうことはやめて欲しい」 と言えなかった。 なぜかというと。

阿部くんが何かに傷ついて怒ってて、でも言葉で言いたくなくて
体でオレを苛めることで発散できるのなら 我慢しよう、 と思ったから。

それに。   我慢なんて言ったって。
結局全然我慢になってない。  だって気持ち、イイ、から。
イヤだ、 て言いながら  もっと  と思ってたりもして。
こんな自分がすごく嫌いだ。
痛いから とか 苦しいからイヤ、 ということは阿部くんは絶対しない。
阿部くんにはいろいろと、全部バレてる、  と思う。

「あ、  あ、 べく、 ん」
「なに?」

舌から解放されて大きく息をついた。
もう、してほしい。
恥ずかしいからそんなこと本当は言いたくない。 でも今日の阿部くんは怒っている、から、
きっと言うまで許してくれない。 

「も、もう、 して・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・三橋」

阿部くんの声が思い切り不審気になった。 

「まだそんなに理性飛んでねーくせに」
「・・・・・・・・え・・・・・・」
「なんで今日は素直なの?」

(だって、阿部くん、  怒ってる・・・・・・・・・・・・)

と思ったけどそれは言えなかった。
言ったら阿部くんがもっと傷つくような気がして。
黙ってたらダメかなと思ったけど、阿部くんはそれ以上追求してこなかった。
オレの体を仰向けにさせてから、少しの間何か言いたげな顔でじっとオレの顔を見下ろしていた。
それから軽いキスを1つくれたと思ったら、その後ちゃんとしてくれた。  ホっとした。



けど、阿部くんが何に怒っているのかは結局わからなかった。
終わった後でわかることもある。 言ってくれなくてわからないこともある。
わからなくてもそれで済むこともあれば、済まないこともある。 今日は。
わからなかった。

そして今回は、それで済まなかった。
その日は一応済んだけど、阿部くんのもやもやは消えなかったみたいだった。

もちろんそれは、後でわかったことだけど。









○○○○○○○

あの時田島くんは言った。

「阿部はハッキリしてそうでいいよなぁ」
「え?」

オレは最初何の話だか全然わからなかった。
だって部活の休憩中にいきなり何の脈絡もなくそう言われたからだ。
きょとんとしていたら、田島くんは続けて言った。

「オレの中学のダチがさー」
「う、 ん」
「彼女が何かに怒ってるみたいだけど、はっきり言わねーとかで悩んでて」
「・・・・・・・・・・。」
「オンナってさ、そうなのかな?」
「・・・・・・・さぁ・・・・・・・・」
「その点三橋はいいよな?」
「へ?」
「阿部は気に入らないことあったらソッコー言いそうじゃん!!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「三橋も楽なんじゃね?」


オレは曖昧に笑っただけで、返事ができなかった。
そうでもないよ、田島くん、   と心の中だけでつぶやいた。

もちろんはっきり言う時も多い。 言う時は確かに 「ソッコー」 で阿部くんは言う。
「アタマきた」 とか 「傷ついた」 とか 「ふざけんな」 とかずけずけ言う。
でも言わない時だって、ある。  で、そういう時は。

多分阿部くん自身も自分が嫌だって思ってる時、 なんだ・・・・・・・・・・





ということをオレはもう知っていたので、阿部くんが翌日も
「今日おまえんち行っていい?」  と言った時頷いた。
阿部くんが理由を言わずに誘ってきたり、うちに来たがったりする時は
「したい」 て意味なんだってことはもう暗黙の了解みたいになっている。
でも2日続けて言われることなんて滅多にない。
「おまえの体に負担がかかるの、イヤなんだ」 て前、阿部くんは言った。
オレだってもう随分慣れたから、実は大して負担でもない。
けど阿部くんがそうやって気遣ってくれる気持ちはとても嬉しい。

それなのにその日は言ってきた。


阿部くんは、まだ傷付いたままなんだって   それでわかった。














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