コトバにできない時 (後編)





涙が止まらない。

快感が長引き過ぎて苦しい。


阿部くんはずっとオレの中にいる。
なのに微妙に感じるトコロを外して動くもんだから
オレは中途半端な快感に喘ぐだけの状態に延々と耐えている。
ようやくイきそうになってきてホっとしてると、今度は動きを止めてしまう。
絶対わざとやっている。

「そ、それ、・・・・や・・・・・・・・やめて・・・・・・・・・」

また無駄と知りながらつい抗議してしまう。 昨日と同じだ。
もちろん、阿部くんはやめてなんかくれない。

「お、お願い、だから・・・・・・・」

懇願してもダメ。 黙ったまま、阿部くんはオレを嬲り続ける。

(まだ、怒ってる・・・・・・・・・・・・・・)

オレは抗議するのをやめた。
今回はきっととても怒ってるんだ。 そして同時に傷ついている、んだと思う。
それで阿部くんの気が済むなら、何をされたっていいんだから。

「あぁ、  あっ・・・・・・・・・・・・」

これをされると何が困るって。
どんどん乱れていく自分がわかるから。  でもどんどんどうでも良くなって。
後から思い出すのがイヤなんだ。

けど諦めてひたすら喘いでいたら、阿部くんはまた唐突に動きを止めた。
目を開けて見たら、すごく不思議そうな顔でオレを見詰めていた。

「何で黙ってんの?」
「・・・・・え・・・・・・」
「イヤなくせに」
「イヤ、じゃない、 よ・・・・・・・」
「嘘つけ」

イヤじゃない。  本当にイヤなんかじゃない。
みっともない姿を晒す自分が嫌なだけで。 それに。

「だって、阿部くん、 オレに なにか」

うっかり ぽろっと言ってしまってから 「あ」 と思ったけどもう遅かった。
阿部くんの目が急に鋭くなった。
射抜くような勢いで見つめてくる。

「なに? 三橋」
「・・・・・・・え・・・と、 だから」

言いたくない、 と思ってそれから悟った。
言わないときっと続きをしてくれない。 こんなに切羽詰っているのに。
あさましい、 と頭を掠める。  ますます言いたくない。
でも阿部くんの目は怖いくらい真剣で。
ごまかせそうもない。  こうなった時の阿部くんにオレは勝てた試しがない。
勝とうと思ったこともないけど。
仕方なく、正直に言った。

「オレに怒ってる、でしょ・・・・・・・」

阿部くんの目が一瞬大きく見開かれて、それからはっきりとうろたえた。
どうしよう、 とオレもうろたえた。   もっと傷付けたんじゃないだろうか。
でも阿部くんの目は次にふいに静かになった。 

「・・・・・・・・おまえってさ」
「・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・何でもねえ」

つぶやくようにそう言ってから阿部くんは意地悪するのをやめて、ちゃんと最後までイかせてくれた。
いつもは目を瞑ってしまうんだけど。
その時はどうしても顔を見ていたくて、頑張って半分開けていた。
阿部くんもまっすぐオレを見ている。
普段とは全然違う目、底がないみたいに黒くてきれいで、でも獰猛な目。
その目を見るとオレはいつも余計に煽られて それが怖くて瞑ってしまうんだけど。
その時は見ていた。 
イった瞬間はやっぱり瞑っちゃったけど。
慌てて開けたら阿部くんも目を閉じていた。  眉を寄せて苦しそうな顔だった。

「・・・・・・・・う・・・・・・・」

オレの中に放ちながら小さく呻いた阿部くんが、切ないくらいに愛しいと   思った。










〇〇〇〇〇〇

「あのさ」

後始末も終わって落ち着いてからぼーっとベッドに座り込んでいたら
阿部くんはわざわざオレの正面に座った。  そして改まった感じの声で言った。

「オレ、怒ってねぇよ」
「・・・・・・・・・・・・。」
「いや怒ってんのかもしんねーけど」
「・・・・・・・・・・・・。」
「どっちかっつーと不安っつーか」
(うん。 知ってる・・・・・・・・・・・・)

と言う代わりに、オレは聞いてみた。

「なんで・・・・・・・・・?」

何で不安になんか。 いつも不安なのはむしろオレのほうなのに。
阿部くんは目を逸らしてしばらく黙っていた。
それからぼそりと低い声で言った。

「この前泊まったとき」
「この前・・・・・?」
「あ、昨日じゃなくてその前」

すぐに思い出した。  阿部くんがオレんちに来た時だ。 
次の日の朝練の時間が少しゆっくりで、おまけに親がいなかったからよく覚えている。

「オレ、早く目ぇ覚めちゃってヒマだったから」
「う、ん」
「おまえの体に触って遊んでたら」
「えっ・・・・・・・・・」
「おまえ、寝言言ったんだよな」
「・・・・・・・・・?」
「『修ちゃん』」
「へっ?!」
「・・・・て言ったんだよなぁ」

びっくりした。

「おまえ、 『修ちゃん』 ともこんなこと」
「ま、 ま、 まさか」 

するわけない。

「オレもそうは思ったんだけど」
「し、してない、よ!!」
「・・・・・・だよな」

そう言いながらも阿部くんの表情はまるで冴えない。
言葉で言われなくても阿部くんのキモチがわかってしまった。
オレは必死で考えた。  阿部くんが泊まったあの夜、なにか夢を見なかったかと。

「うー・・・・・・・・・・・」

目を瞑って何とかして思い出そうとするけど、何も出てこない。
目が覚めたとき 「よく寝た」 と思ったのを覚えているから
記憶に残るほどはっきりとした夢は見てないような。
あの日は親がいないせいか盛り上がってしまって (阿部くんが) くたくたに疲れたから、
終わるなりストンと眠っちゃって気がついたら朝になっていた。

「・・・・・・もういいよ」

うんうん唸って考えてたら阿部くんの声が聞こえた。

「え、 でも」
「オレもわかってはいるんだけどさ」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから忘れようとしたんだけど、夢に出てきやがるし」
「えっ」
「さっさと聞けばいいとも思ったんだけど」
「・・・・・・・・・・・。」
「なんかなぁ・・・・・・・・」

阿部くんは小さくため息をついた。
それからオレの顔を見て微かに笑った。 何だか頼りないような、らしくない笑顔だった。
阿部くんがごくたまに見せるその顔は、いつもオレの胸をぎゅうっと締め付ける。 苦しくなる。

「かっこわりーよなオレ」
「そ・・・・・・・・」

オレは焦った。 そんなこと全然ない。
それで言ったらオレのがずっとかっこ悪い。 それに。
妬いてくれるのって未だに上手く信じられないんだけど、実は嬉しくもあるしそれに。
結局阿部くんは本当にひどいことなんて、しない・・・・・・・・・・・・・

とかいろいろ言いたいことでアタマの中がいっぱいになる。
でも言えなくて。

「そんなこと ないよっ」

やっとそれだけ言って顔をぷるぷると一生懸命横に振ることしかできなかった。
阿部くんはさっきと違う感じでまた少し笑った。

「三橋ってさ、いっつも思うけど」
「へ?」
「・・・・・優しいよな」
「えっ!!?」

(阿部くんのほうが、ずっと、優しいじゃないか・・・・・・・・・・)

そう思ったけど、やっぱり口に出して言えない。
コトバにするのって難しい。  それをオレはよく知っている。
だからいいんだ。 
阿部くんが言えないことがあっても、オレは全然構わないんだ。
オレだって、    というよりオレのほうがずっと上手く言えないことが多い。
中学の時はムカつかれて、ついには無視されて聞いてももらえなかった言葉を
阿部くんは聞いてくれた。
いっぱい怒りながら、でも聞く努力をし続けてくれた。
阿部くんはせっかちだから、大変だったろうにと、今になってわかる。
オレはそれを忘れない。
最近は半分聞いただけで、察してくれたりもする。
だからオレも。 そんなふうに察してあげられたらなって思うんだ。


ぼーっとそんなことを考えていたら、
阿部くんが そっと両手で抱き締めてくれたんで、オレも背中に手を回して抱き返した。
黙って慈しむように抱き締め合う。
それだけで何となくわかることもある。
阿部くんの気持ちが流れ込んでくる、みたいで安心する。
安心したら眠くなってきた。 半分眠りながら思った。

(オレの気持ちも 伝わっているといいな・・・・・・・・・・・)

コトバも大事だけど。

(なくてもわかることだってある、よね・・・・・・・・・・・)

眠りに落ちる寸前そう思った。









○○○○○○

それから2〜3日経った日の朝、一番乗りかと思いながら部室に入ったら田島くんがいた。
そしてオレの顔を見るなり言った。

「そういえばアレさ」
「へ?」
「カノジョの気持ちがわからないっての」
「あ、  うん」
「結局ケンカになって、でもそれでやっとわかって、仲直りしたらしいぜ」
「良かった、ね・・・・・・・」 
「うーん、でもさ」
「?」
「こういうのが何度もあるとしんどいっつってたな」
「・・・・・・・ふーん」
「リコン、じゃなかった、ワカレの危機かも、だってさ」
「え・・・・・・でも」

珍しくオレは頑張って言いたくなった。

「言えない気持ちって、オレ、わかるよ・・・・・・・」
「でも阿部に関してはそーゆーことねーだろ?」
「・・・・・ある、よ?」
「え? そうなん?」

田島くんはびっくりした顔になった。

「でもオレ、そんなことでヤになったり、絶対しない・・・・・・」
「・・・・・・・・・。」
「オレのほうがそういうこと、 多いし」
「あー・・・・・・・」
「だか ら、 絶対絶対、 イヤになんて ならない、よ!」
「ふーん・・・・・」

田島くんは急に真面目な顔になった。
試験の時より真面目な顔だったんで今度はオレのほうがびっくりした。
と、ちょうどそこに話題の当人が来ちゃったんで焦った。

「っす」
「おー阿部!!」

田島くんは大真面目な顔のまま言った。

「おまえら、ホントに良かったよな・・・・・・・」
「は?」
「阿部は幸せ者だとオレは思う!」

阿部くんは面食らった顔をした。
それからオレの顔を見て (多分真っ赤だ) 田島くんの顔を見て
次に田島くんに負けず劣らず大真面目な顔になって、きっぱりと言った。

「うん。 オレもそう思う」

オレはもうびっくりするやら顔が熱いやらで大変だったけど。

すごく幸せな気分になってしまった。   そして。

この気分は、言わなくてもきっと阿部くんにもバレている、    と思った。
















                                               コトバにできない時 了

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                                                  少しずつでいいんだと 思うのです。