前夜







熱い。    熱くて堪らない。

それが酒による酔いのせいなのか、むきだしになった欲望のせいなのか、
三橋にはもうわからない。

静かな部屋に荒い息遣いと微かな水音が響いている。
両方とも他でもない自分のものだと頭ではわかるけれど、気にならない。
いつもは恥ずかしくて堪らない淫猥な濡れた音にすら煽られる一方だ。

「あっ・・・・・ああ、あべく・・・・・・」

口をついて出る声も常よりもあからさまで淫らに聞こえるのは、
絶対気のせいじゃない。 自覚しているのに止まらない。
欲しくて欲しくてどうかなりそうだ。

「・・・・・・・・すげーな」

囁いてくる低い声が揶揄よりも感嘆の色が濃いことに安心する。
とはいえ、阿部の指も唇も常以上に容赦がない。
深い部分を掻き回してくる指の刺激にあられもなく悶えながら
浮かぶのは 「もっと」 という貪欲な欲求だ。

もっと、 もっと   めちゃめちゃにして、 欲しい。

普段は思っても絶対言えないそれを口走ったことに思惑はなかったけれど、
指の動きがぴたりと止まった。
言ってしまってから恥ずかしいと感じる余裕すらない。
けれど、これでやっと、という期待は裏切られた。
指はそのままで、胸の尖りに噛み付くように口付けられて、
痛みと快感にしなる背中をもう片方の腕にきつく絞られて眩暈がした。
強い刺激に満たされながら、同時にまだ満たされない。
体の最奥で熱を感じたい、翻弄されたい、という欲求が強くて気が狂いそうだ。

「あ、 あ、 早く」

うわ言のようにねだる言葉が抑えられない衝動のままに出てくる。
だって仕方ない。
こんなに欲しているのに、阿部はもう随分長い間焦らしているのだ。 きっとわざと。

「そんなに欲しい・・・・・・・?」

ホシイ、 ハヤク 

掠れた自分の声が遠くから聞こえるようだ。
何もかもが熱くて熱くて持て余す。
鎮められるのは阿部しかいないのに。
わかっているくせに、と恨み事すら湧き上がる。
理性をかなぐり捨てて、誘う目的で自ら足を大きく開くと指が出て行った。
身を離した阿部の目を縋るようにひたと見つめた。

「・・・・・あべ、くん」

自分の指で、疼くその部分を押し広げてみせる。 見せ付けるように。
あられもない、まるで何かのエロ雑誌の写真みたいだ、と掠めたものの
もはやどうでもいい。
情欲に濡れている目は阿部とて同じだと言い聞かせながらではあったけど、
今度は効いた。  切羽詰った呼びかけを言い終わるか終わらないかで。

「ああっ」

切望していたそれは、いつもよりも乱暴に侵入してきた。
そのことにすら感じて、無意識に上がった声は自分でもどうかと思うくらいに
悦んでいる。  やっとで満たされながらも、もっと、と手を伸ばす。
覆い被さってきた馴染んだ重みに夢中で手を回して抱え込んで、
長く満足の息を吐いた。

「ふっ  うぁ」

すぐに動き出した熱に意識せず全身で応える。
体も心も満たされたこの瞬間を長引かせたいと願う気持ちを、
でも体はあっさりと裏切った。 待ち望んだ状態が長すぎたせいだろう、
数回深く抉られるように突かれただけで、目も眩むような快感に抗えずに
早々に放ってしまった。

そんな自分に落胆しながら薄目を開ければ、すぐそばにある見慣れた黒い目は
いつもよりも余裕がないのが見て取れて、珍しさに見惚れた。
同時に再びぞくりと体のどこかがざわめいて、そのことに慌てた。
短い時間でも、その分得た刺激の強さと良さは強烈だった。
いつもならここで充分満足するはずだ。 阿部はともかくとして、自分は。

変だ、 こんな自分はおかしい。

そうわかっても、だからといって抑えることもできない。
多分、アルコールのせいだ と三橋は思い当たったけれど、
知っていたはずの己の貪欲さをごまかしようもなく見せ付けられたようで、
目を覆いたい気分になった。

いつものように三橋より少し遅れて精を吐き出した阿部が、
その後出て行った途端にまた欲しくなる。 際限がない。
抱き締められていた腕を解かれた時には、体の一部分が欠けたような気さえした。
その錯覚を傲慢だと感じる理性も残っているのに、理不尽な要求が先に立つ。

なんて勝手であさましい、これが自分の性根なのか。

否も応もなく突き付けられた己に湧く嫌悪感は嘘ではない。 
自分がイヤだ、と厭う気持ちは本当なのに、ここでも感情が勝ってしまう。
逡巡していたのは阿部が手早く後始末をした、つまりゴムを外した僅かな時間だけで、
済んだと見るや身を起こして、自分から口付けた。

遠慮がちになったのは、もし呆れられたら、とどこかで不安だったからだけど
当然のように受け入れられた、だけでなく見透かされたように強く舌を吸われて
歓喜で体が震えた。
事後の穏やかさなど微塵もない激しさに、残っていた理性が霧散する。
離されてから見れば、阿部の顔は少しも呆れても笑ってすらいず
むしろ同じ欲求をまだ抱えているようなことに背中を押されて、正直な本音を吐露した。

「もっと して・・・・・・・」

黒い目が心持ち見開かれたことで、阿部の驚きがわかったけれど
羞恥も躊躇いも遠くに置き去りになったように薄い。

まだ足りない。 欲しい。

一つ覚えのような思いに突き動かされて、顔を落とすや
まだ芯の残っている阿部自身を迷うことなく口に含んだ。
小さく息を呑む気配を感じながら、熱に浮かされたようにしゃぶりつく。

「う・・・・・・」

艶めかしい呻き声に熱が上がる。
時にはさせてもらえないこともあるその行為を、今日は拒絶されないことにホッとした。
拒絶はもちろん、自分を気遣ってのことともう知っているけれど
今は大人しく聞き分けられそうにない。
欲しくて愛しくて堪らない気持ちを一心に舌に乗せる。
息継ぎするために一度離して、ふと浮かんだ言葉をつぶやいた。 ほとんど無意識だった。


先刻よりも大きな息の音を聞きながら再び口内に包み込む。
息はため息に似ていたけど、違う種類のようにも聞こえた。
そんなに変なことを言っただろうか、いつも思っていることなのに。

(あれ・・・・・・?)

そこで気付いた。 数え切れないほど思ったその言葉を
実際に音にしたのは初めてかもしれない。

とりとめなく考えつつも舌を休めない。
いずれにせよ、悪い意味でのため息ではないことは確かだ、絶対。
阿部との恋愛に関してはとかく悲観的なほうに考えがちな三橋でも、
さすがに今は大丈夫とわかる。
髪をまさぐってきた手の優しさも、それを裏付けているようで安堵してから、
その感触にすら感じてしまう。
普段はなかなかできなかったり、させてもらえなかったりすることを
今は何でもできそうだし、何でも言えそうだ。

誰にも譲りたくない。 全部自分だけのものだ。 全部。

正直な欲をそのまま行動に移していることに、他人事のように驚きながらも
奔流のように湧き上がる想いを形にしたい。 止められない。
止めなくてもいいんだと、ふいに思った。  根拠も理由もなくただ思った。

好きで好きで好きで、堪らない。 今までも、これからも変わらない。
自分で持て余すくらいの想いに阿部が応えてくれる、
その奇跡にも今さら泣きたいほどに感動する。


阿部はきっとまた与えてくれる。 そう確信できることが三橋は嬉しい。
2度目は長くもたせられるだろう。 阿部はもちろんのこと、おそらく自分も。
心身ともに阿部だけでいっぱいになる充足感を、自分だけが知っている。
至福のその瞬間を思って、三橋はうっとりしながら熱いそれを心のままに慈しむ。





まもなく与えられるであろう心地よさを 心と体が存分に満たされる幸福と快感を、
その時三橋はただひたすらに、貪欲に求めていた。


まるで幼い子どものような無心さで。















                                             
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