いつか思い出になる日 (花井編)





9組の出し物の内容をかなり早い段階で田島から聞いた時、すこぶる嫌な予感がした。

予感というよりもはや確信に近かった。

だからオレたちのクラスの企画がお化け屋敷に決まった時、
とにかく阿部には当日の重要な役を振らないように (例えばお化けの役とか)
神経を使ったのは、阿部のためというよりはクラスのためだ。
その甲斐あって阿部は主に準備のほう担当になった。 正確に言えば仕向けた。
けど流石に当日何もしない、というワケにもいかず 受付の一部を担当することになった。

念のために、とオレは予め阿部にクギを刺した。

「サボるなよ」
「サボらねーよ」

事も無げに言い切ったところを見ると、まだ知らないに違いない。

「サボったらオレらの3日分の昼飯奢れよ」
「はあ? サボらねーっつってんだろ?」

オレらってのはオレと水谷だ。
だって阿部の不始末の尻拭いはおそらくオレか水谷で担当することになる。
同じ部のよしみってヤツで。

そんなこんなで文化祭まで一週間を切ってそろそろ準備も本腰、というある日
朝っぱらから阿部の表情が恐ろしく険悪になってた。
阿部も9組の出し物の内容を聞いたんだな、 とそれでわかった。

阿部はその苦虫を噛み潰したような顔のまま当日まで過ごした。
いつものことながらすげーわかりやすい。





9組の企画は 「女装喫茶」 だった。








○○○○○○○

当日の朝一番の受付担当が阿部じゃなかったのは
阿部にとってはラッキーだったかもしれないけど、
どこになろうと結局結果は同じだったような気がする。
それでも開始時間まで9組のほうには行かずに自分のクラスの準備に
ちゃんと携わっていたのはすごい進歩と言っていいんじゃないだろうか。

10時になるやいなや阿部の心がひとつ置いた隣のクラスのほうに飛んでいったのが
よくわかったので、水谷が能天気な声で
「なあ、9組の連中の女装、冷やかしに行こうぜえ?」
と言った時、むしろホっとしてしまった。
阿部はやにわに立ち上がると水谷の肩をぽん! と叩きながら

「そうかそんなに行きたいかせっかくだからオレも付き合ってやるよ」

と棒読みした。
何しろココロが9組に飛んでるから抜け殻状態だ。
そんなわけで無駄にドキドキしながら (少なくともオレは)
水谷と阿部とともにクダンの女装喫茶に向かった。

入り口の少し手前まで来たところで 「ねぇ、ホントに男?」 という声が聞こえた。
水谷は楽しそうな顔をした。
オレは嫌な予感がした。

それなりの雰囲気に飾ってある入り口をくぐると、入ってすぐのテーブル
(もちろん机を幾つかくっつけてクロスをかけただけのシロモノだけど)
には早くも3年と思しき男子数人が客になっていて、
その傍に1人の女装した9組の男子生徒が立っていた。

オレの予感は当たった。
その男子生徒がオレたちが入った気配でこちらを見た、  その瞬間。

予感していたにも拘わらず、オレはぎょっとして目を見張った。
水谷は手に持っていたパンフをはらりと、床に落とした。
阿部は。

阿部のほうを見たくない、という気持ちと見てみたい、という好奇心が
一瞬せめぎあってから後者が勝った。

阿部は静かに突っ立っていた。
その顔はまさに 「呆然」 という言葉を具現化したようなもんだった。
見ているうちに見事に赤く染まった。
でもその直後、3年男子の 「オレ、ずーっとご指名しちゃおっかなー」 というセリフを聞くなり
すーっと赤い色が引いて、だけでなく心持ち青味がかったかと思うと
目に凶悪な色がさっとよぎって次に ぎらりと、確かに光った。

そこまで確認してからオレは改めて三橋を見た。

三橋はオレらを認めて赤面しておたおたしてて、
でも接客もしなくちゃならないしで、気の毒に泡食っている。
けどその様子がまたその姿にいっそう似合っているから始末が悪い。

三橋の着ているのはいわゆるメイド服、ってやつで。  (多分)
紺のワンピースなんだけど袖がきれいに膨らんでいて、
スカートもどういう仕組みかしんねーけどふわっと膨らんでいる。
襟と袖ぐりに白いレースの飾りがあって、真っ白いエプロンにもフリルが付いていて、
元々華奢な体格のせいかデザインのせいか (多分両方だろう) ほとんど違和感がない。
膨らんだスカートから伸びている足は白いタイツで覆われていて
すんなり伸びた形の良いそれは、一見しただけじゃとても男の足には見えない。

そして何よりも圧巻なのは顔だった。
栗色のセミロングのかつらが目の上までかぶさっているせいで
女子よりは太い眉がうまいこと隠れている。
元々白い肌に赤い唇がきれいに映えていて、大きな目は程よい化粧のせいで
いつもよりさらに大きく見える。  はっきり言って。

全然男に見えない。

なんてレベルじゃない。

先刻の客の言葉にも頷けるし、
これは三橋だ、とわかっているオレですら少々くらくらするくらいかわいらしかった。

さすがに阿部に同情した。
これでは今日1日で阿部の寿命が3年くらい縮んでもちっともおかしくない。

と常日頃の阿部を知っているオレは、うっかり心から痛ましく思ってしまった。

だからようやく阿部が我に返って動き出して、無言のまま奥のテーブルに座った時も
オレは黙って水谷を促していっしょに座った。
水谷が横でしきりに 「三橋似合ってんなぁ」 と褒めたり
田島と泉が出て来て、オレたちが田島を笑ったり
泉に感心したり (泉も相当イイ線いっていた) してる間も
阿部の目は一点から動くことなく耳は完全に飾り物と化している。

でも 「ここはさ、ご指名できんだぜ?」
という田島の言葉に阿部はびくりと反応した。  続いてくるりと田島のほうに顔を向けた。

「ご指名?」
「そー。 あの写真見てご指名できんの」

田島の指さすほうを見ると、壁に 「ウェイトレス」 の顔写真がずらっと10枚くらい
並べて貼ってあって番号が付いている。
何だか夜のお店みたいな制度・・・・・・・・・
なんてオレがぼけっと考えている間に阿部が低い声で
「じゃあ5番」 と言うのが聞こえた。
5番が誰か、なんて見なくてもわかる。 太陽が東から昇るくらい確実だ。

「三橋だな? オッケ」

田島が笑いながら頷いて、いつまにか奥に引っ込んでいた三橋を呼びに行った。
恥ずかしそうな顔でおずおずとやってきた三橋にオレらは飲み物を注文した。
三橋は阿部の顔をちらりと見て怯えた顔をした。

「おい阿部、顔が怖いぞ」

指摘しながらつついてやったけど、「あ?」 とつぶやいただけで阿部の目はオレを見ない。
一点しか見てない。 おそらく耳もまたギョーザだ。
オレは諦めてため息をついた。
今日1日のいろいろなことを諦めた、と言ってもいい。

だから水谷が 「オレ、他も回ってこよっかな」 と言いながら腰を上げた時も
オレは微動だにしない阿部とともにその場に残った。
どうせ特に見たい出し物があるわけじゃないし。
その後阿部の受付担当時間である11時になった時に、阿部が必死の形相でオレを見て

「花井、オレ、3日分の昼メシ奢るよ」

と言った時も黙って頷いた。 
だってそのために水谷に付き合わなかったんだから。
そして7組に戻って阿部がやるはずのその時間を代わりにやってやった。

その後の自分の担当時間をこなしている時に
9組の女子が泣きそうな顔でやってきて
「花井くん、おたくのクラスの阿部くん何とかして」 と言った時も
話を聞くと 「ただ居座っているだけ」 とのことだったので懸命に宥めてやった。

「飾り物だと思って我慢してくれ」
「そんないいもんじゃないわよ!」
「じゃあ置物」
「置物にしては顔が怖すぎる」

ぶつぶつ言う女子に 「頼むよ」 と拝んだら、しぶしぶとだけど諦めてくれた。


ようやく自分の時間ができて、ぶらぶらと目ぼしいところを回って
次の阿部の担当時間である午後2時にまた戻った。
意外にも今度は阿部はちゃんと来た、と思ったら隣に三橋がいた。
相変わらず例のかっこのままで。

「三橋の休憩時間だからいっしょに回りたいんだけど」

阿部が明後日のほうを睨みながら気まずげにそう言った時も、静かに頷いてやった。



でも夕方になって撤収作業をしながらクラスのヤツが
「阿部は?!」 と文句を垂れるのに 「オレがあいつの分もやるからさ」 とここでも宥めながら
「3日分の昼メシじゃ割に合わねーかな・・・・・」
と少しだけ思ってしまった。

そしてその後の後夜祭で、阿部と三橋の姿が見えないのに
水谷や巣山が気付いた時も。

「どこにいんだろあいつら」
「オレ、探してこよっか?」
「やめとけ」
「え、 なんで?」
「なんでもやめとけ」

きっぱりと止めながら
オレってなんていいヤツなんだ、   と自分を褒めてやった。
それくらいは許されると、オレは思う。  誰も褒めてくんねーしさ。

しんみり考えていたら ひょこっと田島が目の前に現れて、ニカっと笑った。

「水谷に聞いたぜ?」

それから珍しく柔らかい表情になって

「お疲れ!」

と労ってくれただけでなく。

「おまえってホントいいヤツだよな!!」
「まったくだよ」
「阿部もぜってー感謝してるぜ?」
「・・・・・そうかな」
「そうだよ!」

軽い口調だけど、目には真面目な光が垣間見えて
悪かねーな  なんて嬉しくなった。


そして、後夜祭に興じるチームメイトたちの様子をぼーっと眺めながら

きっと何年か経ったらこれも懐かしい、そしていい思い出になるんだろうな・・・・・・・・・・・・と

そんなことを思ったんだ。


















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