いつか思い出になる日 (阿部編)







拷問のような1日だった。





予想はしていた。

三橋の化粧した顔は以前見たことがある。
だからきっとかわいいだろうと、複雑な気分で思ってはいた。
いろいろな事態を想定して自分なりに覚悟もしていたつもりだった。
けど現実はオレの予想を上回った。  上回り過ぎた。

かわいい、なんてレベルじゃねー。
虫がつかないなんてあり得ない。
今日の三橋を見てむらむらしない男なんて この世に存在しないんじゃないかとさえ、思った。

だから動けなかった。 心配で。

いても何もできないけど。
時々 「ご指名」 して飲み物を追加注文して、
その時になんだかんだ世間話を仕掛けて時間を引き延ばして
少しでも長くオレが三橋を拘束できるようにするのが精一杯で。

三橋は思ったとおり人気が高くて女子からも男子からもかなり 「ご指名」 がきた。
いつもは女にぴりぴりするオレも今日だけは例外だった。
女子のほうがまだマシだった。 なにしろあのかっこだし。
密かに比べて 「三橋のがかわいい」 と悦に入ったりして。   けど男は。

「えー?」 と驚くヤツ、にやにやするヤツ、いろいろだったけど
皆一様に同じなのは三橋を上から下までじろじろと無遠慮に見つめやがる。
そのたびに胸の中でドス黒い何かが渦を巻く。  不快で不快で堪らない。
見るな!!  と叫びたいのを何度も堪えた。

叫べないのでオレも急いでまた「ご指名」する。
そうすれば三橋はオレのほうに来る。
でも当然なにか注文しなきゃならない。
三橋は気を遣って 「いい」 と言ってくれたけど、それじゃ三橋の立場が悪くなる。
それで使う金に加えて花井に奢る分を考えると、相当痛いことになるのもわかりながら 
(おまけにコーヒーの飲み過ぎで気持ち悪くなったけど)
どうしても、その場を離れられなかった。

三橋の休憩時間が午後にあると聞き出した時、
一時でもとにかく連れ出せると思ってホっとした。 同時に思い出した。
オレの担当時間と被っている。
浮かんだ顔に向かって心の中だけで手を合わせた。

そして実際にまた花井が代わってくれると言った時、冗談抜きで花井の頭に後光が差して見えた。
密かに 「1週間分でもいい」 と思ったくらい感謝した。
あいつは本当にいいヤツだ、 と思う。

やっと独り占めできると思ったら顔がニヤけた。
けど、それも最初のうちだけだった。
三橋を連れて面白そうなところを適当に回っていると、やけに視線を感じる。
主にヤロウの視線だ。
気付いたら、それがイヤでまたイライラした。
顔に出たらしく、三橋がオレを見てビクついているのがわかったけど笑ってやれない。
そんな自分に自己嫌悪を感じて、さらに気分が悪くなった。  悪循環だ。

休憩時間が終わって、また三橋といっしょに戻って再度奥のテーブルを陣取る頃になるともう、
ひたすら時間が過ぎるのを待つ心境になった。
じりじりしながら時計を見る。
随分経ったと思ったのに、まだ5分しか経ってねえ!  
なんてことを何回繰り返したかわからない。

そんな感じだったからようやく終了時間になって
三橋が後片付けは免除されていると知るや (泉から聞いた)、店の奥にずかずかと入った。

「阿部、くん?」
「おまえ、もうこの後はいいんだよな?」
「う、 うん」

三橋がとまどっているのがわかったけど、無視して腕を掴んで強引に連れ出した。
そのままどんどん歩いて、校舎外れにあるあまり利用者のないトイレに連れ込んだ。

だってオレはもう我慢できなかった。

実感したかった。

三橋はオレのもんだと。

個室に押し込んだら一瞬怯えた目をしたのが見えたけど、構わずに抱き締めた。
華奢なその体を腕の中に収めてようやく、安堵のため息をついた。
今日初めてまともに呼吸した気がする。  
長い1日だった。  永遠に終わらないかと思った。
腕に力を込めながら不覚にも涙が出そうになった。

情けなくて。

なんで、オレはこうなんだろう。
どうしてもっと鷹揚に、構えていられないんだろう。
すぐに不安になる。   誰かに取られやしないかと。
三橋が自分から離れていきやしないかと。

普段はそれでも奥の方に押し込めている不安が何かあると簡単に表面に上がってくる。
そうすると普通でいられない。
確認したくなる。 そして安心したい。
確認したところで先の保証なんて全然ないのに。 わかっているのに。

「かっこわりー・・・・・・」

無意識につぶやいていた。

その時背中に手を感じた。
三橋が抱き締め返してくれたんだ、とわかって腕を少しだけ緩めて顔を見た。
三橋はオレをまっすぐに見つめてそれから。

(・・・・・・・え?)

唇に柔らかい感触が当たった。
三橋から、キスしてくれたんだ、と気付くのに数秒かかった。

真っ赤な顔の三橋をぽかんと見て、我に返って 今度はオレからした。
夢中になって深く、貪った。
三橋の口の中の隅々を舌で愛撫してから、その舌を味わう。
吐息に次第に艶が混じってくるのがわかって、止まれなくなって長いことしていた。

しながらそっと服の上から足の間に手を滑らせたら、小さく体が跳ねた。
でもスカートがやけにごわごわしていてもどかしい。

遠くから後夜祭の準備をしている生徒の声が聞こえてくる。

後夜祭なんかどうでもいい。

基本的に学校では (部室は例外だけど) こんなことしない暗黙の約束があるんだけど。
今日はお祭りだし。
三橋からキスしてくれたし。
それよりなによりオレはもう大変だったんだ。
今日1日大変だったんだ。  ココロの中が。
心配で不安で腹立たしくていても立ってもいられなくて、それなのに何もできなくて
気が狂いそうだったんだ。
もっと欲しい。 キスだけじゃ足りない。

勝手な理屈をこねながら三橋の穿いているスカートの中に手を入れて
中心部分に手を這わせた。 すでに半分くらい勃っていた。

「あっ・・・・・・・」

吐息とともに吐き出される声に拒絶の響きはない、ような気がする。

(都合のいい解釈かな・・・・・・・)

と自戒しようとしても全然止められない。  手を這わせながら三橋の様子を窺うと、
目を閉じて頬を上気させて上がる息を抑えようと、努力しているのが見てとれた。
嫌がっているようには見えない、けど。

「三橋」

呼ぶとうっすら目を開けてオレを見た。
その口が動いてかすかに、言葉を紡いだ。

「    」

すごく小さな声でほとんど聞こえなかった。 けど口の動きを見ていたから
何て言ったのかわかった。  ぐるぐるした思考が一気に吹っ飛んだ。
また深く、口付けながら同時に手のほうも中心を布の上から丁寧に愛撫してやったら
あっというまに張り詰めた。
少し躊躇った後、口を離してタイツと下着を下ろしても抵抗しない。
むき出しになったそれをそっと扱いてやると艶のある息を漏らした。
先端を指で探るともう濡れている。
ゆっくりと指を回すようにして刺激してやると腰が僅かに揺れた、 だけでなく身悶えた。
口を半開きにして壮絶に色っぽい。
「イイ」 ところを重点的に弄ってやったら、先端からますます先走りの液が溢れ出た。

「スカート自分で持ってて」

言いながらしゃがんで、起ち上がったそれを口に含んだ。

「あべ、く・・・・・・」

流石にこれは嫌がるかな  と掠めたけど、意外にもオレの頭におずおずと
遠慮がちに添えられる手を感じて、それで理性が飛んだ。  容赦なく、嬲ってやる。

「あ、  あ、ん・・・・・・」

抑え切れずに漏れる声にもっと嬉しくなって、舌と指で丁寧に追い上げた。
足が細かく震えだして、頭にかかっている手も震え始めて、絶頂が近いとわかった。

「・・・ふ・・・・・・・うっ・・・・」

大して間を置かずにびくびくと腰が痙攣して、口の中に苦い味が広がった。
それを飲み下しながらワケもなく安心した。
こんな三橋はオレしか知らない。
今日三橋をじろじろ見ていた連中の誰1人として。
オレだけが知っている三橋だ。

目を閉じて息を弾ませている三橋の乱れた服を直してやってから
またそっと抱き締めた、途端に小さな声がした。

「阿部くんは、」
「え?」
「・・・・いい、 の?」
「オレはいい」

オレも勃ってるけど。   でもいいんだ、 と本当に思っていた。  なのに。
三橋はオレのベルトに手をかけながら、言った。

「オ、オレも、 したい」
「えっ・・・・・・・」

驚いた。 だって学校のトイレなんかで。  いくらいつもと違う雰囲気だからって。
自分がされるのだって本当は抵抗あったんじゃないのか?

なんて半ば呆けているうちに、三橋はベルトを外して (大分もたついたけど)
オレのを取り出した。  手でおずおずと扱かれて
あ、ヤバい  なんて慌ててる間にももう、先端が濡れてきたのが自分でわかった。
止める理由なんて1つもないからとにかく、目を瞑って三橋の手の感触を楽しむことにする。

はずだったんだけど。
強く扱かれて結局 えっ、 と自分で驚くくらいあっけなく解放してしまった。
早かったからだろう、目を開けたら三橋はびっくりした顔をしていた。
オレは気恥ずかしい。  というか、少々情けない気分。
だもんで顔を伏せながらもくもくと自分のをしまってから、三橋の手を拭いてやっていたら
震える声が聞こえた。

「こういうかっこのほうが、・・・・・・阿部くんは、いい・・・・・・?」
「ヤだ」

即答した。 だって本当に嫌だ。
顔を見たら三橋はまた驚いたように目を見張ってから、ホっとしたように小さく笑った。

(また何か余計なこと考えたなこいつ・・・・・・・)

そうわかったら衝動に駆られた。 逆らわずにまた強く、抱き締めた。
何度でも抱き締めたい。 今日はこのままずっと抱き締めていたい。
昼間我慢していた分。 
こうしていると不安がどんどん薄らぐ気がする。
こういう形でしか安心できない自分を情けないと思う一方で
こうすることで確実に感じる安心感にいつまでも浸っていたい、という欲求に抗えない。
複雑な気分になりかけたところで、背中に三橋の腕を感じた。

「オレ」
「あ?」
「阿部くん、 以外の」
「・・・・・・・・・・・・。」

「誰のものにも、 ならない よ」



今日1日の苦しさが跡形もなく霧散していくのが、 はっきりとわかった。

代わりに胸に何かが満ちていく。  温かいもの。  三橋がくれたもの。

何か言ってやりたくて堪らない、 のに。
結局何も言えなくて、ただ 腕に力を込めた。

きつく抱き締めながらオレは目を瞑った。
腕の中の確かな温もりと三橋の匂いに包まれて、ひどく幸福な気分になった。



それでもやっぱりいろいろと心配は尽きないんだけど。
わかっててもどうしても。
バカだって思っても理屈じゃなくて。
おまけにこんなかっこ悪いオレも三橋には多分バレている。
そして許してくれる。 繰り返し。







何年か経って今日を思い出した時

今と同じように三橋に隣にいてほしい。 

そうすれば、

きっととびきりいい思い出になっているんだろうな・・・・・・・・・・・・・・




後夜祭の歓声を遠くに聞きながら  祈るように  そう思った。



















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