いつか思い出になる日 (三橋編)






できれば見られずに済ませたい。


なんて思っても叶うわけもなく。




それどころか開店してすぐに最初のお客が来て、しかもオレがご指名されて
わたわたと接客している最中に早々と阿部くんたちが入ってきた。
どきっとした。
恥ずかしくて阿部くんの顔をまともに見れなかった。
どう思ってるだろう。
だってやっぱりおかしいと思う。
いくらオレが男にしては痩せてるったって、肩とか首とかは当然だけど女の子より太い。
服でカバーしてたってどうしたって変だ。
どきどきしながら奥に引っ込んで 「はー」 と息をついてたら、またすぐに田島くんが呼びにきた。

「三橋ー、ご指名だぜ?」

出たら今度は阿部くんたちだった。
水谷くんが褒めてくれて、ホっとしたようながっかりしたような
(だってこんなかっこが似合うのもどうかと思う) 複雑な気分になりながら
阿部くんを盗み見たら、す ご く 怖い顔でオレを睨んでいた。 だもんで焦った。

(な、なんか、怒ってる??)

わからない。 けどとにかく顔が怖い。
やっぱり変だって思ってるのかも。 呆れてるのかも。
そう思ったら気持ちが沈んだ。  でもしょうがない。
今日はとにかくこのままやるしかないんだし、  と諦めの心境になった。

そのうち水谷くんがいなくなって花井くんが去っても、阿部くんはまだいた。

(・・・・・? 阿部くんは、回らない、のかな・・・・・・?)

疑問に思いながらもオレは結構忙しい。
一番人気は泉くんだけど (だってすごくキレイだ) オレもなぜかちょくちょく呼び出される。
出るたびに依然として阿部くんがいる。 そしてオレを睨んでる。
時々阿部くんにも指名される。
そのついでに何だかんだと話しかけてきてくれて、その時は怖い顔をしてない。
いつもの感じで普通に話してくれてオレもホっとする。 し、嬉しい。
別に怒ってるわけじゃなさそうだ。
でもそのうちおかしなことに気付いた。

オレが指名されてオーダーを聞いて注文の品を持って行くと、
知らない人でもなぜかいろいろ話しかけてくることがよくあって。
だから離れられなくて、でも上手く話せなくておたおたしていると
必ずすぐに次の呼び出しがかかる。  するとそれが阿部くんなんだ。
そんなことが3回続いたところで、オレは気付いた。
阿部くんは、オレが知らない人と話すの苦手なの知っているから、きっと助けてくれているんだ。
そうわかったとき、ゲンキンにも嬉しくなって。
でも同時に申し訳なく思った。 だってそのたびにお金を使わせる。
だからオレは阿部くんに 「いい」 と言ったんだけど、阿部くんは頑として聞き入れなかった。
嬉しくて、でも悪い。 それに。

(阿部くんは他のとこ、行かなくていいのかな・・・・・・・・)

気になったけど、阿部くんがいてくれるのはやっぱり嬉しい。
いつもより顔が怖いのが気になるけどそれでも。

その辺りまでは良かった。
仕事にも慣れてきたし、阿部くんが怒ってるわけじゃなさそうなのに安心したし
時折話せてむしろ幸せだった。 でもそのうち平和じゃなくなった。

午前中の終わりになった頃からそれは起き始めた。
女の子が数人入り口で固まって中を覘き込んで、
目を輝かせながらひそひそと話している内容が偶然聞こえてしまった。

「あ、ほんとだ〜」
「ね? いるでしょう?」
「入る?」

その子たちの視線の先には阿部くんがいた。  嫌な予感がした。
予感はすぐに当たって、その子たちはいそいそと入ってくると、
阿部くんの座っているところまで行って 「いっしょに座っていいですか?」  と聞いた。
そこまで見て、オレは耐えられなくなって奥に引っ込んだ。
心臓がドキドキしていた。
あの子たちはきっと阿部くんが好きか、ファンとかなんだ。
阿部くんに憧れている子は多分たくさんいる。  だから全然不思議なことじゃない。
そう言い聞かせながら、涙が滲んできそうになって必死で我慢した。

次に出たとき、予想どおりさっきの子たちが阿部くんのテーブルに座っていた。
楽しそうに阿部くんに話しかけている。  ちらりと阿部くんを見ると。

阿部くんはまたオレを睨んでいた。

少し安心した。
だってその子たちの会話に加わっているようには、全然見えなかったから。

でもそれで終わりにはならなかった。
その子たちが去るとまた別の子たちが来た。
同じテーブルに座る子もいたし、少し離れたところに座ってちらちらと見ている子たちもいた。

胸に不安が渦巻く。
苦しくてしょうがない。
女の子たちはみんなかわいくて。  
きれいな声で話して華やかに笑って、 阿部くんを熱い目で見る。

(・・・・・・オレの、 阿部くん、 なのに)

思ってしまってから慌てた。  オレ、図々しい。 
そう思うそばから、でもやっぱり苦しくて不安でたまらない。
いっそ逃げ出したい。 なのにそれもできない。
せめて阿部くんが他所に行ってくれれば。  傍にいてほしいけど、でも。
苦しいから。 見たくない。

そんなふうにつらくてたまらなかったから、ようやく休憩になったとき、ホっとした。
おまけに 「おまえ休憩だよな?」 と言いながら、阿部くんはその日初めて腰を上げた。
どうやら当番だったらしいんだけど、花井くんが代わってくれて、
いっしょに過ごせるとわかって、とても嬉しかった。
こんなかっこだから恥ずかしいけど、その間は女の子に構われる阿部くんを見なくて済む。

なんてうきうきしていたんだけど。
阿部くんも最初は嬉しそうにしてくれていて (ような気がした) ほんとに幸せだったんだけど。
少し経ったところで急速にまた怖い顔になってしまった。 同時に無口になっちゃった。
オレはワケがわからない。
何か気に障ることを言ったのかもしれない。
それともやっぱりこの変なかっこがイヤなんだろうか。

と聞きたくても聞けない。 
阿部くんが不機嫌な顔でむっつりと黙り込んでいるから勇気が出ない。
そんなでも、休憩時間が終わりに近づくとオレは
「これで阿部くんともう、終わるまでは会えないな」 と寂しく思った。
なのに阿部くんは当たり前みたいな顔で、オレといっしょにお店に戻ってきてまた座った。
びっくりして、それから。  
嬉しくなった。
でもまた阿部くん目当ての女の子たちがちらほらとやって来た。
午前中は 「あの人何でずーっといるの?!」 と怒っていた女子の1人も
阿部くんが客寄せになるとわかって、にこにこしている。  オレはすごく複雑な気分。

しかも阿部くんは相変わらずオレをじーっと見てるんで。
だんだんおかしな気分になってきた。  そんなに見られると。

(・・・・・変、・・・・になる)

女の子たちへの嫉妬も手伝って。
阿部くんの近くに行きたい。  だけじゃなくて。
抱き締めてほしい。  キスしてほしい。  いつもみたく。
それで安心したい。

ぼーっとそんなことを考えている自分に気付いて恥ずかしくなった。
でも抑えられない。
2人きりになりたい。
苦しくて、不安な気持ちから逃れたい。
こんなに近くにいるのに。 話すこともままならなくて、
他の子に話しかけられる阿部くんを繰り返し見なくちゃならなくて、気が狂いそう。

ようやく終わりの時間になったとき、だからオレは心からホっとした。
早く着替えて阿部くんのとこに行こう、と思ったところで
阿部くんがずかずかと店の奥に入ってきた。

「阿部、くん?」
「おまえ、もうこの後はいいんだよな?」
「う、 うん」

言い終わらないうちに腕を掴まれた。
引っ張られるようにして出てどんどん歩いて着いたところは
校舎の隅にある、人気のないトイレだった。
ちらりと、阿部くんの目を見て。   心臓が跳ねると同時に嬉しくなった。
やっと2人きり、になれる。
乱暴に個室に押し込まれた時は少し怖くなったけど、
でもすぐに強く抱き締められて幸せで、涙が出そうになった。

「かっこわりー・・・・・・」

つぶやきが聞こえて 「え?」 と思った。 

(オレの、ことかな・・・・?)

不安になってから でも違う、となんとなくわかった。 自分のことだきっと。
なんで?  と不思議に思ったけど、とにかくずっとしたくて堪らなかったことをした。
阿部くんの背に手を回してホっと息をつく。

(オレの、だよ・・・・・・・・・・)

肩に顔をうずめてそんなことを思う。 思うだけなら自由だ。

ふと離された。 また不安になりながら阿部くんの顔を見て、驚いた。
ひどく苦しそうな目に見えた、から。
何で?  とまた不思議になった。 でも衝動を感じた。 だってあんまり苦しそうに見えて。

何も考えずに自分から口付けた。
しちゃってから慌てた。 阿部くんが驚いた顔をしたから。
けど次に今度は阿部くんからしてくれて、 すぐに深いものになった。  
すごく、幸せだった。   ずっとしたかった。 今日1日中ずっと。

それだけで全身が熱くなってたから、服の上から下半身を探られた時体が跳ねた。 
もっと、 と願った。  スカートの上からじゃもどかしい。

(もっと・・・・・・・・)

心の中でつぶやいたら、まるでそれを読んだかのようにスカートの中に手が入ってきた。
中心を撫でられて幸せで気持ちよくてため息が出た。
布越しにも阿部くんの手の熱さが伝わってくる。 大好きなその手。
もっと、触って、ほしい。

「三橋」

声が聞こえて目を少し開けたら阿部くんの顔が目の前にあって。
胸がいっぱいになった。
今日1日の苦しさが蘇って、 口が勝手に動いた。

「す  き」

ほとんど声にならなかった。
なのに阿部くんの表情が一瞬で変わって、また口を塞がれた。
同時に中心にも柔らかく触られてくらくらした。

(もっと・・・・・・・・・)

阿部くんの手の熱さを、直接感じたい。 いつものように。
願っていたら穿いているものを下ろされて嬉しくなった。 期待で余計に熱が集まる。
すぐに熱い手に包まれて指で先端に触れられて、腰が無意識に揺れた。
もうはしたなく濡れているのがわかるけど、それを知られて恥ずかしいけど、それでもいい。
今日ずっと、こうしてほしかった。
阿部くんが、 欲しかった。

慣れた阿部くんの指がオレの一番感じるトコロを巧みに刺激するせいで、
足の力が抜けて壁に体重を預けて、立っているのがやっとになってしまう。
おまけに快感に耐えているうちに阿部くんの頭が下がった、と思ったら口に含まれて、
恥ずかしい、とか 悪い、とか慌てながらも幸福のほうが大きくてやめてほしくなくて、
そっと頭に手をやった。  途端に舌の動きが激しくなって、声が出るのも抑えられない。
あっというまに達してしまった。
その後ぼーっとしているうちに阿部くんは服を直してくれた。

(・・・・・・? いれないの・・・・・・?)

ぼんやりそう思った。  不審に思ってるうちにまた優しく抱き締めてくれた。
でもそれだけで何もしようとしない。
阿部くんは?
阿部くんだって出したいはずだ。 だって腰に当たってる。

なのに聞いたら阿部くんは 「いい」 と言った。
けどオレは。  阿部くんがオレのだってこっそり安心したかった。
阿部くんが他の人には見せない顔を見たかった。  だから正直に言った。

「オ、オレも、 したい」
「えっ・・・・・・・・」

阿部くんがびっくりしてるのがわかったけど、それに恥ずかしかったけど、俯いてベルトを外した。
もたもたして時間がかかったけど、拒絶されなかったことにホっとした。
熱くなった阿部くんのを手に包んだ時しみじみと、嬉しかった。
だってこれは誰も知らない。
今日たくさん来た女の子の誰も知らない。 オレだけが知ってる。

手で扱いたら阿部くんが目を瞑って小さな吐息を漏らした。
ぞくぞくするくらい色っぽい。 この顔もオレしか知らない。
そう思うと嬉しくて堪らない。
手でしてからオレも口でしようと思っていたのに、
強めに扱いたら阿部くんはぶるっと一回大きく震えてから、達してしまった。  
びっくりした。  すごく珍しい。
と思ってから 「あ」 と気付いた。

(このかっこだから・・・・・・・?) 

嫌な考えが掠めた。
こういうかっこのほうがいい、なんて当たり前のことだ。
だって阿部くんは普通の男なんだから。   本当は、女の子のほうがいい、に決まってる。
舞い上がっていた気持ちが一気に沈みかけた。
でも勇気を振り絞った。  問いかけた声がみっともなく震えた。

「こういうかっこのほうが、・・・・・・阿部くんは、いい・・・・・・?」
「ヤだ」

またびっくりした。 コンマ1秒もないくらいの速さで返ってきた。 

(本当? ・・・本当に、普段のオレのがいいの・・・・・?)

それでも不安を拭いきれないオレを、阿部くんはまた抱き締めてくれた。
その力の強さに不安が薄れていく。
そぅっと抱き返しながら思った。

オレは阿部くんがこんなに好きで。
だからこういうふうに求められたり、抱き締められたりすると本当に幸せで。
今阿部くんがオレを好きでいてくれるのも、きっと確かなことで。


でもいつまでオレの傍にいてくれるかなんてわからない。
もし阿部くんが離れていってもオレは多分、 この先も ずっと。



ふいに泣きたいような気分になった。 無性に伝えたくなった。


「オレ」
「あ?」
「阿部くん、 以外の」
「・・・・・・・。」
「誰のものにも、 ならない よ」


ぎゅうっと腕に力が篭るのがわかった。

同じように力を込めながら、  温かくて幸福な気分に包まれた。

この気分は今だけかもしれない。 明日失うかもしれない。 それでも。





この先何があっても、阿部くんに振られても、  
今こんなに幸せだと思ったことは忘れない。


何年か経って今日が思い出になる日が来て
たとえその時に阿部くんが隣にいなくても


今のこの幸せな気持ちはきっと一生忘れない。




と、 オレは思った。



















                                            いつか思い出になる日 了

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