因果関係





その時オレは、もうろくに話せない程度には追い上げられてて
抑えきれない喘ぎ声が途切れ途切れに漏れ始めていて、
恥ずかしいのとどうでもいいのとがせめぎあっているような最中だった。

「そうだ!」 という妙に明るい声にびっくりして
固く閉じていた目を思わずうっすらと開けた。
オレを見下ろしている阿部くんの顔が何だかやけに輝いている。
うきうき という調子で阿部くんは言った。

「そんなに声出すのイヤだったらオレの肩でも噛みゃいーんだよ」
「うぇ?!」
「そうだそうしようぜひそうしろ!」

阿部くんは いいことを思いついた、 とでも言いたそうな楽しげな顔だったし、
そしてオレの方はもういろいろしゃべれる状態じゃ全然なかったから、返事はできなかったけど。
心の中だけで、 そんなこと死んでもやらない、  と思った。   だって。

捕手だって肩は大事なんだ。 当たり前だけど。
そんな大事なところに噛み付くなんてそんなこと。
それにそれがなくたって、阿部くんの体を傷付けるのなんか嫌だ。

でも阿部くんの言うとおり声を抑えたいのも本当で。
なるべく出したくないという気持ちは未だにあって、
実はこっそりとわからないように我慢したりしてる。
と自分では思っていたけど、それも阿部くんにはバレていた、とわかったのは最近だ。
その時阿部くんは 「そのままでいい」 と言ってくれたから。
お許しも出たことだしと、オレは相変わらずぎりぎりまで我慢する。
口さえ噛まなければ阿部くんももう文句を言わないし。
ただ、以前に 「我慢すんのってしんどくねーの?」 と聞かれたことがある。
「平気」 と答えたけど、それが実は嘘だと 阿部くんは見抜いていたのかもしれない。


ぼんやりとそんなことを思い出しながら、
結局その時も阿部くんの背中に必死でしがみつきながら、どこも噛んだりはしなかった。
終わってからホっと息をついたオレとは反対に阿部くんは不満気だった。

「せっかくいい方法考えたのに」
「へ?」
「もしかして遠慮したのかよ」
「え」
「そうだろ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「大丈夫だからそうしろってば!」

(何が、大丈夫なんだろ・・・・・・・・)

疑問に思いながらも反論できず、また心の中だけで 「しない、よ」 とつぶやいた。


のに。



その次の時は阿部くんちで、阿部くんの家族もいた。

真夜中だから平気、と思ってもやっぱり声は抑えないと危ないから。
阿部くんも家族がいる時はあまり激しくしないように加減してくれたりもする。
でもその日は違った。
どんどん煽られて苦しくて。

「あ、   あ、   あ」

止まらなくなった。 ダメだと焦りながらも全然自制が利かない。

イきそうになったその瞬間目の前にあるものに無我夢中で口を押し付けた。
少しでも小さくなれば、という一心だった。

その後ぼーっとしながら阿部くんの肩に目をやったオレは、青ざめた。
くっきりとした歯型が付いていたから。

「ご、ごめ・・・・・・・・」
「え?」
「あ、の・・・・肩・・・・オレ」

おろおろと謝るオレに阿部くんはむしろ嬉しげに笑った。

「オレがそうしろっつったんじゃん」
「え、でも、  オレ」
「いいから!」
「・・・・・・・でも」
「いつでも利用しろよ?」
「でも、 痛そう・・・・・・・・」
「痛くねーよ」

嘘だ、 と思った。
そしてこっそりと、また内心だけで 「もう しないよ」 とつぶやいた。
そしてそれを守っていた。 そしたら。

ある日終わった後で文句を言われた。

「何でご利用してくんねーんだよ?!」
「え、  だって」
「遠慮すんなっつったろ?!」

阿部くんは本当に不機嫌そうだったので、うろたえてしまった。
阿部くんを不機嫌にさせたくないのと、傷つけたくないのとがごっちゃになって途方に暮れた。
傷さえ付かなければご利用してしまいたい本音もあるんだけど。
でもそんな自信全然ない。 その瞬間は理性なんていつもほとんどない。




その次の時にうっかり誘惑に負けてしまったのも、だから無意識だった。
歯型が付くほどじゃなかったけど。
また慌ててうろたえるオレに阿部くんはにっこり笑って言った。

「どんどんご利用して?」

何だか何かのCMみたいだなぁと思いながら
阿部くんの顔があんまり嬉しそうだったんで、どこかでホっとした。
それが悪かった。 気持ちが緩んだ方向に傾いたんだと思う。

そのうちに気付けば言われるままに 「ご利用」 するようになってしまった。 いつもではなかったけど。
意識が半分素っ飛んだ状態で夢中で齧り付くと、快感も倍加するような気さえした。
歯型が付くくらい強く噛んでしまった日はその後の気分が最悪になるんだけど。
オレの気分とは裏腹に阿部くんは気分良さそうだった。

阿部くんの機嫌が良くなって嬉しい、という気持ちと
申し訳ない、という気持ちが同時に湧いてオレはすごく複雑な気分になる。







○○○○○○

その時もつい、噛んでしまった。
感覚すらロクに覚えてないくらい夢中だった。

余韻に浸りながらぼぅっと目を開けたら歯型どころか、血の滲んだ肩が目の前にあった。
血は少しだったけど、それでも。
残っていた快感の名残りが一瞬にして吹っ飛んで。

泣きそうな気分になった。

「阿部くん・・・・・・」
「ん」
「ごめんなさい・・・・・・・」
「なにが?」
「血が・・・・・・・」
「え?  あ、 へーき」
「でも・・・・・・・」
「平気だって」
「・・・・・・・・・。」
「それよりさ」
「・・・・・え?」
「オレも、ごめん」
「あっ・・・・・・」

何がごめんなのか、疑問に思ってからすぐにわかった。
オレの中の阿部くんがまた力を取り戻したのがありありと、わかったから。

「あ、 あべく・・・・・・・」

慌てているうちに動きが再開されてしまって。

「あ、  や」
「ごめんほんと」
「あ、  ダメ、  あ」

阿部くんはやめてくれなかった。
そのまままた激しく突かれて、結局またイかされた。





そんなことがいつもではないけど、何回かあって。

ある時、気付いた。

最初は たまたまかな? とも思ったけど。
でも違う。 偶然、じゃない。  オレが噛んだ日は。
阿部くんが 妙に しつこく、なる。
はっきり言えば1回で終わらない。  そのまままたされちゃうことも多いような。
何でなのかはわからないけど、そうなる。  オレはへとへとになる。

でも阿部くんが何回もしたがるのはよくあることだから
本当にたまたまかもしれない、 考えすぎかも。
と思いながらも何となく考え過ぎじゃない気がしてしょうがなくて。
元々自分が積極的にそうしたいわけでもなかったので。

半ば習慣になりつつあったそれを、頑張ってやめた。







ある日またもや文句を言われた。

「なんで最近ご利用してくんないのさ?」
「え、  だって」
「うん」
「・・・・・・悪い、もん」 
「悪くねーって!」
「でも、痛そう、だし」
「いいからやれ!!」

不思議に思った。
だって噛まないからと言って、以前のように自分の唇は噛んでない。
むしろ声が出ちゃって恥ずかしいのはオレのほうで。
前は阿部くんは 「もっと出せ」 って言ってたくらいなのに。


「なんで」
「は?」
「阿部くんは、なんでそんな、・・・・・噛ませたがる、の」

けろっと返って来た言葉を聞いて、自分の顔が引き攣るのがわかった。

「だってすっげー興奮すんだもん!」


やっぱり    気のせいじゃ、  なかった。


阿部くんは満面の笑顔で言ってから。
オレを見て 「あ」 という顔になった。  慌てたように付け加えた。

「それにおまえも我慢すんの大変だろーなーと」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・えーと」

しまった、 という顔で窺うように見てくる阿部くんにオレは言った。

「オ、オレもう  絶対、 ご利用 しない」













                                                  因果関係 了 
                                               
オマケ輪をかけてしょーもない

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