ハッピーエンドの先の先 -5 (サイドA)





翌朝グラウンドで、三橋はオレの顔を見るなりまず真っ赤になった。
続いて安心したような顔になった。
それを見てオレもつられてなんとなく安心した。
自分の記憶に定かでない部分があるのって何だか不安だったから。

「おっす!」
「あ、阿部くん、大丈夫・・・・・・・・・・?」

言いながら三橋の目がちらりと下のほうに走った。

「うん、もう治った」
「あ、そ、そう・・・・・・・・・・・」

また下を見ている。 下というか、オレの体の真ん中へんをちらちらと見てるような。

「昨日、来てくれてありがとな?」
「う、うん」
「・・・・・おまえ、どこ見てんの?」
「えっ?!」
「・・・・・・・。」
「え、や、その、あの」
「・・・・・・・・・・・・・?」
「い、痛く、ない・・・・・・・・?」
「は?」
「あの、 だからその」

あ、頭のことか、   と気付いた。
昨日オレ 頭痛いなんて言ったかな。  言ったのかもしんねーな。

「あー、もう痛くねーけど。」
「よ、良かった・・・・・・・・・・」
「心配してくれたんだ?」
「そりゃ・・・・・・・・・。  あの、ほんと、ごめん、ね?」

何で謝んだろう。

「なにが?」
「え、だからその」
「?」
「オ、オレびっくりしちゃってその、 つい、 蹴っちゃって・・・・・・・・・・」
「え?」  

蹴った?

「どこを?」
「え、 だから」

また三橋の視線が下に走った。
と思ったら次に三橋は訝しげな顔でオレを見た。  その顔を見て。
すこぶる嫌な予感がした。 
さっき感じた根拠のない安心感がすーっと萎んでいく。
ごほん!  と咳払いを1つしてから勇気を出して口を開いた。

「あのさ、三橋」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「オレ、昨日途中で、寝ちゃった・・・・・・よな?」
「うん・・・・・・・」

またホっとした。  でも何か腑に落ちない。
三橋の表情が変だからだ。

「なんか、薬にあたったみてーだな」

意識して、わざと明るく言ったのに三橋は変な顔のまま黙り込んでいる。
何だかさっきと明らかに様子が違う。  そうだそういえばさっきの。

「蹴ったってなんの話?」
「・・・・・・・阿部くん、覚えてない・・・・・・・・・・?」
「え・・・・・・・・」

嫌な予感が現実になりつつあるような。

「なんにも・・・・・・・・・・?」
「えーと」
「薬呑んだ後のこと・・・・・・・覚えて・・・ない・・・・・・・・?」
「えーと、オレさ、その」

言いながら、オレは焦った。
目の前の三橋の顔がすーっと青ざめたからだ。
だけでなく、目も潤んできた。  てことは。

「オレ、なんか、したのか・・・・?」
「・・・・・・・・・覚えてないんだ」
何を?!!
「いやあの」  
「・・・・・あ、あ、あ、あ、んなこと、 ししししておいて」
「えっ?!」  
あんなことって何??!!!
「なにも、覚えてないんだ・・・・・・・・・・・・・・」
「いやその」  

もしかして。   あの妙になまめかしい断片はひょっとして全部。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・現実なのか。

とオレが絶望的に悟ったのと、三橋が踵を返してだーーっと走り去ったのがほぼ同時だった。

追う気力も出なかった。 だって断片からするとオレ。
昨夜 「シャレになんねー」 と笑った事態に本当になったってことで。 多分。

自分が何をしたかなんてもう深く考えたくない。
どうせ思い出せないんだし。
つーか大体想像つくし。
おぼろげに残っているモノと、今の三橋の表情からすると、
普段オレが夢の中でしてるようなことの半分くらいは、おそらくきっといたしちゃったに違いない。
それより追いかけたほうがいい、 とどこかで冷静な声がする。

けどオレは、追いかけるどころか、へたり込まないようにするので精一杯だった。
かろうじて、立ったままの姿勢を保持しながら、
走り去る三橋の背中をぼけっと見送るしかできなかった。
何だかオレって、逃げる三橋の背中ばっかり見てる気がする。

「ははは」

力ない笑いが出た。  自嘲ってやつだなこれ。
隣で びくっと誰かが飛び上がったのが目の端に映った。  見たら栄口だった。

あーそうだ。 これから朝練だっけ。
できっかなオレ。

ぼんやりそう思った。 栄口は怯えたような顔でオレを見てる。

なんでそんな顔してんの?
オレ、そんなひどい顔してる?

「大丈夫か阿部・・・・・・?」

内心の疑問に答えるように栄口がオレに聞いた。

うん大丈夫。 慣れてるし。 全然平気。
また謝るし。 三橋は優しいから、きっと許してくれるし。

「大丈夫だよ」
「そ、そう?」

うん、元気元気、  と思いながら笑ってやった。
健気だなぁオレ、  なんて自分を褒めてみる。

あぁでも。

キスしたかったのに。   つーかしたかもしれないのに。
覚えてない。
どんなだったんだろう。 やっぱ柔らかかったのかな。  ちゃんとできたのかな。
三橋は応えてくれたのかな。
三橋にとってはファーストキスだったんじゃないのかな。
もしかして (もしかしなくても) オレにとってもそうだったんじゃないのかな。
覚えてないから、オレとしてはしてないも同然なんだけど。

でも三橋は怒っちゃった。
怒ったというより、傷ついたのかもしれない。
そりゃそーだよな。
あれじゃあもう当分させてくんないかも。  またしばらくお預けか。

何だか風景がぼやけているような気がすんだけど何でかな気のせいかな。

次のチャンスはいつあるかな。
自分で作りたいけど三橋は逃げちゃうかな。


一体いつになったらオレは三橋と (ちゃんとした) キスができるんだろう・・・・・・・・・・・・・・・
















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