ハッピーエンドの先の先 -1  (サイドA)






三橋の姿を見たとき、まず思ったのは素直に嬉しい、だったけど。
次に思ったのは 「かっこわりー」 だった。

だって約束したのに。
3年間怪我も病気もしないって。
そして本当にそれを守るつもりでいたのに。
なのに風邪ひいちまった。 それも休まなければならないほどひどいのを。

そもそも部内で風邪が流行り始めた時、
自分だけは絶対にかからない、かかっても休まないと思っていた。
今年流行の風邪はやたらと熱の上がるタイプで、ひいたヤツが次々と休んで
一時なんぞは半数くらいになって練習メニューが少し変更されたくらいだ。
それでもオレは大丈夫だったのに。
最後になってうつされた。

でももうひいちまったもんは仕方ないし、全力でとっとと治すしかない、
と気合を込めて寝ていたら、三橋が見舞いに来てくれた。
嬉しいんだけど、若干マズいような気がしないでもない。
だって今誰もいねーんだ。 当分帰ってこないんだ。
2人きりで何もしない自信なんて全然・・・・・・・・・・・・・・

そう思いかけてからオレはハタと気付いた。
何がマズいんだ?
むしろ絶好のチャンスじゃねーか。
三橋ももうひいて治っている風邪だからうつす心配はない。
進展しなさい、と神が用意してくれたとしか思えない美味しいシチュエーションじゃないか?

何しろ進展もなにもオレと三橋は未だに キ ス す ら してない。
いわゆる 「お付き合い」 を始めてから大分経つのにも拘わらず だ。
この機会を逃していつするんだ!   そうだしようぜひしよう何が何でもしよう!!

内心でこっそりと決意した。  三橋が不審気にオレを見た。

「阿部くん、 ・・・・・・大丈夫・・・・?」
「え?」
「熱、大分、高いの・・・・・・・?」
「は? なんで?」
「だって、顔が・・・・・真っ赤、 だよ・・・・・・・・」

しまった力み過ぎた。
慌てて平常心を取り戻しながら言ってやった。

「あー平気。 大したことない」

でも実のところ熱はかなり高い。 少しくらいの熱なら学校に行ってる。

「で、でも、  は、早く、寝なきゃ」

三橋が心配そうに言うのを聞いて、ここが玄関だということを思い出した。
そうだなやっぱ部屋のほうがいいよな。
いくら誰もいないったって玄関じゃ情緒がないというか。  一応初めてのちゅーなんだし。
この際情緒なんて本当はどうでもいいんだけど。 一応一応。

気もそぞろに考えながらオレは部屋に戻った。 三橋といっしょに。
ごそごそとベッドにもぐり込みながら   さて、どうやってそういう雰囲気にもっていこうと
素早く思案した。  でも。

「阿部くん、薬、のんだ・・・・・・・・?」

また心配そうな声に 「あ」 と思い出した。
飯は食った。 ついさっき。 でも薬を呑むのを忘れていた。

「忘れてた」 

三橋はさらに心配そうになった。

「お、オレ持ってくる、よ」

言いながら、今度は心なしか嬉しげになった。 
多分 役に立てる、ということが嬉しいんだろう。
そうわかってどわっと愛しさが湧いて、抱き寄せたくて手がむずむずしたけど。

「じゃ、頼む。 テーブルの上にあるから」

言うとますます嬉しそうに頷いて、いそいそと取りに行った。
まずは薬を呑んで御礼を言ってそれから、キスしよう、うん。

でも戻ってきた三橋から薬を受け取って、いっしょに持ってきてくれたコップに手を伸ばしかけて
ふと、止まった。
水が、 透明じゃない。   色がついてる。   薄いグリーン。
つまり、水じゃない。

「・・・・・・これ、なに・・・・?」
「あ、あの、ね」
「うん」
「ジュース」
「え」

なんでまた、と思ったけど三橋は相変わらず何やらうきうきしたオーラを纏っている。

「く、薬、粉みたいだから、ジュースのほうが呑みやすいか、 なって」
「・・・・・・・・・はぁ」

コドモじゃあるまいし。
こっそり呆れたものの多分三橋なりに精一杯気を遣ってくれたんだろう、と思うと
無下にはできない。 それに。

「あ、あの、勝手に出して、・・・・ごめ・・・・」

手を止めたままのオレを見てうろたえ始めた。 なので慌てて言った。

「あ、サンキュ! 気が利くな三橋」

たちまちホっとしたように緩む顔にオレも頬を緩ませながら、そのジュースで粉薬を呑んだ。
本当はジュースで呑んじゃいけないような気がしなくもないけど、
まぁ大した支障はねーだろう。
熱のせいで舌がバカになっているから味がよくわからないけど、
冷たくて甘いそれは火照った喉には心地よかった。

「これさ、もっと持ってきてくんねぇ?」

頼むと予想どおりさらに顔が輝いた。

「う、うん!! 待ってて!」

踊るように部屋を出て行く三橋を見ながらほんわかと幸せな気分になる。
また持ってきてくれたそれを一気に飲み干すと、

「まだ、残ってる、よ?」

三橋はコップとは別に手に持っていたジュースの缶を差し出してくれた。
何気なくそれを見て。   オレはぎょっとした。
ジュースじゃない。

それは酒だった。  正しくは缶チューハイ。

「お、おまそれ・・・・・・・・・・・・」
「へ?」

酒じゃん!!!   と言おうとした言葉を辛くも呑みこんだ。 だって。
せっかく役に立てた、と思ってにこにこしているのに。
ここでそんなことを言ったらきっと涙目になる。 それから謝りまくる。
さらに続いて 「オレ、帰るね」 なんてうなだれて言い出すに決まってる。
まだ キス してねーのに!!!!

素早く賢明な判断をしたオレは 「えーっと、何でもねぇ・・・・」 とぼそぼそと濁しながら
少々不安になった。
風邪薬を酒で呑むと、何か、すんごくまずいんじゃなかったっけ・・・・・・・・・?

考えているうちに早くも頭がぐらぐらしてきた。
それが単に熱によるものか、あるいは薬と酒の組み合わせによるものか、
はたまた酒が回った結果なのかはわからない。
とにかくぐらぐらする。 気のせいか視界もちかちかするような。
とりあえず、オレは起こしていた体をベッドに横たえて目を瞑った。
瞑ると余計にぐらぐらするような気が。

「あ、阿部くん・・・・・?」

三橋の気遣わしげな声にも何も言ってやれない。

「大丈夫・・・・?」

目を開けたら三橋の顔が変だった。
心配そうとかそういう変じゃなくて。 
何だかやけにピンクに見える。  それにやけにかわいい。
かわいいのは元からだけど、拍車がかかっているような。

「す、すごい汗だよ、阿部くん・・・・!!」

え?  と思った。
そうかな?  確かに暑いけど。  でもそれはさっきからだし。
それよりオレを気遣う声が何だかいつもより甘いような気がすんだけど。
もしかして誘ってる?

「お、オレ、タオル持ってくる!」

タオル? ならそこにあるぜ?
とも言えないでいるうちに三橋はまた部屋を出て行った。
そしてどこかからかタオルを調達して (どっから持ってきたんだろう) 戻ってくるなり
額をそーっと拭いてくれた。 それから。

「か、体も ふ、拭こうか・・・・・・・・・・?」

オレは内心で小躍りした。
やっぱ誘ってる絶対誘ってるだって体も拭くってことは脱げって言ってるわけで
もちろん拭いて欲しい暑いし脱ぎたいし望むところだぜ!!

「拭いて」

声出るかなとか思いながら言ったみたら普通に出た。
ぐるぐるもさっきよりは少し良くなってきたような気がする。
気のせいだったのかもしれない。 でもとにかくやたらと暑い。
ジャージの上を自分でたくし上げようとしたら、三橋がおずおずとやってくれた。
これはもう間違いなく誘って下さっている!

でも胸まで上げたところでやめてしまった。

「全部脱がせてよ」
「え」
「暑いし」
「え、うん・・・・・・」

やりやすいように身を起こしたら、もたくさしながらも脱がせてくれた。
空気がひんやりと肌に心地いい。
でもまたもやくらりと眩暈がして、再度ベッドに倒れこんでしまった。

「ダイジョブ・・・・・?」
「大丈夫」

三橋は不安げながらもタオルでそろそろと胸を拭いてくれる。
気持ちいい、だけでなく、やっぱりその顔がピンクに見える。
かわいい。
抱き寄せたいキスしたい。 
今しようかな拭き終わるまで待とうかな
こうしているのも気分いいからもう少ししてからかなやっぱり。

「阿部くんて・・・・・・・」
「え?」
「筋肉、いっぱいある、よね・・・・・・・」
「そうかぁ?」
「うん」

まぁおまえよりはあるかもだけど。  そんなことよりキスしたいんですケド。

「・・・・いいなぁ・・・・・・・」

羨ましげな声を出しながら三橋はちらりとオレの顔を見た。 その顔を見て。 
オレはぶちキレた。

どう考えても誘ってるもう我慢できねー!!!

キスをするべく がば!! と起き上がった。 次の瞬間。
ごん  と変な音がして同時に目から火花が散った。

「っっつ〜〜〜・・・・・・・・・」

反射的に頭を押さえて呻きながら三橋を見たら、
三橋も同じように頭を押さえてベッドに突っ伏していた。

「あ、わりぃ・・・・・・・・」

勢いが良過ぎた。 思いっきり頭ぶつけた。 三橋と。

「大丈夫か・・・・・?」
「う・・・・・・うん」

頷きながらオレを見上げた三橋の顔は殺人的にかわいらしかった。
目が潤んでて (多分痛みで) 顔が赤くてそれに加えて上目使い。
見た途端、戻りかけていた理性がまたどこぞに吹っ飛んだ。
頭がじんじん痛いのなんかどうでもいいもうキスする今する絶対する!!!

がし! と三橋の腕を掴んでえいっとばかりに引き寄せた。
続いてやけに赤い唇に自分の口をぎゅうっと。

押し付けたはずなんだけど。

柔らかい感触とともに何故か がち!!!  という妙な音がして


今度は口の中に激痛が走った。
















                                    1(サイドA) 了 (2(サイドM)へ

                                         SS-B面TOPへ








                                                   情緒も何もあったもんじゃ