チャレンジその1-1





阿部は最近悩んでいた。
それもかなり真剣に悩んでいた。

本当は悩む要素なんてどこにもないはずだった。
絶対に叶うわけないと諦めてかかっていた想いが叶って、
すったもんだあったけどやっとお互いの気持ちもちゃんと通じ合って
野球のほうも特に問題ないし、幸せいっぱい夢いっぱいのはずである。
いや実際それはそうなのだが。


今三橋は目の前で着替えている。
周りでは他の連中も着替えている。
部活終了後の部室内だから別に珍しい光景でもない。

阿部はちらちらと三橋のほうを盗み見ながら内心触りたくてたまらない。
好きなんだから当たり前だ、と阿部は思う。
しかも今は前と違ってめでたく間違いなく両思いなんだから
触る権利だってあるはずだ!
などといささか論理的でないことを考えたりもする。

いや触りたいというかちょっと触るとかじゃなくて、できれば思う存分撫でくり回したい。
それからいろいろ普通は見れないところだって見たいし
普段隠れているところにキスだってしたいし、
つまり要するに阿部は三橋を抱きたいのであった。

それにもう1つ、自分が三橋にとって特別な存在だと、
肌で実感したいという気持ちもあった。
阿部は三橋と付き合うようになってから
自分がいかに独占欲の強い人間か改めて自覚してしまった。
閉じ込めておきたいとかまでは思わないけど。
全部自分のものにしたい。
他のヤツは絶対に見られない三橋の姿や表情を自分だけが見たいという欲求は
日ごとに強まって次第に抑えが効かなくなってきていた。

だけど。

まず機会がない。 時間もない。
基本的に練習で忙しい。

場所もない。
いっしょにいる時間は長くても、こればかりは人のいるところでやるわけにもいかない。
お互いの家は家族がいるし部室で2人になれるチャンスはそれほど多くないし、
なれてもいつ誰が来るかわからないような場所でできるわけない。

そしてさらに問題なのは。

悶々としているのは阿部だけで三橋のほうにそのテの欲求が
さっぱりないような気がしてしょうがない。

気持ちが通じてからも何かするのは相変わらずいつも阿部からだ。
それもちょっと人目を忍んで一瞬とかなので、
阿部ははっきり言ってしまえばかなりの欲求不満に陥っていた。










○○○○○○

その日は練習の後で次の試合のための打ち合わせ
(と言ってもほとんどオレが一方的に教える感じだけど) をしたので
終わったとき部室にはオレと三橋しかいなかった。
もう誰も入ってくるヤツはいないはず。

そんな絶好の機会をオレが逃すはずもなく
三橋の着替えだの片付けだのが終わるやいなや、その細い体を引き寄せた。
三橋は未だに慣れなくて顔を赤くするんだけど
(そんなところもカワイイと思うあたりオレも重症だ。)
大人しく腕に収まって目を瞑ってくれる。

いつものように軽く・・・・するつもりだったのに
その日は思いのほか遅くなったし、もう誰も来ないという安心感があってつい深くしてしまった。
最初はちょっとだけ、 という気持ちだった。
舌を奥まで差し入れて逃げる舌を絡め取ってきゅうっと吸ってやる。
三橋が慌てているのがわかったけど、やめる気になれない。
逃れようとする体をきつく抱きしめて、思い切り貪る。
そのうち三橋の体から次第に力が抜けて、オレに縋り付いているような感じになってきた。

オレはそこで唇を離して三橋を見た。
三橋も少ーし目を開けたけど、ちゃんと焦点が合ってない。
大きな目が半分閉じて潤んでて、口を少し開けて息を抑えようと必死になっている。

その表情を見たとたんに、理性が半分方どっかに飛んで行ってしまった。

そのまま首筋に舌を這わせた。

「・・・あっ・・・・・」

うっ  と、内心で呻いた。 その声は反則だと思う。
声に煽られてさらに口を下にずらしていくと

「や・・・・やだ・・・・・・・・」

弱々しい声がした。 無視。
続けて 「こんな・・・・・とこで・・・・・・・」 と言うのが聞こえるけどやめてやれない。
体があっというまに熱くなってもうこの場で押し倒したい。

「誰も来ねぇよ」
「で・・・でも・・・・・・・」

三橋はすでに涙声だ。
泣きそうだなとちらりと思ったけど、止まることができない。
どころか、うるさいとばかりにまた口を塞いだ。
片手を背中に回して、もう片手で布地の上から背骨の辺りをたどってみる。
びくりと、腕の中の華奢な体が震えた。
もどかしい。  直接触りたくて堪らない。
とにかく三橋もその気にさせちゃえばこっちのもんだという考えが頭を掠めた。
何やら抵抗しているような気もするけど、すごく弱い。
ってことはきっと本気じゃない。
(したくてもできないだけかも、と一瞬思ったけどその考えはとっとと追い払った。)
強引にいっちゃえばきっと大丈夫。    とにかくオレは。

(欲しい)

いつのまにか冷静な思考なんてほとんど残ってなくて
欲しい というその一点しか頭に浮かばない。

拒絶の言葉が言えないように激しく口付けながら本気で押し倒そうとした、 その瞬間。



誰かがいきなり音を立てて部室の戸を開けた。


オレたちは文字通り飛び上がった。
ぱっと離れて戸のほうを見ると、そこにはびっくり顔の田島が立っていた。


空気が凍りついた。


「・・・あ・・・・・・わり」

田島はでも特に騒ぐこともなく平然と
「忘れ物取りに来たんだ」  と言いながら自分のロッカーから何か出すと
「じゃな。」  と言ってさっさと出て行った。

冷えた空気の中に残されたオレたち。
三橋はもう真っ青だ。

「・・・み・・・見られた・・・・・・かな・・・・・・」
「さあどうだろ。」

オレのほうはと言うと驚いたのは確かだけど実は別に焦ってもいなかった。
田島だし。
というか基本的にオレは積極的にバラすつもりはもちろんないけど (三橋が嫌だろうし)
うっかりバレたらそれはそれで構わない (悪い虫が減るってもんだ)
と思っているので見られたかも、ということにはそれほど思うところはなかった。
それよりも。

田島の出現によって我に返ったオレは、ついさっきの自分の暴走に愕然としてしまった。

いくらもう人が来ないと思っても部室だ。
危険極まりない。  実際に来たわけだし。
来るのがもう少し遅かったらシャレにならない事態になっていたかもしれない。

なんてことはちょっと考えればわかるはずなのに、しかも三橋は嫌がっていたのに、
自分でも信じられないことに本当に全然止まれなかった。
あっというまに本能のカタマリみたいになってしまった。  無謀にも程がある。

オレはむしろそっちのほうに焦った。
変なところで抑制が効かなくなったら。
今までは根拠もなく 「多分大丈夫」 なんて思っていたけど、全然自信がなくなってきた。

(・・・まずいな・・・・・・。)

自分で思っていた以上に切羽詰っているということがわかってしまって
何とかしなければ  とオレは真剣に考え始めた。
















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