痣と停電





その朝阿部の顔を見た野球部部員の反応は大体似たようなものだった。
まずぎょっとしたように目を剥いてから、さり気なく逸らす。
誰も突っ込んで聞くことができないのは、苦虫を噛み潰したような表情のせいだ。
触らぬ阿部に祟りなし、てやつである。
それで済めば平和なのだがそう上手くはいかないのは、
良くも悪くも常人とはかけ離れた男がいるからだ。

そんなわけで唯一ずけっと聞いた勇者はもちろん、頼れる四番打者だった。
その時点で部室の中にいたのが、2人の他には花井と栄口だけだったのが不幸となった。
多分花井だけでなく、大方にとっての。

「阿部ぇ、どしたんだよその顔!」
「っせーな」
「誰に殴られたんだよ?!」
「誰でもいいだろ」
「おやじさん?」

食い下がった田島に阿部は小さくため息をついてから、ズレた返事をした。

「・・・・・・・・昨夜さ、停電あっただろ?」
「へ? あー あったな!」
「そのせいだよ」
「えーなにそれ」

わっかんねーと喚く田島を花井は黙らせようかと考えてから、やめた。
花井とて好奇心はあったからだ。
阿部の顔についたアザはどう見ても殴られた痕だけど、誰に、なぜ、と純粋な疑問が湧く。

1つわかったことは 「停電があったから」 だけど、何故ゆえ停電が絡むのだろうか。
暗くて階段から落ちたとかのオチだったら、隠すこともないと思うのだが。
単にかっこわるいから、なのかもしれないが生憎とそんな痕には見えない。
尚も聞き出そうとする田島に阿部は素っ気無いところを見ると、言いたくないのだろう。
停電と殴られることの因果関係を、あれこれと推測しているところで三橋が来た。

「うーっす」
「お、三橋 っはよ」
「おはよ う・・・・・・・・・」

花井と栄口に挨拶を返すなり三橋はさっと青ざめた。

「あ、阿部く・・・・・」
「おう、 はよ」
「痣に・・・・・・・・・」
「気にすんなよ?」
「う でも」
「昨日もそう言ったろ?」
「う、うん ごめん・・・・・・・」
「いいからもう」
「でもあの ごめ」
「謝んなっつってんだよてめーはよー!!!」
「ひっ」

怒声に身を縮めた三橋を見て、阿部は大層気まずげな顔になった。

「だからさあ、・・・・・・とにかくこの話はやめ」
「うん・・・・・・・・」

視線をちらと3人のほうに走らせてから、阿部は話を打ち切った。
三橋も察したのかそれ以上は何も言わずに、しおしおと着替え始める。
しかしこれで判明した。 殴ったのは間違いなく三橋だ。
三橋が阿部を殴るなんて、と花井は驚愕してから先ほどの「理由」を思い出した。
停電が原因で三橋が殴る。 ということはつまり。

真っ暗な中三橋が何かの動作をした時たまたま阿部が近くにいて
不幸にして手が当たったのかもしれない。 ありそうなことだ。
そのことに必要以上に責任を感じる三橋に、阿部は気を遣っているのだろう。

花井が内心でそう結論を出してすっきりしたところで、田島が笑顔で叫んだ。
おそらく冗談のつもりだったのだ。 そうに決まってる。
傍若無人な面は否定できないが、無神経な男では決してない。
田島は三橋と仲がいいし、確信があったら逆に言うわけない。

「わかった! 停電に便乗して始めたら、最中に電気がついちゃって
そんで三橋が恥ずかしくてぶん殴ったんだな!」

ぶほっと花井が吹いた。 ぼとりと栄口がグローブを落とした。
三橋と阿部はといえば。


こんな状況でなければ記念写真を撮っておきたいくらいだぜ、
と花井は空ろに考えた。

「なーんて・・・・・」 

続く田島の自分突っ込みは尻蕾になって語尾が消えた。
2人の顔を見たからだ。 冗談にするタイミングが遅すぎた。
もう少し早ければ三橋はともかく、阿部のほうは何とかなったかもしれないが
すでに結果論だ。
三橋の顔の凄まじいまでの色と、何より雄弁な阿部の珍しい顔は元には戻らず。

「・・・・・・えーと、あれ?」

田島の 「しまった」 感がありありと滲む声を最後に、しんとした沈黙が下りた。
気まずい、気まず過ぎる。 
何も聞こえなかったし、見なかったことにできれば
それはもう切実にそうしてやりたいのはやまやまなのだが。

というくらいの顔をしないでほしい頼むから。

そんな花井の無言の懇願はもちろん、届くはずもない。

図星かよ! と田島が言わなかったのがせめてもの、ある朝の出来事であった。















                                            痣と停電 了

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                                                    図星だよ。(オマケ