災い転じて





その時オレはとても、これ以上ないってくらい困っていた。
何とかしなくちゃと思う。 けどどうすることもできない。
なので1人で青く (でも多分顔は赤く) なっていた。


場所は混んだ電車の中。 練習試合から帰る途中。
今日は少し遠くの学校だったんで電車での遠征だった。
乗ったときは全然混んでなかった。   むしろ空いていた。
花井くんの指示でとりあえずそれぞれの大荷物を網棚の上に乗せて
そしてもちろん誰1人座ることなく適当に固まって立っていた。
そのうちだんだんと混んできて。
最初は大したことなかったのが、ちょうどラッシュの時間と重なってしまったのか
さらにどんどん混んできて今やもうぎゅうぎゅう状態に。
自然と成り行きで皆ともバラけたりしている。

でもオレのすぐ隣にぴったりとくっ付くようにして立っている人が1人、いる。
阿部くんだ。
それは別にいいんだけど。  いいどころか嬉しいんだけど。

オレの前後と左隣にはサラリーマン風の人がそれぞれ背中を向けて立っていて、
阿部くんはオレの右隣にオレのほうを向いて立つ格好になっているんで、
すし詰め状態なのに何だか妙に密室空間のような雰囲気がある。 そして。
密着してるせいで阿部くんの体温が直に伝わってくる。
それだけならまだしも、さっきから阿部くんが何か言うたびにオレの耳に息がかかる。
これが。 
・・・・・・すごく困る・・・・・・・・

そのたびにぞくりとして。    必死で散らせようとしてもまた息がかかって。
我慢してても体は正直で。     

困った状態になってしまった・・・・・・・・・・
・・・・・・・どう、 しよう・・・・・・・・・・・・・・

すっかり困り果てていたら、阿部くんがじぃっとオレの顔を見てるのに気付いてどきどきした。
バ、バレたらどうしよう・・・・・・・・・・・・・
阿部くんて妙に鋭いから・・・・・・・・・・・・・

「三橋」
「う、  はい!」
「さっきから何で黙ってんの?」
「・・・え・・・・・・・・」
「顔、赤いし。」
「・・・・・・・・・。」

あぁまずい。  何とかしてごまかさないと。
でもそんなオレの内心の思惑を蹴散らすような表情を阿部くんは、浮かべた。
にやり、 て感じで笑ったんだ。
それから、わざとのようにすぐ耳元で小さく囁いた。

「もしかして、勃っちゃった?」
「!!!!」

オレは泣きたくなった。 バレた。
け、軽蔑されたら・・・・・・・・・・・・・・・・

「実はオレも。」
「・・・・へ?」
「ほら、こんな。」

言いながら阿部くんはオレの体に腰をぎゅうっと押し付けてきた。
熱くて硬い感触が、腰に当たるのがわかった。
体温が一気に跳ね上がった。

「おまえも、だろ?」

阿部くんは何だか楽しそうだ。
オレは答えられない。  恥ずかしくて。
同時に自分だけじゃないとわかって、安心もしたんだけど。
でも、阿部くんの顔を見て何となくイヤーな感じがした。
次の瞬間、勘が当たってぎょっとして飛び上がりそうになった。 (混んでて無理だったけど)
阿部くんの右手がオレのそこをさわり、と撫でたからだ。

「!!!!」
「やっぱな」

ごまかしようもなく熱を帯びているそこに阿部くんの手は留まったままだ。  しかも。

「声、出すなよ・・・・・・・・・・」

囁きながらその手が揉みしだくように、動いた。

「・・・・・・ぁ・・・・・」
「声出すなってば」

む、 無理。
オレはまた泣きたくなった。 声どころか別のものも出そう。 いろいろと。
泣きそうな(多分) オレの顔を見て、阿部くんが手を離した。
ホっと、 息をつく。
でも阿部くんは次に信じられないようなことを囁いた。

「・・・・出してやろうか」
「・・・・こ・・・ここで・・・・・・・・・?」
「そう」

びっくりし過ぎて絶句した。 けど必死で言葉を搾り出した。

「イヤ・・・だよ・・・・」
「イヤ?」
「イヤ・・・・・・・」
「絶対?」
「うん・・・・・・・」

だって。 こんなとこで。 服だって汚れちゃうし、もし誰かに見られたら。

「・・・・そうだな、やっぱ無理か・・・・・」

あぁ良かった・・・・・・・・・・・・・

「じゃあさ、どっか途中で降りねぇ?」
「え?」
「でさ、トイレ行こうぜ」
「・・・・・え・・・・・」

トイレで出す・・・・・のはいいとしても・・・・・・・・
どうやって・・・・・・・・・・・・・
まさかそんなこと、 考えてないと、 思う、 ケド。

オレは阿部くんの顔をちらりと見た。
あ。 そのまさか、 のような気が・・・・・・・・・・・

「おまえ、もしかして変なこと考えてる?」
「・・・・・・・え・・・・・」
「トイレでしようとか思ってる?」
「・・・・違う、の?」
「・・・・・していいのか?」
「ダ、ダメ!!」
「ダメ?」
「ぜ、絶対ダメ・・・・・!!」

ふふっ て感じで阿部くんが笑った。  意外にも穏やかな顔だった。

「だろうなおまえは・・・・・」
「・・・・・・・・。」
「ばーか、  おまえが絶対嫌ってことはオレ、しねぇよ。」

・・・・・・あぁ良かった・・・・・・・・・・・

ホっとしながらオレは疑った自分を少し恥じた。
確かに阿部くんは時々 (ベッドの上で) ひどいけど、オレが心底嫌がったことを
無理矢理したことは一度もない。
じゃあ普通にトイレで出すだけなら、 と思いかけてすぐに気が付いた。

「阿部くん・・・・・・・」
「なに?」
「途中で降りるのは、まずい、よ・・・・・・・・」
「かな、 やっぱり。」
「うん・・・・・・・」

だって、まだ解散になってない。   これから学校に戻って反省会があるんだ。
途中で2人だけ抜けるなんてできるわけない。

「じゃあこれ、どうする?」

言いながら阿部くんがまた腰を押し付けてきた。 
だからそれ、やめて・・・・・・・・・・・
それだけでオレのほうも連動しちゃう。   もっとおかしくなっちゃう。
まるで条件反射みたいに。

「困ったな」
「・・・・うん。」
「オレ、マジでこのままだと普通に歩けねぇ。」
「・・・・オレ、も・・・・・・」

阿部くんは本当に困ったような顔になった。

ここが電車の中なんかじゃなくて、どっちかの部屋で2人きりだったらどんなにいいだろう・・・・・・・・

なんて不謹慎なことを考えてしまった。
だって最近しばらくしてない。
そう思ったらますます体が熱くなって、さらにヤバい状態になってしまって焦ってたら。

「いいこと考えた。」

ふいに阿部くんの目がきらきらと輝いた。  ぎくりとして、少し身構えた。

「数学やろう!」
「えっ?!?!」

いきなり別の意味で焦った。

「す、数学・・・・?!」
「そう。 オレ、おまえのことテストしてやるから」

えぇええ??!

「真面目なこと考えれば、収まるだろ」

それはすごく、いい考えかもしれない。 だって。
早くも体の熱が引き始めた。 どころか。
血の気も引き始めた。  ヤバ、 い・・・・・・・・・

つい最近 「これだけはちゃんと覚えろよ」 と阿部くんに厳命されたところ、
・・・・・・覚えてな・・・・・・・・・・・

「いくぞ」

あ、ちょっと待・・・・・・・・・・・・・

なんて言う暇もなく阿部くんはまさにその辺りの問題を出してきた。
どどど、どうしよう・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・。」
「わかんねぇの?」
「・・・・・う・・・・・・」
「じゃあもうちっと簡単なの。」

阿部くんは言葉どおりもっと簡単そうなのを言った。
簡単そう、ということだけはわかる。 でも解き方は。

「・・・・・・・・・・・・。」
「もしかして三橋、」

あ、ヤバ・・・・・・・・・・

「全然やってねぇ・・・・・・・・?」
「あ・・・・・う・・・・・」
「・・・・・・・・・・。」

阿部くんの目がみるみる据わった。

「・・・・・・・教えてやるから降りるまでに全部覚えろ・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・ハイ・・・・・・」

声がすごーく低い。 
この低さは、怒ってるときのトーン、だ・・・・・・・・・

阿部くんはある特定の状況下と、それから怒っているとき (で、怒鳴るのを我慢した時) に
声が低くなる。   その微妙な違いをオレはもう知っている。

あぁどうしてこんなことに。
一気に体の熱がひいていくのは助かったけど。
一難去ってまた一難、てこういうの言うんだな・・・・・・・・・・・・・・


ついさっきとは全然別の理由で涙目になったオレに、
阿部くんは最初の公式を言った。














                                             災い転じて 了(オマケ

                                               SSTOPへ






                                                   三橋にとっては 災い転じて災い。