転機-2





正直逃げ出したかった。
いつかみたく。

でも流石にそれじゃああんまり情けないだろおいと
さっきぷつんと切れた理性の糸をかき集めて繋ぎなおして踏みとどまった。
ここでもし逃げたら残された三橋はどう思うだろうというのもあるし、
それより何より、オレはこれからどうすればいいんだと
七転八倒悶々と眠れない夜を過ごすことになるのはもう火を見るより明らかだ。
それくらいなら今日中に引導渡されたほうが、むしろすっきりするってもんだぜ。

・・・・・と、そうだそれにオレ鍵閉めなきゃならないんだよそうだよ。

留まることの大義名分を思い出したオレは、三橋の顔を見ないままかろうじて
「オレ外で待ってるから。」 とだけ言った。

沈黙が返ってきたらどうしようと思ったけど
「うん」 と小さな声が聞こえた。 少しホッとした。

自分の荷物を取ってドアまで歩いて開けて出る、という
当たり前の動作をするのがこんなにしんどかったの初めてだ。
というか我ながらすんげーぎくしゃくしているのがわかって笑えた。
こういうの自嘲ってんだなうん。

でも多分三橋はオレのそのぎくしゃくなんて見てなかったと思う。
多分 というのはオレも結局さっきから全然三橋のことを見てないから。

「はー・・・・・・・・・・」

外に出た途端ものすごく長いため息が出た。 あーもう。

こんなでいっしょになんて帰れるのかな・・・・・・・・
いや待てよその前に。
いっしょに帰ってくんないかもな。
あいつのことだから出てきたら 「あ。じゃ。」 とかごにょごにょ言って
ぴゅーって走って逃げていくかも。

「う」

そこまで想像してオレは心臓がずっきーんとして (誇張じゃなくてホントにした)
ぜいぜいと荒く息をついた。

バカかオレ。 (と思うのも今日何度目だろうもう思い飽きた)
つーかこれじゃ体がもたねぇ。
今日1日で寿命が3年くらい縮んじまうぜ。
やっぱり今日中にカタつけよう・・・・・・・。
でもマジで逃げられたらオレ追いかけられるかなぁ。
自分に引導渡すために追いかけるワケだからなぁ・・・・・・・
それってかなりキツい・・・・・・・・・・

ぐるぐるしているうちに三橋が出てきた。
勇気を出して顔を見る。

ちょっとぼーっとしているように見えるけど(いつものことか)
・・・・・思ったより割と普通の顔してる。 いつもより僅かに余計に頬が赤いくらい。
良かった・・・・・・・・・
とホっとしたけどよく見ると目も少し赤い。

・・・・泣いたな・・・・・・・・。

泣かしちまった  と思ったら胸が痛んだ。
オレのほうが今変な顔してるんじゃねぇかな。
普通にできてるといいんだけどな。

鍵を閉めてる間逃げちゃうんじゃないかとふと思ったら、その途端
背中が三橋の気配を逃すまいとしてピリピリするのがわかった。
今日はいろいろ体の新しい発見をする日だな つーか、何だか上手く制御できねぇ。
いやむしろ制御できねえにも程がある。
本当に 気持ちと、ていうか感情と体って繋がってるよなぁ。

三橋は逃げずに待っていてくれた。  助かった。
と安堵したのもつかの間、並んで歩き始めてからここからが正念場なんだと思い出した。
このままさっきのことをうやむやにしたまま帰りたくない。

何か言わなきゃ。

でも何て言っていいかわからない。
三橋も黙ったまま何も言わない。
元々自分からべらべらしゃべるヤツじゃねぇし、やっぱりオレから振らなきゃだよな。
ぐずぐずしてると分かれ場所に着いちまう。

そうだとりあえずこれだけ確認しておこう・・・・・・・・・。
ちゃんと声出るかな・・・・・・・・あぁ緊張する。
てかオレやっぱ怖いんだなきっと。  ・・・・・・・・失恋するのが。

やっぱりどこかで少しでも希望を持っていたかったんだなぁ。

「三橋」
「はははい!」

びくっとしてる。
でもこれはよくあることだから気にしない (ことにする)。

「えーと、さ、さっきのさ、」
「・・・・・・・。」
「怒ってる?」

三橋はぶんぶんと顔を振った。

「・・・・怒ってなんか・・・・・・ない。」

最後の 「ない」 は小さかったけどちゃんと聞こえた。
でも実はこれはそうかもしれないと思っていた。
三橋が怒るのを今まで一回も見たことがないから。

問題は次。

「イヤだった・・・・・?」 

良かった言えた。
これも多分こいつの性格を考えるときっぱり 「うん」 とは言わないかもしれない。
少し困った顔して黙ってしまうだろう。
でもそれで充分だから。
それでもうオレわかるから。

そう思いつつ、その顔を見たくなくて無意識にぎゅっと目をつぶって
早くまな板から下りたいとか思っていたら

「イヤ・・・じゃない・・・よ」

という声が聞こえた。

え?

思わず目を開けて三橋を見たら、俯いてて顔がよく見えないんだけど (でも耳が真っ赤だ)
続いてまた小さな声が聞こえた。

「全然・・・イヤじゃ・・・・・なかった・よ」


ジェットコースターに乗ってるみたいとかオレはまたワケのわからんことを考えた。
パニックになると人間てどうでもいいようなこと考えるのかなオレだけかな。

・・・・・・・・・・つーか嬉しい。

自分で降りて行った奈落の底からオレは単純にも
すごい勢いで急上昇してその勢いのまま全然なんにも考えずに口に出してた。

「じゃあまたしてもいい?」

言ってから内心慌てた。

オレ何言ってんだそれはちょっとさすがにダメなんじゃねえの。
ここで三橋が困って黙っちゃったらせっかくの急上昇もあっというまに急降下・・・・・・
てかいいなんて言うわけねーじゃんバカバカバカオレのバカヤロウ!!!!



「・・・いいよ・・・・・・」


はぁ?!

・・・・・・・・・空耳??



今度こそオレは絶句した。
アホみたいにぱかっと口を開けてまじまじと三橋の顔を凝視した。

マジですか。

「・・・・・今なんつったの」

情けないことに確認せずにおれなかった。  だって信じられねえ。

「・・・・・いいよ。」

今度も蚊の鳴くような声だったけどちゃんと聞こえた。

しばらく声が出なかった。
何だか地面がふわふわしてやけに風景がクリアに見える。


「・・・・・本当に?」
「・・・・うん。」
「・・・・・冗談じゃなくて?」
「・・・・うん。」

さらに念押ししてダメ押ししたらやっと少し現実感が出てきた。

・・・・・現実だよなこれ。
ホントに本当のことだよな・・・・・・


現実なんだと思ったら何かもう上手く言えないけど
体の底からどわーって何かが湧いてきた。 すごいエネルギーのカタマリみたいなモン。
今オレの体内ではナントカってホルモンが出血大サービスだなきっと。

神様ありがとう。 神様って何だ。 何でもいいからお礼を言いまくりたい気分。
9回裏の起死回生ホームランみてえ。



何だか叫びだしそうだったけどこらえて、走り出したいのも何とかこらえて
普通に歩いて (そうできたのがキセキだ)、
分かれ場所まで来たら、それまでずっと俯いていた三橋がやっと少し顔を上げて
オレを見てくれた。

「じゃあな。」 って言ったら (普通に言えたオレは偉い)
三橋は手を振って 赤い顔してちょっと笑ってくれた。

気がついたら あると思い込んでいた崖っぷちはきれいさっぱりなくなっていた。



すごく




幸せだった。











                                                   転機-2 了
                                               ちょびっとオマケ(三橋サイド)
                                                   SSTOP









                                                   おめでとう  とりあえず。