棚からプレゼント (後編)(M)



   SIDE M



(ほ、ほ、ほんとに言っちゃった・・・・・・)

変に思われた、かもしれない。 かもじゃなくて、思われた。
だって阿部くん黙ってる。
今さら焦りながら、咄嗟に浮かんだ言い訳がついて出た。

「あ、あのね、オレ、兄弟、いないから」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「そ、そういうの 前から、憧れて て」

ようようそこまで言ってから、泣きそうになった。 バカ過ぎる。
何でまたこんなに危ないことを。
せっかくバレなくて済んだのに。 言わなきゃ良かった。
今度こそ、もうダメかもしれない。 でもどうしても。

(して欲しかった、んだ・・・・・・・)

ぐっと、迫り上がった塊を無理矢理呑み込んだ。 まだ大丈夫、頑張れる。

「あ、でもやっぱいい、です。 ごめんね、 忘れて、くだ」

までしか言えなかったのは涙のせいじゃない。
阿部くんが近付いてくる気配に、パニックになったからだ。
顔を上げて確認することもできない。 固まったまま、動けない。 
まさか本当に、 というそのパニックは でも長く続かなかった。
すぐにそうっと腕が回ってきたからだ。
最初遠慮勝ちだったそれは、焦るまもなく強く絞まった。 さっきよりも強く。
信じられなかった。

オレは今、阿部くんに 抱き締められている。

自分で頼んだくせに、夢を見てるみたいで実感が湧かない。
でも腕の力は強くて、痛いくらいだ。 てことは現実だ。
顔が見られなくて良かった。 絶対真っ赤だ。

オレも、抱き締め返したい

すごく、そう思ったけど。
それはできなかった。 緊張して動けないのもあったけど。
それをやるとバレると思ったから。
阿部くんが離れる前にと、オレはその感触に意識を集中した。
阿部くんの腕と胸の熱を覚えておきたい。 

すぐにも離れるだろうと思ったのに阿部くんはしばらくそのままでいてくれたんで、
オレはそうっと肩に頭を乗せて目を瞑った。 
阿部くんの匂いがする。 幸せで、うっとりした。

(・・・・・これでもう、諦められる かも)

そう思った。 嬉しいんだか悲しいんだかわからない涙が滲んだ。



どれくらいそうしていたのかよくわからなかったけど、
終わりは、始まりよりももっと突然やってきた。
唐突に腕を解かれたと同時に温もりも離れて、え、と驚いたオレの目に
くるりと背を向ける阿部くんの姿が映った。
天国から地獄に突き落とされたような気分になった。

(やっぱり、気持ち、悪かったんだ・・・・・・)

優しいから我慢して聞いてくれただけだ。
調子に乗りすぎた。 せめて嫌われたくない。

「あの、ごめんね、ごめんなさ・・・・」
「三橋、あのさ」
「ごめんなさい、 も、もう言わない から」
「・・・・・・・何でそんな謝んだよ」
「へ、変なこと 頼んで、 き、気持ちわる」
「ちげーよ!!」

びくりとした。 怒っている声みたく聞こえる。
こっちを向いてくれないから、阿部くんがどんな顔をしているのかわからない。
オレはどうすればいいのか、わからない。
おろおろしていると、阿部くんはもう一度否定してくれた。

「気持ち悪くねーよ!」

きっぱりとした言い方だった。 本当だろうか。
嘘かも、とも思ったけど、とりあえず喉の奥の塊りを呑み下すことはできた。
その言葉に縋りたい。 ここで泣くことだけはしたくない。
と唇を噛み締めたオレとは反対に阿部くんは急にたくさん喋り始めた。
それもすごい速さで。

「気持ち悪かったらするわけ、 あ、沖に言ったことはだから、一般論で」
「え?」
「あ、じゃない今のは 関係ない、いやなくない、いやつまり」
「・・・・・・・?」
「えっとだから あー、くそっっ」
「・・・・・・・??」

阿部くんはしゃがみこんでしまった。 様子が変、なんてもんじゃない、変過ぎる。
早口なだけじゃなく声も上擦っているように聞こえるし、でも顔が見えないから
何がなんだかわからない。
あ、 とそこで気付いた。 これは、もしかして。

「あの、ぐ、具合 でも 悪く」
「5分!」
「・・・・・へ?」
「・・・・・・5分だけ待ってて」
「・・・・・・・?」
「具合悪くねーし怒ってもねーから、帰んなよ?!」
「う、うん・・・・・」

こっちを向いてくれないから顔が見えないのが不安だけど。
怒ってないのは本当かもしれない。 何となくそんな感じがする。
阿部くんが怒っている時とそうじゃない時を、最近は以前よりわかるようになった。
それに阿部くんは嘘は言わない、と思う。

少し落ち着いて、とりあえず言われたとおりに待つことにする。
隅っこに移動してオレも座りながら、何も考えないようにした。
考えるとどうしても暗いほうに行きそうだったから、また泣きたくなったら困る。

代わりに目を瞑ってさっきの感触をこっそり思い出した。
阿部くんの胸とか匂いとかに包まれて幸せだった。
あんなふうに野球とは関係なく抱き締めてもらえることなんて
もう二度とないだろうけど、思い出ができた。
最高の誕生日プレゼントを、貰えた。 これで本当に諦めることだって、

(やっぱできない、 かも・・・・・・・・)

と思ってちょっと自分にがっくりしたけど、それくらい嬉しかった。
ぼうっと浸っていると。

「お待たせ」
「え?」

目を開けると阿部くんが荷物を持って立っていた。 
いつもの阿部くんに戻っていた。
顔も声もごく普通で、それこそ泣きたいくらいにホッとした。

「じゃあ帰ろうぜ?」
「うん!」

いつもの雰囲気になったことが嬉しい。 あの変な頼みを聞いてくれただけでなく、
その後も普通にしてくれているだけで奇跡みたいだ。
すっかり安心して満ち足りた気分でいたら、
その後並んで歩きながら阿部くんはさらに幸せをくれた。

「あのさ、今日やっぱなんか奢ってやるよ」
「え」
「だって誕生日なのに何もねーなんて」
「え、いいよ」

オレはぶんぶんと頭を振った。 オレにとっては何もないどころか。

「さっきのだけ、で充分、だよ!」
「・・・・・・・・。」
「あ、憧れてた から」

さり気なく、言い訳も混ぜた。

「すごく、嬉しかった。 ありがとう!」
「・・・・・・・・・・・・・三橋」

改まった感じで呼ばれて、思わず身構えたんだけど。

「あんなんで良ければ、いつでもしてやっから」
「えっ」

すぐには信じられなかった。 冗談だよ、と続くのかと思って待ってても
何も言われない。 てことは冗談じゃないのかも。

「・・・・・・ほんとに・・・・・・?」
「うん、いつでも言えよ」

真面目な声だった。 一気に舞い上がった。

「う、うん! ありがとう!」
「・・・・・・・その代わり他のヤツに頼むんじゃねーぜ?」
「え、うん!」

頼むわけない、 なんてもちろん言わない。

(夢、みたいだ・・・・・・・・・)

阿部くんは、本当に気持ち悪くなかったんだ。
それどころかこれからも、頼めば抱き締めてもらえる。
実際に頼めるかなんてわからないけど、嬉しくて堪らない。
自分の下心が後ろめたいけど、それよりも嬉しい。

贅沢を言えば、阿部くんも他の人にはしないでほしいけど、
流石にそれは言えない。 バレちゃう。
それにそんなことを頼む人なんて、きっといないだろう。
女の子にはいそうだけど、阿部くんだって相手が女の子だったら
気軽にはしないだろうし、オレが男だから逆に簡単にしてくれたんだ。
今回に関しては男で良かった。

1人で宙に浮きそうなくらいうきうきしていると
阿部くんはオレを見てから、小さく笑った。

「・・・・・・今日さ、勉強みてやろうか?」
「え、 いいの?」
「うん、オレもいっしょにするし」
「じゃあ、お、お願い します!」

思わずうへっと笑ってしまったら、阿部くんもまた笑い返してくれた。
こんなに幸せなことばかりで、いいんだろうか。 今日はすごくいい日だ。

ふと、阿部くんの腕を見た。 それからさっきの温もりを思い出した。
やっぱり一番嬉しいのは、あの感触が望みさえすればまた味わえるってことだ。
思い出のつもりだったけど、またしてもらえるんだ。 けど。

(ほんとに頼むのはもう 無理かも・・・・・)

とは思っても顔が笑っちゃう。 阿部くんの優しさが嬉しい。
これ以上のプレゼントなんて、ない。

ふわふわと夢心地で歩きながら、思いもしなかった最高の誕生日プレゼントを
オレはいつまでも噛み締めていた。
















                                   棚からプレゼント 了(オマケ

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