棚からプレゼント (中篇)(M)



   SIDE M



ああダメだ、 と思った。 ここで泣いちゃダメだ。

でも気付いたら涙が出ていた。 ただショックで。
ショックを受けた自分にもがっかりした。 わかっていたはずなのに。

最初何が起きたのかわからなかった。
大きく揺れた、と思った次の瞬間突き倒されてびっくりして混乱して
でも守ってくれてるんだと、途中でわかった。
そんな場合じゃないのに、どきどきした。
揺れがおさまってから床に散らばった物が見えて、そこで血の気が引いた。
それが上から落ちてきた物で阿部くんの体に当たった、とようやくわかったからだ。
でも、大丈夫と言われてとりあえず安心して少し落ち着いて、
御礼を言わなきゃと思ったところで。

それどころじゃなくなった。

まるで抱き締められたみたいで夢かと思って、それから舞い上がった。 
一瞬あらぬ期待まで湧いて そんなわけない、と急いで否定した時に
ドアの音がしてまたびっくりして。
熱かったのがいきなり涼しくなった。
ほんのちょっと、沖くんに恨めしいみたいな気持ちが湧いた。 
もう少しだけそのままでいてほしかった。
でももちろん、阿部くんに変な気持ちはない。 オレとは違うんだから。

(・・・・・・わかってる、のに)

沖くんに阿部くんが言った言葉は当たり前のことだ。
それなのにこんなにショックを受けるのはおかしい。

必死でそう言い聞かせながらふと、2人の表情に気付いた。
そして慌てた。 
いきなり理由もなく泣き出して、絶対変に思われている。
大急ぎで涙を拭った。 幸いそれ以上泣くのは我慢できたけど。

ぐるぐると言い訳を考える。
だって 何で泣いたかと、阿部くんに聞かれるだろう。
でも上手い理由が見つからない。 どうしよう、と焦り過ぎて余計に頭が白くなった。

「・・・・・三橋、大丈夫?」
「え、ダイジョブ!」

聞いてきたのは沖くんだった。
次の質問を予想して身構えたんだけど、沖くんは話題を変えた。

「あー、派手に散らばったなあ」

言いながら中に入ってきて、落ちた箱から飛び出した物を戻し始めた。
阿部くんも手伝い始めたのを見て、硬直が解けてオレも立ち上がって手伝う。
何も聞かれないことにホッとした。 紛れただけかもしれないけど。
顔を見られないようになるべく伏せて、ひたすら作業に熱中する。
2人の会話に混ざることも、もちろんできない。

「これ、ロッカーの上にあったやつだよね?」
「うん」
「これが落ちるほど揺れた?」
「最初からちょい飛び出してたから」
「ふうん」
「でも結構大きかったよな」
「オレ、歩いていたからかなー、あんま気付かなかった」
「え? マジ?」
「んー、なんか揺れたみたい、くらいは思ったけど」
「相当だったぜ?」
「震度どれくらいかなぁ」

普通の会話が心底有り難い。
このままさっきの醜態はうやむやになってくれると助かるんだけど。
でも3人でやったから、片付けはすぐに終わってしまった。
その後沖くんは自分のロッカーから何かを取り出すと
「じゃな、お先に」 と言って出て行って、また2人きりになった。

さっきまで嬉しかったその状況が今は困る。 何も聞かれたくない。
ふと、まだ御礼を言ってないことを思い出した。 
普通の声になりますように、 と念じながら搾り出す。

「阿部くん、ありがとう」
「え、 や・・・・・・・」
「せ、背中、大丈夫?」
「あ、うん。 平気だから」

ホッとした、 けどそこで会話が途切れた。
妙に空気が張り詰めているのは気のせいじゃない。
ごほん、と阿部くんが咳をしたのが静かな中にやけに大きく響いて
皮膚がびりっとした。

(どうしよう・・・・・・・・)

やっぱり聞かれるんだろうか。 
泣いた本当の理由を知られちゃいけないから、とにかく。

(何がなんでも、ごまかさないと・・・・・・)

それだけ言い聞かせながら、腹に力を入れた。 
またうっかり泣かないように。 普通の顔で笑えるように。

「あの、さ 三橋、その」
「う、 はい」
「さっき、その ごめんな?」
「・・・・・・・へ?」

混乱した。 絶対理由を聞かれると思ったのに。
何が ごめん、 なんだかわからない。
謝るのはオレのほうじゃないだろうか。
阿部くんは斜め下方向に視線を落としていて、何だか顔色が悪かった。

「だから オレ、その」
「・・・・・・・?」
「だ、抱き締めた、 みたいなこと、して」

オレみたいにぶつぶつと切れた。 しかも顔が今度は赤くなった。
びっくりした。 そこに謝られるとは思ってなかったから。
それに阿部くんの表情も見たことのないもので、
珍しいと見惚れながらふいに気付いた。
少しだけど、オレはがっかりしていた。
どこかでオレは期待していたんだ。
「ごめん」 は沖くんに言った言葉に対するものだといいなと
この期に及んで願っていたことを、突然自覚した。 

(オレはなんて、バカなんだろう・・・・・・・・・)

心からそう思った。
どうしていちいち期待しちゃうんだろう。 本当に、大バカだ。

「あのさ つい、 心配した勢いで」
「うん、わかってる・・・・・・・」

ちゃんとわかってるし、心配してくれたのもすごく嬉しい。
庇ってくれたとわかった時にも阿部くんへの心配と同時に、
実は嬉しかった自分を知っている。 
それは本当なのに、何でこんなに体が重たくなるんだろう。

「その、変な気持ちとかじゃ、・・・・・・ねーから」

阿部くんの気まずそうな顔が痛い。 全然気にしてないのに。
むしろ嬉しかったのに。
でももちろん、そんな本音は言えない。
だって嬉しかったのは心配してもらえたから、だけじゃなくて
余計なもんも混ざっていたから。
オレは、阿部くんの望んでいることを言ってあげるんだ。

「ホモじゃないもん、ね!」

冗談みたく軽い感じで言ってから えへへ、 と笑ってみた。
上手くできたと思う。  胸の辺に鉛が詰まってるみたいだけど、大丈夫。

「あー・・・・・・、 はは」

短くだけど、阿部くんも笑ってくれた。 いい感じだ。
ちゃんと用心しているから涙だって出てこない。 全然大丈夫。
念のため、ともう一度お腹に力を込めたところで阿部くんが言った。
口調は明るかったけど、目はまだ畳ばっかり見ていた。

「泣くほど、気持ち悪かったよな。 マジごめん」
「えっ?!」

またびっくりした。
びっくりし過ぎて、呆けてしまった。 
泣いたのをそのせいだと思われたなんて。
だから何にも聞かれなかったんだ。

てことはオレの気持ちは、全然バレてない。 
むしろ逆に解釈されたってことには安心していい、はずなのに。 
実際どこかでホッとしたのも確かなのに。
勢いよく湧き上がった衝動に、抗えなかった。
あ、と気付いた時にはもう口から飛び出ていた。

「気持ち悪くなんか、ない よ!」
「え」

阿部くんの視線が上がって、オレを見た。
おまけにその目がまん丸だったもんで、慌てて今度はオレが
畳を睨むことになった。 だって顔が熱い。 息も苦しくなってくる。 
墓穴を掘ったかもしれない。 でもイヤだった。
そんなふうに誤解されるのがどうしても、イヤだった。
どう思われるだろう。 「じゃあ何で泣いたんだ」 と聞かれたらどうしよう。
というか、聞かれるに決まってる。

(地震に驚いたから、てことにしよう・・・・・)

ちょっと無理があるけどそれしかない、と決めて待っていると。

「そう、か・・・・・・・・」

聞こえた阿部くんの声には不審な響きはなかった。
それで少し呼吸が楽になったけど、顔は見られないままとにかく頷いた。

「うん」
「・・・・・・・なら、」

良かった、 と続いたため息混じりのつぶやき声は
本当に安心したような響きがあって一気に気が緩んだ。 
思い切って顔を見ると、さっきよりも赤くなっていた。
またびっくりした勢いで、そのまま見詰め合ってしまった。
先に目を逸らしたのは阿部くんだった。

「じゃ、じゃあ 帰るか」
「あ、うん・・・・・・」

恐れた質問も結局されずに、いつもの空気に戻るのを感じて。

(ああ良かった・・・・・・・)

どーっと力が抜けてぼんやりしているうちに阿部くんは落ちていたプリントを
拾ってカバンにしまってから、思い出したように言った。
もういつもの阿部くんだった。

「そういやさ、おまえ明日誕生日だろ?」

それでオレも思い出した。 そうだった。 

(覚えててくれたんだ・・・・・・・・)

それが嬉しくて、さっきまでの落ち込みや焦りが急速に遠くなっていく。 
体も軽くなっていく。

「1日早いけど、なんか奢ってやるよ」
「え」
「それともなんか欲しいもんでもあったら、やるぜ?」

ぽん、とあることが浮かんだ。 欲しくて堪らないもの。
でもすぐにぶんぶんと頭を振って追い出した。 無理無理無理。 
という以前に。

(不自然過ぎ だ・・・・・・・・)

そうわかるのに。
追い出したはずのそれがすぐに戻ってきた。 もしかして安心し過ぎた反動で。

(オレ、変になってる、かも)

自覚しても、止まらない。   言いたい。 言ってしまいたい。
すごい勢いでドキドキしてるのに、止まれない。
欲しいものは、ある。 物じゃないけどつまり。

「ほ、欲しいって いうか、 してほしい ことなら」
「・・・・してほしい? あー、いいぜ? 何でも言えよ」

ちらっと見ると、阿部くんは笑顔だった。
すごく、あったかい目に見えて勇気が出た。 変だけど。 わかってるけど。
もう一度、もう一度だけでいいから。

「さっき、みたいに」
「は?」
「あの、 さっきしてくれた みたいに」
「・・・・・・・・え」
「ぎゅって して、 ほし・・・・・・」

最後のほうは蚊の鳴くような声になった。
顔も全然見ていられなくて、また床をじーっと見つめた。















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