棚からプレゼント (前編)(A)



   SIDE A


今日はオレにとっての決行日だ。
決行といっても全然大したことじゃないけど。

しばらく前からオレは考えていた。


三橋の誕生日にプレゼントをあげたい。
できれば豪華な何かを贈りたい、というのが本音だけど、そこで障害になるのは 
「相棒・友人としての範疇を逸脱してはいけない」 という点だ。
寂しいけど仕方のないことだと自分を納得させるのは簡単だった。 慣れているから。
でもその後が大変だった。 何がいいだろうとさんざん悩んだ。
品物をあれこれ考えてもいいのを思いつかない。
ともすれば「豪華」な方向に向かっては戻って、
でも喜んでほしいからつまんない物はイヤだとまた暴走する。

本人に聞けばいいんだとわかりながら、できないままに日は迫り、結局は 
「好きなものを奢ってやる」 という豪華でも何でもない内容に落ち着いた。
でも三橋は食うのが好きだから本人的には喜んでくれるだろうし、
他の連中は多分菓子だのジュースだの軽い何かをやるくらいだろうから、
店に誘って奢るだけでもそれなりに目立つのは間違いない。
かつ不自然でもない無難な線というところもいい。
当日に奢ってやりたいとこだけど、その日は土曜のうえ試験勉強期間だから
練習がない。 なので前日の帰りにしようと密かに決めた。
オレにとっては重要なその日が、今日だ。


問題は2人きりで帰れるかということだったけど
あれこれと気を揉むよりはと、昼休みに出向いて本人に言った。
もちろん他の用事にかこつけてだけど、去り際についでのように
「今日さ、いっしょに帰ろうぜ?」 と言ったらあっさりと頷いてくれた。
オレもだけど、三橋も随分進歩したと思う。
うきうきとそんなささやかな喜びに浸りながら、放課後を待った。
上手くいけばその後いっしょに勉強するという流れに持っていきたい。
練習があると2人きりになるのが困難だから、なくて却って良かったかもしれない。

放課後になって三橋を迎えに行って、運良く誰の邪魔も入ることなく
2人で帰路につけて、ここまでは予想以上に順調だった。
けど、歩き出してすぐに思い出したことが1つ。

「あ、オレ、部室のロッカーに英語のプリント置きっぱなしだ」
「へ」
「ちょっと寄ってもいいか?」
「うん」

部室に寄ることになったのは全くの予定外だったけど、大して時間も取らないだろう。
連れ立って入ったところで、ロッカーの上にある備品の詰まったダンボールが
20センチくらい外側に突き出しているのが目に入った。
危ないからちゃんと戻さないと、と気に留めながらも
まずは目的を果たそうと自分のロッカーを開けて、そこで今日初めて少しだけ焦った。
すぐに見つかると思ったプリントが見当たらない。
無駄な時間は極力少なくしたいのに。

「三橋ごめん、ちょい待ってて」
「え、うん」
「すぐ見つかると思うんだけど。 わりいな」

三橋は顔を横に振ってから 「待ってる!」 と言って
畳にぺたんと座って殊勝にも教科書を取り出して読み始めた。
集中して探すと、幸い大して時間を取らずに見つかった。
ホッとしながらロッカーを閉めた時に、それは起きた。
ぐらりと揺れる感覚に襲われて。

一瞬眩暈がしたと思ってから、違うと気付いた。
揺れているのはオレじゃなくて、床だ。 つまり。

地震だ、それも大きい。

認識したと同時くらいに、今まさに落下しようとしているさっきのダンボールが目に入った。
ちょうど落下地点に座り込んでいる三橋のほうに咄嗟に体を投げ出したのは反射だった。
三橋が立っていたら違う対応になったかもしれないけど
座り込んでいる三橋を箱の直撃から守るためには、
床に突き倒しながら覆い被さるしかできなかった。
怪我をさせたくない一心で、他は何も考えていなかった。 夢中だった。

被さった直後に背中に衝撃があって、間に合った、と安堵したはいいけど、
まだ揺れは治まらない。 そのまま三橋の頭を抱え込んだ。 
ロッカーが倒れてくる最悪の想像が浮かんで、ぎゅっと目を瞑った。
けど幸い、最初の揺れが大きかった割に長くは続かず、
1分も経たないうちに揺れは小さくなりやがて止まった。 ホッと息をついた。

そして我に返った。

体の下に三橋がいる。
それも密着しているせいで温もりが布越しに伝わってくる。
今さら心臓が跳ねた。

「あ、阿部く、 だ、だ、だ」
「・・・・・・・大丈夫」

焦ったせいだろう、まともな言葉にならない三橋にまともに答えてやれたのは奇跡だ。 
それくらい一気に頭が、いや体中が沸騰した。
被さっている部分が熱い。

すぐに起き上がって離れよう、という思考は上滑りでまるで他人のもののようだ。
少しだけ身を離して見下ろすと、三橋の心配そうな目と視線がぶつかった。
三橋が逸らさないもんだから、至近距離で見詰め合ってしまった。
あまりの近さにくらくらする。 墓穴を掘った。
逸らせこのバカ! と理不尽な怒りまで湧いた。  けどとにもかくにも。

(早く、起きねーと・・・・・・!)

と喚く理性とは逆のことを手がした。
床と背中の隙間に両手を差し入れてぎゅうっと絞る。
いつかの夜中とは違って思い切り強く。
三橋の肩の上の辺りに顔を埋めながら 何やってんだオレ、 と思った。
合わさった胸から心臓の鼓動がダイレクトに伝わってくる。 やけに速い。 
オレのも速いけど、三橋は何故だろう。
オレと同じってことはないだろうから、驚いて焦っているのか。
そりゃあ驚くだろう。 これはちょっとまずい、まずいに決まってる。
だって理由がない。
でも今ならまだ間に合う。 
今すぐ腕を解いてすぐに離れれば、何とでも言い訳できる。

頭の中でひどく冷静な思考が幾つか回るのに。

手が動かない。 離したくない。
どころか力を入れたくなる。
腕の中の温もりをもっと確かめたい衝動を抑え込むのだけで精一杯だ。
今三橋はどんな顔をしているのか見ることさえ怖いのに
手は頑として言うことを聞かない。 自分のしていることが信じられない。
こんなつもりじゃなかったのに、何で。

忙しなく巡る理性の声と実際にやってることのギャップの大きさに
眩暈を覚えながらも、頭の片隅に一点冷静な部分がある。
わかってた。 いつかこうなるんじゃないかと、いつもどこかで恐れていた。
地震はきっかけに過ぎない。

(・・・・・・もう、いっそ)

言ってしまおうか、 と掠めたまさにその時 
ドアの開く音がした。
咄嗟にぱっと腕を解いて体を起こした。 胸の辺がすうと涼しくなった。
どれだけ熱かったんだと、それでわかった。

起きると同時に血の気の引くような心境でドアのほうを見ると、そこには沖がいた。
一瞥して、遅かったことを悟った。
沖の顔にはとまどいと驚きが浮かんでいただけでなく、赤くなっていたからだ。
抱き合ってる もとい 抱き締めていると、誤解されたに違いない。 

(・・・・・・いや誤解じゃねーか)

自分で突っ込みながら内心で焦った、なんてもんじゃない。
ただでさえヤバい状況が第三者の出現でいっそう抜き差しならないものになった。
汗が噴き出す。 何か言わないと、と思うものの
上手い言葉が浮かばずに固まっていると、赤い顔のまま沖が口を開いた。

「あの、えーとオレ その」

もごもご、と口ごもってから

「ごめん!」

出て行きかけたのを見るや、今度は間髪おかず体と口が動いた。

「待てよ!!」

叫びながら立ち上がって、ドアまで走り寄る。 
去りかけた沖が止まってくれたのは助かった。 まだ大丈夫。
落ち着けオレ、とまずはそっと深呼吸をする。

「えっと、なんか誤解した?」
「え?」
「今さ、地震あっただろ?」
「あ・・・・・うん」
「それで三橋の上に荷物が落ちてきたんで、庇ったんだよ」
「あ・・・・・・・・・」

あからさまにホッとしたように沖が笑った。
オレもこっそりと息をついた。 ぎりぎりセーフ。
本当はアウトでも、意地でもセーフにしてやる。

「な、なんだそうかー オレ、びっくりしちゃって」
「やっぱ勘違いしたんだ?」
「あ、うん実は・・・・・・ ごめん」
「いいって。 そりゃびっくりするよな?」

ごまかしたい一心で意識して笑顔を作りながらすらすらと言ったところで、
ふと思惑が働いた。 ついでに三橋のほうへの言い訳もできたらナイスだ。
ダブレプレーってやつだ、うん。

「庇った勢いで潰れただけだよ。 男どうしでどうこうなんて」
「あー、だよな」
「あるわけねーじゃん。 ホモじゃあるめーし」
「・・・・・・・・・。」
「相手が女だったらどさくさ紛れってのもいいかもだけど」
「・・・・・・・・・。」

そこで口を噤んだ。 沖の様子の変化に気付いたからだ。
沖が黙ったのは、視線がオレの顔から逸れてからで、
それ自体は何気ない感じで不自然じゃなかった。
けどその直後にみるみる変な顔になった。 とまどったような。
不審を感じて半笑いのまま、視線の先を辿ってみれば。

そこには三橋がいて、オレを見ていた。
半身を起こしてはいるけど、まだ座り込んでいる。
顔を一目見るなりどきりとした。 沖の表情のわけがわかった。
三橋の顔は、色が抜けていた。 つまり青かった。
でも目はある意味見慣れたもので、次に起こることの予測がついた。

それは当たって、いくらも経たないうちに茶色い目に滴が盛り上がった。
オレは硬直したまま、動けない。
大粒の滴がつうと頬を転がり落ちるのを、呆然と見つめるしかできなかった。

何故、と湧いた疑問の答はすぐに出てきた。
だって思い当たる理由は、1つしかない。 
オレのしたことが、 庇ったのはいいとしても多分その後が。

(・・・・・・・泣くほど・・・・イヤだったのか・・・・・・・)

絶望感に打ちのめされながら、そう悟った。
















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