縮図 (サイドA)





どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

忙しなく足と目を動かしながらオレは途方に暮れる。
まるでオレこそが迷子の子どものように。







自分でもどうかと思うくらい楽しみにしていた。
2人で過ごすことはそれなりにあるけど、いわゆるデートらしいデートなんて
ほとんどできない生活で。
そのことに別に不満はないけど、たまには特別な時間だって持ちたかったから。



花火よりも食いモンのほうが楽しみなんじゃねーの、という顔を見ながら
それすら愛しくて堪らない。
どさくさに紛れて内心でどきどきしながら手まで繋いで。
ミエミエの言い訳を吐きながら、繋いだ手が温かいことも嬉しくて、
ほんわかと幸せな気分になっていた。

だからどこかで聞いたような声がして、手を振り解かれた時は軽いショックを受けた。
同時に 仕方ない、 とも納得していた。
三橋の性格を考えれば当然の反応と思えたからだ。 オレは別に構わないけど。
三橋にしてみればそれが多分どっちかというと 「オレのため」 というのがムカつくけど、
こればかりは根っこの性格があるからどうしようもないというのも
もうイヤってほどわかっているし。

諦めながらも少々面白くない気分で、オレを呼んだ人物を見た時は
それでも 「懐かしい」 と素直に思った。
大して親しくないもヤツだったけど3年の時同じクラスだった。
けど、次の瞬間内心だけで舌打ちした。   隣に明らかに 「彼女」 がいたからだ。

(まじぃな。)

素早く三橋を窺い見ると、案の定顔が引き攣っている。  次に深く俯いてしまった。
何を考えているのか丸わかり。
じわじわとオレの後ろに隠れるように移動する三橋を気にしながら、
とにかく早いとこ話を切り上げようと、上手く会話をまとめたのに。
そのタイミングを相手は逃さなかった。
「彼女なんだ」 と嬉しげに、自慢げにそいつは言った。

(見ればわかるよ。 良かったな。)

心の中だけで言いながら笑ってやった。
気持ちはわかる。 結構レベル高いコだし。
つい自慢したくなるのも無理ねーと思う。 けどな。
今はまずいんだ。
これだけのことでうっかり地面にめり込みかねないヒクツなヤツがいっしょなんだ。
オレにとっては その、きれいに装った女の子より100倍かわいく見えんだよわりーけど。

等々も口には出さずに心の中だけに留めながら、黙っていたら
そいつはオレの控え目な反応が不満だったのか、三橋のほうを覗き込むようにして見た。
ヤバいな、 と掠めた。 その時にどう思われてもいいから掴まえておけば良かった。

「友達?」 という問いに何も考えずに 「恋人」 と答えそうになって、すんでのところで呑み込んだ。
相手のためというよりは三橋のために。
代わりにもう少し無難な言い方に置き換えて、答えようと口を開いたところで。
三橋は唐突に不自然極まりない言い訳をしたかと思うと、あっというまに人込みに消えてしまった。
呆然とした。
そこまでされるとは予想していなかったからだ。
直後に我に返った。
この人込みの中で離れたら会える保証なんて全然ない。 ぐずぐずしてる場合じゃない。

「じゃあ、な」
「え?」

焦ったオレはそいつに短く挨拶すると、向こうの返事も待たずに三橋の消えた方角に足を向けた。

「おい、阿部?」 

引き止める声は無視した。  だからすぐに見つかると思ったのに。
なのにもう姿が見えない。 何しろ人が多すぎる。
足早に歩きながら前方のあちこちに素早く視線を走らせても
見慣れた華奢な背中は見つからない。
もしかして気付かないうちに追い越してしまったのかもしれない。
一回戻るか、 と迷うけど判断がつかない。

何で、 という苛立ちが湧き上がる。
ついさっきまですぐ傍にいたのに。 しっかりと捕まえていたのに。
そして幸せな気分でいたのに、なんでこんなことになっちゃうんだ。

離さなきゃ良かった。
離したのはあいつだけど、許さなきゃ良かったんだ。
無理矢理にでもそのまま掴んでおけば良かった。

苛立ちとともに後悔が湧き上がるけどもう遅い。
もう、会えない、んじゃないだろうか。
その可能性を考えたら不安になった。  恐怖に近いくらいのそれの強さに自分でも驚いた。

何で隣にいてくんないんだ。  いるだけでいいのに。
それだけで満ち足りた気持ちになれるのに。
あいつがここにいない、というだけで何でオレはこんなに不安になるんだ。
早く見つけたい。  一刻も早く。  そして安心したい。

無性にそう思った。
いても立ってもいられない気分で小走りになる。
本格的に焦り始めたところで、予想していたより随分先のほうにちらりと一瞬だけ、
その背が見えた。 間違えようもない、茶色い髪と少し猫背気味の小さな背中。

(見つけた)
(逃がさない)

刹那それだけ思った。
気付いたら怒鳴っていた。 ありったけの声で。


「三橋ぃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


その瞬間周りにいた人間が見事に一斉にオレを見るのがわかった。
視線が痛い、とはこのことだぜ。
なんてアホなことを考えながらも、硬直した背中を見落とすまいと走り出した。
三橋はオレの声にぴたりと立ち止まったまま、動かない。

(そのままでいろよ・・・・・・・・・)

祈るような気持ちで念じていたのに。

三橋は走り出した。
普段はいちいちトロくさいくせに、こういう時だけは信じられないくらい素早くなる。

オレは追った。   三橋は逃げる。

何で、  逃げるんだよ!!!
そんなにイヤだったのか? (なにが?)
自分の隣にいるのが男 (つまりオレだ) だってことが?  それとも。
オレの隣にいるのが自分だってことが?
三橋の性格を考えると後者である確率が高い。 てか間違いなく、そうだろう。


なんであいつはわかんねーんだろう。
何度言っても。  いくら説明しても。  どんなに態度で示しても。
なんでもっと自信持ってくんねーんだろう。
わかってはいるけど感情ではダメってやつか?

ぐるぐると考えながら心配や不安も手伝って猛烈に腹が立ってきた。
怒りながら、オレは走る。  足はあいつのが速いけど。

絶対に、逃がさない。

追いついて、捕まえる。
そんな理由で逃げるなんて絶対に許さない。
そして理由もだけど実はもっと一番イヤなのは。

何で逃げるんだ。 何で向き合ってこないんだ。
何で伝えようとしてくんないんだ。 
そんなに簡単に諦められるようなことなのか?  違うだろ? 

見え隠れする三橋の背中を睨みながら心の中で問いかける。

違うだろう三橋?

同時に自分にも言い聞かせている。  違うと。  違うに決まっている。
根拠なんてない。 本当のとこなんてわからない。 けど三橋本人にもきっとわかってない。
万が一違わなくても。

逃げる理由も逃げること自体も。
そんなのオレは 絶対に、 許さない。   三橋が諦めても、オレは諦めない。

それを、思い知らせてやる。




そう考えながら。

必死で逃げる三橋とそれ以上に必死になって追いかけるオレはまるで

オレたちの関係の縮図のようだな

とぼんやり思った。



















                                      縮図(サイドA) 了 
オマケ その5分後

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