縮図 (サイドM)





今だけ透明人間になりたい。

なんて思ってもなれるわけもない。



何で今ここにいるのがオレなんだろう。
普通に学校の帰りとかならまだしも花火大会なんて。 しかも割と大き目のそれなりに有名なやつ。
高校生の男子2人で来る場所としてはおよそ相応しくないような場所で。





でも嬉しかったんだ。
阿部くんがいつものようにぶっきらぼうな調子で 「花火、行かねえ?」 と言ったとき
意味がよくわからなくて、マヌケな声で 「へ?」 と返して、イラ、という顔をされて慌てて
「あ、花火、やる、の?」 とさらにマヌケなことを言って
「ちげーよ見に行くんだよ!!」
とやや声を荒げた阿部くんの顔がほんの少し赤くなっていて。
えっ  と驚いてぼぅっと見つめているうちに阿部くんは ぷいっと目を逸らしてから
ぼそりと付け加えた。

「・・・・・・・2人でだぞ」

一瞬呆けて、それから急いで何度も頷いてそれから。

(デート みたいだ・・・・・・・・)

と思ってしまって うわぁ とか焦って赤面して(多分) それを見た阿部くんの顔が
なぜかもっと赤くなって
もしかしてオレだけじゃないのかなぁ
なんて図々しいことが頭を掠めながら、じわじわと歓喜が湧いてきた。
阿部くんと、2人で。   ちょっとだけ特別なところに 行ける、 って思うと。
本当に嬉しくて堪らなかった。   なのに。

どうしてこんな人込みの中でよりによって阿部くんの中学の友達なんかに
会っちゃうんだろう。








最初は良かったんだ。
オレがきょろきょろと屋台に目を走らせながらこっそりと
あれも食べたいしこれも食べたい  なんて考えてたら、阿部くんがオレの顔を見て可笑しそうに笑って。

「何か買って、見ながら食おうぜ?」

うんうんと頷きながら幸せで。
とりあえず座る場所を確保しようと、どこかすいているところはないかと探していたら。

「おまえ、はぐれんなよ」

言葉とともに手を握られた。
びっくりして阿部くんを見ればオレの手を掴みながら、顔はそっぽを向いていた。

「混んでっから」

続いて聞こえた声もそっけなかった。 でも手の力が少し強くなって。
どきどき、 した。
阿部くんに手を握られることはよくあるけど、こんなふうに2人で歩いている時に
手を繋いだことなんてない。   だって変だから。
男どうしで手を繋ぐなんて誰がどう見てもおかしいから。
けど今は。 半端じゃなく人がいっぱいで。
手でも繋いでないと本当にはぐれそうだし、きっと人が見てもそんなに変じゃない。

(混んでて、良かった)

思いながら顔が緩んだ。
一番混んでいる場所を抜けても阿部くんの手は離れない。
そのことにホっとしていたら、ふいに後ろから知らない声がした。

「阿部じゃん?」

反射的に手を振りほどいた。 オレが。
阿部くんがオレの顔を見たのがわかった。
けどすぐに振り返って声の主を見て、「おお」 と驚いた声を出してから気安げに話し出した。
内容からするときっと中学の友達、だと思う。
それだけなら別に良かった。 良くなかったのは。

その友達の隣にかわいい女の子がいたこと。

一瞬だった。
本当に一瞬で。
それまでの幸せな気持ちがしゅるしゅると萎んでしまった。
オレは地面をじっと見つめる。  顔を上げる勇気なんて出ない。
ちらりと、その子を盗み見た。
きれいな浴衣を着て、髪を凝った形に結って薄くお化粧をしてとてもかわいい。

花火なんて。    恋人同士で来る絶好の場所なのに。
何で、オレ、なんだろう。
オレも恋人だけど。  でもそうじゃなくて。 
できれば。    このまま何事もなく会話が終わりますように。

祈りながら阿部くんから少し離れた。
なるべく向こうから見えない位置に立つことも忘れない。
姿を消したいけど無理だからせめて。

でも世の中そんなに上手くいくわけない。
恐れていた事態は祈りもむなしくきちんとやってきた。

阿部くんの友達は会話が途切れたところで
意味ありげに隣の女の子に視線を走らせてから、誇らしげな笑みを浮かべた。
続いて言ったその口調も照れたように、でも誇らしそうで。

「カノジョなんだ」

きゅうっと心臓が縮んだ。  本格的に消えてなくなりたい。
阿部くんは今どう思っているだろう。
阿部くんはすっごくもてるのに。
その友達のカノジョよりずっとかわいい子とここに来ることだって
その気になりさえすればいくらでもできるのに。

なんでオレなんだろう。
ごめんねごめんね、   と心の中で何度謝っても事態が変わるわけもなく。

それどころか次にその友達は、阿部くんの陰で小さく縮こまっているオレを、
わざわざ覗きこむようにして見てきた。

「友達?」

さらに恐れていた展開になってしまった。
阿部くんは何て答えるだろう。
友達?  野球仲間?
多分、どちらかだろう。  もちろん嘘じゃない。

「オ、オレ、あっちで何か買ってくる、ね?」

言ってから  え?  と自分でびっくりした。
だって口が勝手にしゃべっていたんだ。   そんなこと言おうなんて全然思ってなかった。
でもとにかく。   オレは消えたい、んだ。

何も考えずに歩き出した。
早く離れられるように人の少ないほうに向かった。
そっちには屋台なんてあまりない、 とわかったけどどうでも良かった。

阿部くんはどう思うだろう、とかその友達が変に思うかな、とかもどうでもよかった。
この混雑で離れたら、もう会えないかもしれないな、 と思ったら
涙が出そうになった。  けどそれでもいいと思った。 その方がいいのかもしれない。

ごめんね阿部くん。  ごめんね。

声に出さずに繰り返しながら、何がごめんねなのかも実はもうよくわからない。
わかっているのは その場からいなくなりたい、という一点だけ。
走らないようにするのが精一杯だった。



早足でやみくもに歩いて、大分離れたかなと思って少しホっとして、
足を緩めたところでそれは起こった。



その声の音量は 「大きい」 というような生易しいものじゃなかった。



「三橋ぃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 


びっくりした。

なんてもんじゃない。 冗談抜きで体が硬直した。
その辺にいた人全員が (ホントに全員が) あっけにとられて声の方向に
顔を向けるのが目の端に映った。
人込み特有のざわめきが、その一瞬だけぴたりと消えて静まり返った。


見ないでも、阿部くんが走ってくるのが、なぜかわかった。
阿部くんが追ってくる。   オレの背中を睨みつけながら。
きっと、怒ってる。
怒りながら、脇目もふらず一直線に。   オレを 追ってくる。


永遠に動けないんじゃないか、とまで思った体が動いた。

気付いたらオレは走り出していた。
阿部くんとは反対方向に向かって。
なぜ逃げるのかなんて自分でもわからない。
立ち止まって、阿部くんを待って 「ごめんね」 と一言言えば済む話なのに。

なぜ。
オレは逃げるんだろう。

さっき逃げたのは、いたたまれなかったから。
阿部くんに申し訳ないと思ったから。   でも今は。
阿部くんはそんなオレを追ってきてくれているのに、なんで。
オレは逃げてるんだろう。

わからなかった。
でも阿部くんはオレなんかを追いかけるべきじゃないんだ、 と思う。
なぜ阿部くんはオレを追うんだろう。
オレはなぜ逃げるんだろう。

わからなくて混乱しながら、人込みの間を縫うようにして、時にはぶつかって慌てて謝りながら。

オレはひたすら走り続けた。
















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