衝動





たとえば、ボールを持った瞬間の驚くほど強い目の光とか。

たまに幸せそうに笑った時の柔らかな輪郭とか。

そういうのに気付いてしまえば後はもうあっというまだった。

そうなれば俯いて泣いている時の震える肩とか、
並んで歩いている時に一瞬微かに触れ合う指先とかまで
特別で愛しくて堪らないものになる。

自分の中の普通でない想いに気付いた時、でも阿部は多少とまどいはしたものの
それほど動揺はしなかった。
自分の心を傍観しているような、どこか他人事のような感覚さえあった。



でも今。


目の前で白い背中を晒して着替えている三橋を見ながら
阿部は確かに動揺していた。

手が無意識に伸びてしまいそうになったからだ。

あっ と思って慌てて引っ込めた。

自分が信じられなかった。
阿部は気持ちを三橋に言うとも言わないとも決めてなかったし、
いつか両思いになれればと甘い夢想をすることはあったけど
具体的に何かしようと考えていたわけじゃなかった。
ましてや相手の意思を無視してどうこうしようなんて気は毛頭なかった。

はずなのに。

三橋の白い肌から目が離せない。

三橋は今困っている。 着るべきシャツが見つからなくて。
阿部は鍵当番なので最後まで残って三橋を待っている。
その事実が三橋をいっそう焦らせていることもわかっている。

なのに阿部は、いっしょに探すこともせず、声をかけてやることも忘れて
ひたすら驚愕していた。


自分の中の衝動に。


それを他人事のように傍観して驚いている自分とか、
手伝って探してやらないとという理性の声なんかより
圧倒的に激しく身の内で荒れ狂う思い。


手を伸ばして腕を掴みたい。

その背に触れて唇を。


抑えても抑えても湧き上がってくる思いはいっそ暴力的ですらある。

自分で自分に驚愕しながらも抗えない欲求に負けて、また手を伸ばしてしまう。

ダメだ、 と理性の声がわめいたところで三橋がくるりと振り向いた。

慌てて手を下ろした。

「阿部、 くん」
「三橋!!!」

阿部が唐突に叫んだので三橋はびくりと肩を揺らした。

「オレ帰る!!」
「え・・・・・・・・・」
「わりぃけど、鍵頼む」

言いながら阿部は (あぁまずい) と思った。
これではまずい。 この言い方では、三橋は絶対に誤解する・・・・・・・・・・

阿部の予感 (確信に近い) は当たり、三橋の目が僅かに潤んで視線はつと、床に落とされた。

「うん・・・・やっとく・・・・・・・」
「・・・・・三橋、」
「ご、ごめんね。 オレ、 遅くて。」
「三橋違うんだ」
「ちゃ、 ちゃんとしとく、 から。」
「違うっつってんだろ!!!!」

思わず怒鳴ってしまった。
三橋は今度は怯えた顔になった。

相変わらず、上半身の肌を晒したまま。

「そ、その前にシャツ着ろ」

言ってから阿部は、そもそもそのシャツが見つからないんだったと思い出した。

「オレも探してやるから」

くるりと、背を向けた。
とにかく目を逸らしたかった。 不自然でない形で。
それからさり気なく離れて、その辺りを探し始めた。 手が情けなく震えている。 鼓動が速い。

三橋の声がした。

「いいよ、・・・・・阿部、くん」
「・・・・・・・・・・・・。」
「オレ自分で探す、から、・・・・・・帰って・・・・・・・・」

阿部は三橋の顔を見ないままかろうじて言った。

「ごめん。」
「・・・え・・・・・・・?」
「怒ってるわけじゃねぇんだ。」
「・・・・・・・・。」
「ホントだって」

三橋が黙っているのでとにかく探し物に没頭しながら
正確には没頭するフリをしながら、阿部は茫然と考えていた。


これからオレはこの衝動とずっと闘っていかなきゃならないのか。
こんなに強くて。  抑制が効かなくて。



ほとんど不可能に思えた。
好きになるということはこういうことなのか。
理性なんて簡単にどこかに飛んでいってしまう。
本能にも近い欲求の強さ。
何で今まで冷静でいられたのかさっぱりわからない。


益体もない思考が空回りする。



好きで 好きで 好きで 堪らない。
自分のものにしたくてどうしようもない。




阿部は自分が気が狂うほど三橋に恋をしていることに、

その時初めて

今さらながら思い知っていた。













                                              衝動 了
                                             
オマケ(あっというま)

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