SIDE M





「告白は、できない」   とオレは思った。

そんなことはできるわけない。 絶対に知られちゃいけないんだから
オレには関係のない日だ。 けど、と不安に襲われる。
阿部くんはきっとたくさん貰うだろうし、中には本命のコだっているだろう。
もし付き合っちゃったらどうしよう。

恐ろしい想像をして泣きそうになってから、必死で気を取り直した。
阿部くんはもてるけど、告白されても今までのところ全部断っているらしい。
「部活で忙しいから」 というのがその理由らしいと水谷くんが教えてくれたけど、
きっと本当にそうなんだろう。
その度にホッと胸を撫で下ろす。
野球という理由にオレが関わっていることが密かに嬉しかったりもする。
今までのことを考えれば今回も断るんじゃないだろうか。
起こってもいないことを心配するのはやめてそれよりも。

切り換えて前向きになってみる。
告白はできないけど、何とかして渡したい。 
伝える気なんてないのにバカだけど、たとえオレしか知らなくても
気持ちを表現したい。 でもバレたらおしまいだから。

オレは考えた。 それはもう試験の時よりも真剣に考えて、決めたんだ。







○○○○○○

決めたはいいけど、ロクな口実じゃないとは自分でわかったし
学校で渡せる勇気は出そうになかった。
首尾よく渡せても、考えた言い訳を言っている間に人でも来たら。

あれこれと悪い展開ばかりが浮かんで、到底無理に思えてくる。
だから一応荷物の中に忍ばせてはきたけど、ほとんど諦めていたせいで、
阿部くんから誘ってもらった時には夢かと思った。  家でなら渡せるかもしれない。

阿部くんの家に向かう道々でもつい顔が緩んでしまって
「おまえってほんとに食うの好きだよなあ」 と半ば呆れたように言われたけど
嬉しくて堪らない。  お菓子をご馳走してもらえるのも楽しみだけど、
なにより今日この日に、阿部くんに誘ってもらえたことが嬉しい。
用意してきたチョコを渡すことができるかもしれないのも嬉しい。

部屋に通されてそわそわしながら待っていると
お皿に乗ったケーキを持ってきてくれた。 見た途端にどきりとした。 だってそれは。

「チョコレートケーキ、だ・・・・・・」

今日はバレンタインデーだ。 
もちろん、阿部くんがそんなつもりじゃないことはわかってる。
たまたま貰った物をたまたまオレにくれた日が今日だったってだけだ。
そもそも阿部くんは今日がそういう日だということすら、
貰わなければ気付かないんじゃないだろうか。  でもそれでも。

(嬉しい・・・・・・・・・)

大好きな阿部くんから貰ったチョコを、今日食べられるなんて夢みたいだ。 
そんなことはあり得ないと思っていたのに。
甘いそれを食べながらこっそりと特別な意味付けをしたりなんかして、
笑っちゃいそうになるのを我慢するのに苦労した。
その意味はオレにとってだけでも、幸せだった。

食べ終わって 「ご馳走様」 と言ってしまうとすることがなくなった。
渡すとしたら今だ、と思ったらいきなり緊張した。
今日一番大変で、一番したかったこと。
不自然に思われませんようにと祈ってから、意を決して口を開いた。

「あの、阿部くん」
「なに?」
「じ、実はその、オレも貰ってほしいものが」
「え?」

不審気な顔に慌てて続きを言う。 ゆうべ何度も練習したから大丈夫、言える。

「お、お母さんが商店街の福引で、お菓子を当てて」
「ふーん?」
「そ、それがすごい量で 食べ切れないし、置く場所もなくて」
「・・・・・・・・へえ」
「だだだから友達皆に配ってて」
「ふぅん」
「あ、阿部くん にも・・・・・・・」
「あー、いいよ? つか貰っていいの? そんなに多かったんだ?」
「う、うん! そりゃもう」

どこの商店街? とか聞かれたらどうしようと怖くて、急いで鞄を探って取り出した。
昼間何度も確認したから、探すまでもなくすんなりと出せた。
破裂しそうな心臓を宥めながらおずおずと差し出したところで。

「・・・・・・・・チョコなんだ」

どっと汗が噴き出した。 
そうですチョコです。 だってバレンタインデーだから。
それもいかにも高級そうな箱に入った詰め合わせのチョコだ。
今日阿部くんが貰っただろう、どれにも負けないように一生懸命に選んだ。
でもよく考えれば。

「あ・・・・・阿部くん、甘い物ってあんまり」

好んでは食べないはずだ。 だからこそ、貰い物の高そうなケーキだってくれたわけで。
しかもこんなにたくさんの詰め合わせなんて、好きじゃない人間にとっては
見るだけで胸焼けを起こすに決まってる。

(オレ、バカ だ・・・・・・・)

怖くて顔を正視できなくて、俯きながら差し出したせいで阿部くんの表情がわからない。
けど、なかなか受け取ってくれないのは困っているからじゃないだろうか。

手がぶるぶると震え出してしまう。 まずいと思うのに止まらない。
鼻の奥もつんとする。 早く、帰ろう。 
その前にとにかく、差し出した箱を引っ込めないと。

「あの、オレ、忘れ・・・・・・ごめ」
「食うよ!」

引きかけた箱をぐいっと引ったくられるようにして奪われた。
驚いて顔を上げると阿部くんは深く俯いていた。
手にはつい今までオレの手にあった箱がしっかりと握られているけど、
顔が見えないせいで不安が消えない。 もしかしてまさかとは思うけど。

(気付かれた・・・・・・・なんてことは)

真っ暗になるような感覚に襲われて、焦って付け加えた。

「あ、あのそれ、多いから 無理しなくても」
「・・・・・・・平気だよ」
「あの ごめんね、う、う、うち 置き場所が」

ああダメだ。 不自然にも程がある。
どうしようどうしようと頭が白くなってから、零れそうになった涙を
腹に力を入れて堪えたところで、阿部くんが顔を上げた。

(・・・・・・・あれ?)

ぱちぱちと瞬きしてしまったのは、阿部くんの目が潤んでいるように見えたからだけど
一瞬でそれは消えた。 そんなわけない。 
オレの視界が滲んでいたせいで、見間違えたんだろう。
その証拠に声は至って普通だった。

「すげー嬉しい。 ありがとな」
「え、ううん」

ぶんぶんと顔を振りながら、途端に元気になった。

(ああ良かった・・・・・・・)

だって言葉だけでなく、阿部くんは笑ってくれた。
ホッとしてから密かに舞い上がった。 
バレなかったようだし、受け取ってくれたうえに本当に喜んでくれたみたいだ。
精一杯に込めた気持ちが伝わらなくても自己満足でも、それだけで嬉しい。
ちくりと胸を刺した何かは、いつものように素早く押し込めたから平気だ。
オレは最近、蓋をするのがすごく上手くなった。

阿部くんはまだチョコを抱えながら、柔らかく笑っている。
その頬が何となく普段よりも赤く見えるのはきっと気のせいだろう。
チョコ、いいなあと思ってしまう。  あんなに大事そうに抱えてもらってチョコが羨ましい。
でも、オレがあげた物なんだ。

そう思うと嬉しくて、すっかり安心もして、
頑張った達成感とか幸福感とかに オレはこっそりと浸ったんだ。














                                     切なさに蓋をして 了(オマケ

                                         SSTOPへ






                                               それなりに幸せな2人。
                                                                          阿部は、気付いてません。 (情けなくも補足説明)