切なさに蓋をして



    SIDE A



「告白しよう」   とオレは思った。

直後に 「無理」 と頭を抱えて、アホか、と自分で突っ込んだ。
何となれば、そのセットをすでに何度か繰り返しているからだ。

そもそもバレンタインに告白なんて恥ずかしいと感じるオレは変なんだろうか。
いやそりゃ普通だろうとぐるぐると思いながら、
やっぱり無理だとどこかでわかっている。 そんな勇気はない。
玉砕して失恋するのも嫌だけど、バッテリーとしてぎくしゃくしたら
夏大にだって影響しないとも限らない。 それが何より怖い。

まだ半年近く先のことを心配するのは、オレがそれだけ野球バカってことなんだろうか。
でも相手が三橋である以上、いや三橋だからこそ、
いやいや三橋でなくても野球が最優先事項だ。 恋心を棚に上げるのはもう慣れた。

けど片想い中の人間にとってはチャンスであるこのイベントに
三橋はたくさんのチョコを貰うんだろう。 校内でそれなりに有名だからだ。 
それを横目で睨みながら、知らん振りしなければならないってのがムカつく。
誰よりも好きだという自負があるのに不快なこと夥しい。

一番の気掛かりはもちろん、チョコをくれる女子たちの好意に
三橋が応えるかどうかという点だけど多分大丈夫と思えるのは、
あいつがオレ以上に野球バカだからか。
それを考えると、安心と同時に自分に哀れみも湧き上がる。
仮に三橋が色恋に目覚めたとしても、オレは最初から蚊帳の外にいるってことがどうにも。

と沈みかけたのを自覚して、急いで意識から閉め出した。 慣れた作業だ。
それを別にしても、拭えないのはやっぱり。

(面白くねぇ・・・・・・・)

誰よりも好きなだけでなく、誰よりもつくしているのに、というムカムカが消えない。
だもんで、告白は無理でも自己満足でもと、オレはあることを考えた。







○○○○○○

そんなわけで当日である今日、オレは三橋を家に誘った。
「美味い菓子もらったからご馳走してやるよ」 と言ったら効果覿面、
いそいそと嬉しげに付いてきた。
その表情を引き出したのが 「美味い菓子」 であることに僅かに凹んだけど
もちろん顔には出さないし、深くも考えない。 
そんなことでいちいち落ちていたら体がもたないなんてことも、とっくに学習済みだ。

菓子があるのは本当だけど、貰ったなんて嘘だ。 自分で買った。
でもあくまでも 「貰ったから」 で、あくまでも 「菓子が好きなやつにあげるだけ」 という
口実をこれでもかと振りかざしたわけだけど、三橋は素直に信じてくれたようだ。

自室に招き入れてからキッチンで1人、用意をした。
密かにドキドキしてしまって、オトメかオレはと苦笑いが浮かんだものの
三橋の嬉しそうな顔への期待に手が早まる。
飲み物といっしょに出してやると、期待どおりに三橋の目がきらきらと輝いた。
かわいいな、と見惚れながら赤面したのを自覚して慌てて俯いたりして、何気に忙しい。

「チョコレートケーキ、だ・・・・・・・」

三橋のつぶやきにどきりと心臓が跳ねた。
そうだよチョコレートだよ悪いか。 だってバレンタインだもん。

というのがバレたんじゃないだろうか。 露骨だっただろうか。

「あー、昨日親戚が来たらしくてさ、お土産にくれたんだ」
「へ、へえ」

上塗りした嘘に嬉しそうに笑う三橋を見てホッとしてから
どこの親戚だよ、 と自分で突っ込む。
不自然な言い方になってなかったよな、 とまだ少し不安なオレの目の前で
三橋は幸せそうにケーキを頬張った。 オレも幸せな気分になった。

「お、美味しい! すごく」
「そうか?」

嬉しそうな三橋を見るのは無条件に気分がいい。
いや無条件は嘘だ。 他のヤツに嬉しそうな顔を見せるとムカつく。
でも今は自分が用意したものだから大変宜しい。

満足しながら、横目で部屋の隅に置いてある紙袋を睨みつけた。
三橋の持っていた袋だ。
小ぶりとはいえ、予想どおり袋いっぱいに詰まっている結構な量のどのチョコレートよりも
オレのケーキのが美味いという自信がある。  だって奮発したんだもん。
バレンタインデーにそれをあげて、幸せそうに食べてもらえただけで満足だ。

たとえその意味が通じていなくても。

いつか、 とオレは夢想する。

いつか想いを伝える日が来るだろうか。
言うとしたら、野球に支障の出ない3年の後半だろうか。
その時オレたちの関係はどうなっているだろう。
今よりもバッテリーとしてもっと親密になっていたいし、なれているだろうとも思うけど。

それ以上の仲になれるか、よりもその時には三橋の隣には誰かがいる可能性が高い。
そうなっても不思議じゃない。
この嬉しそうな顔を他の誰かに惜しげもなく見せる日に
オレは普通の顔で立っていられるんだろうか。

時折襲ってくる答の出ない問いかけが浮かんでしまったところで。

「ご馳走様でした。 お、美味しかった!!」

弾んだ声に我に返って、暗い思考を追い払った。
胸の痛みを努力して揉み消してから、オレは三橋に 「良かったな」 と笑いかけたんだ。










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