理性と自制と本能と





「お見舞いに行ってくれば?」

と栄口が言った時、オレは本当に行く気はなかった。
だって風邪なら寝てれば治るし。
今日は休日だからおふくろさんがちゃんといろいろやってるだろうし。
何がまずいってオレが行くとあいつはまた要らん気を使う。
病人に気を使わせるのは本意じゃない。
正直顔を見たい気持ちはてんこ盛りだけど、明日まで我慢すればいいだけのことだ。

でも栄口の次の一言で急にそわそわしてしまった。

「あいつんち、今日夜まで誰もいなくて1人で寝てるらしいよ。
さっき田島が携帯にかけたらそう言ってたって」
「え・・・・・・」

何で1人?
いや昼間はともかくずーっと1人ってのは病人なのにまずくねぇか・・・・・・・・・・?

そう思ったらいても立ってもいられなくなって
結局練習の後早々に三橋の家に向かっていた。
ちょっと様子見て、必要なことがあればしてやろうという、真面目に下心ゼロの気分で。
いくらオレだって病人相手に変なことする気はねぇ・・・・・・・・・・・・





○○○○○○

玄関に出てきた三橋は想像していたよりずっと具合が悪そうだった。
鍵を開けさせたのが申し訳なくなっちまうくらい。

「あべ・・・くん・・・・・・」

オレの顔を見て驚いたような様子だけど目が (多分熱のせいで) 潤んでて
ぼーっとしている。

「熱高いのか?」
「・・・・・は、計ってない・・・・・・・・」

言いながら足元もふらふらしているような。
申し訳なさも手伝ってオレはとりあえず三橋をベッドまで運ぶことにする。
また歩かせんの悪いし、うん。
というか。
実は前から一回やってみたかったんだこれ・・・・・・ちゃんと、意識のある三橋で。
色っぽいシチュエーションじゃないのが残念だけど。

そう思いながら、いわゆる 「お姫様抱っこ」 しようとしたらいきなり抵抗された。

「あ、あ、阿部、くん?!」
「じっとしてろよ」

言っても抵抗がやまない、けどその力もいかにも弱々しいんで物ともせず抱えてしまった。
あぁいいなこれ・・・・・・。  楽しい・・・・・・。

「あ、あ、あ、阿部、くん、自分で、行ける・・・・・・・」
「いいから。」
「で、でも」
「暴れると落ちるぜ?」

構わずにどんどん階段を上がった。
三橋もそこで暴れたら危ない、と思ったのか観念したようにオレの首に腕を回してくれた。 よしよし。
腕と首に伝わってくる体温が熱い。
相当高いんじゃねぇか・・・・・・・・・

心配になりながらもオレは不覚にもむらむらしてしまった。
でも仕方ねぇと思うんだよなやっぱり。 
好きなヤツを抱えていてむらむらしねぇ男なんていねぇだろ。
もちろん変なことする気なんてない、けど。

ベッドにそうっと下ろしながらそのまま覆いかぶさりたい衝動をせっせと散らした。
今日は真面目に看病してやるんだ。  そのために来たんだから。
大体こんな具合悪そうなのに何で。

「今日なんでおふくろさん、いねぇの? 仕事?」
「・・・・ほうじ・・・・・・・」

あぁ法事ね・・・・・・・・・・

「欠席するって、朝は言ってた、んだけど。」
「・・・・・・・・・。」
「朝はそんな、大したことなかったし」

ふーん、そういうこと・・・・・・・・・・。    でも待てよ、じゃあ。

「昼飯食ったか?」
「・・・・・食べて、 ない・・・・・・・」
「なにぃ?!」

オレの声に三橋はびくっと身を震わせた。
しまった病人を怯えさせてどうする。
でも食わないと治るもんも治らねぇじゃんよ!!

「なんも食べるもんねぇの?」
「おかゆが・・・・・・」
「え?」
「ある、はず・・・・・お母さんが・・・・・・・・」
「作ってってくれた?」
「・・・・うん・・・・」
「待ってろよ」

オレは急いで台所に行った。
三橋の言ったとおりコンロの上に小鍋が乗ってておかゆが入っていた。
とにかくこれを食わせねぇと。  あの分じゃ多分薬も呑んでない。

そう判断したオレはお粥を適当にその辺にあった茶碗によそって
レンジで温めて (だって鍋でやると焦げそうだったから) また2階に上がった。
三橋はぐったりと目を瞑っている。

「三橋」
「・・・ん・・・・・・・」
「食えそう?」
「・・・・うん・・・・」

頷きながらも ぼーとして動かない。
食い意地の張った三橋が反応しないなんてよっぽど体がきついんだ。
オレは三橋の背中に手を回して起こしてやった。

「少しでも食え。」
「・・・うん」
「食わせてやるから」
「・・・えっ・・・・・・・」

実はこれも一回やってみたかったりして。

「い、いい・・・・・。 自分で・・・・・・・」

こんなに具合悪そうなのに遠慮だけはすんのな。
ホントこいつって人に甘えねぇヤツだよな・・・・・・・・
三橋の言うことは無視してれんげにお粥をすくって口元に持っていく。

「いい・・・・・よ。 自分で・・・・・・・」
まだ言うか。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで食え!!」

わざと不機嫌な声を出したら諦めたように口を開けた。
あぁ楽しい・・・・・・・
でも食わせてやりながらオレはまたむらむらしてきた。 マズい。
何でオレってこうなんだ。
でもいつもより頬が赤くて目が潤んでて何だか妙〜にそそるんですケド。
それになんか、アレだよな。  もの食ってる姿って微妙にエロいよな・・・・・・・

いや我慢我慢。
こんな状態の三橋を襲ったらオレ、人としてどうかと思う・・・・・・・・

三橋はぼーっとしながらも結構食った。
とりあえずホっとした。
食えない、なんてなったらマジでヤバいだろ。  何しろ三橋だからな・・・・・

食器を台所に下げて、次は薬、と考えた。
眠る前に呑ませねぇと。 でもあるのかな。
どこを探したもんかと思案していたら、居間のテーブルの上に病院の薬の袋が乗っているのに気が付いた。
てことは午前中に病院だけは行ったんだな。
説明書が付いていたのでそれを読んで、必要な分と水を用意して部屋に戻ったら。

三橋はもう眠っていた。
オレは困った。 眠るのはいいけど。
その前に呑んだほうがいいような気がすんだけど。
仕方ない。 忍びないけどちょっとだけ起きてもらおう。

「三橋」

起きねぇ・・・・・・・・
また背中に手を回して半身だけ起こさせた。

「薬呑め。 三橋」

呼びかけたらうっすらと目を開けてかすかに頷いた。 
なので錠剤を口に押し込んだ。 したら。
また寝ちゃった。
ダメだろ。 こいつ飲み込んでねぇだろ。 うーん。 仕方ない。
ちゃんと呑ませるため。 それだけだからな!

オレは水を口に含んで三橋の口に口付けた。 そのまま流し込む。

「・・・・・ん・・・・・・」

やけに色っぽい声とともに三橋が水をこくりと飲んだ。
もう一度。
いつもより唇が熱くてなんというか生々しい。
さらに念のためと、もう一度口移しで水を飲ませながらオレはまたむらむらむらと。

・・・・・・何だか我慢大会みたいになってきたぞ・・・・・・・・

とにかく薬は食道に入っていったみたいなのでそーっと体を横たえた。

はぁ。 一段落。

それから台所に行って小鍋やら茶碗だの洗った。 我ながらマメだと思う。
帰る前に様子を見ようと三橋の部屋に戻ったら、三橋はぐっすり眠っていてそれはいいんだけど。
今度は大量の汗をかいていた。   薬のせいかな。
汗を出せば熱は下がるだろう、けど。 このままじゃマズいような気が。

触ってみたらパジャマがしっとりと湿っている。
ちゃんと体を拭いて乾いたパジャマに着替えさせないとヘタすると余計悪化する。
うん、まっとうな判断だ、よな。

そう考えたオレは適当にタンスを物色してジャージの上下と下着を取り出した。
ついでにタオルも。
でもタオルを持ってベッドのそばで、眠る三橋をじーっと見ながらオレは少々困ってしまった。
三橋は熟睡してる。
てことはオレが寝てる三橋の着ているものを 全 部 脱がせて体を拭いて
乾いたのをまた着せる、てことだよな・・・・・・・・・・
オレの理性、もつ、かな・・・・・・・・・・
もたせねぇわけにはいかねーんだけど。
・・・・・・・・・・もうこれ、拷問に近いかも・・・・・・・・・・

悩んでいても事態が変わるわけじゃないんで仕方なく (あくまでも仕方なく)
掛け布団を剥いで三橋のパジャマを脱がせ始めた。
しっとりと湿った白い肌が顕わになった。 見慣れた肌。
三橋は意識なくオレのなすがままだ。

むらむらむら。

と湧き上がるモンを必死で散らしながら、そっとタオルを汗ばんだ肌に当てた。











○○○○○○

目が覚めたときやけに体がすっきりしていた。
熱のせいで体中がじんじんと痛かったのが嘘みたい。
下がったのかな・・・・・・・・・・・

ぼんやり考えながらオレは寝ている間に見ていた夢を思い出した。
すごく幸せな夢、だった。
阿部くんと、仲良く、している夢。
何だか生々しかったような・・・・・・・・

そこでハタと気が付いた。
本物の阿部くんが、来た、ような気が。
気が、じゃなくて来た。 だってここまで抱えて運んでくれて
おまけにおかゆを・・・・・・・・・・・・

そこまで思い出してかーっと顔が熱くなった、 けど。

・・・・・・あれ・・・・?
その後の記憶が・・・・・・・ない。
オレ、あの後どうしたっけ・・・・・・・・?
もしかして寝ちゃった・・・・・?
あ、阿部くん、どう思っただろ・・・・・・・
せっかく来てくれた、のに。 悪いこと、しちゃった。
あ、それに。 あの夢。
へ、変な寝言言わなかったかな・・・・・・・・
阿部くんが帰った後で見ていたらいいんだけど。 わかんないし。

1人で焦ってたらお母さんが部屋に入ってきた。

「あ、起きてたのね。」
「うん・・・・・」
「下がったみたいね。」
「うん」
「今日はごめんね?」
「ううん・・・・ダイジョブ・・・・」
「わざわざ食器洗わなくて良かったのに」

え? ・・・・それオレじゃない・・・てことは。

「阿部くんだ・・・・・」
「え?」

怪訝そうな顔をするお母さんに、阿部くんがお見舞いに来てくれたことを話した。

「へぇ〜〜。 随分しっかりした子ねぇ」

お母さんはしきりに感心している。 オレは嬉しくなった。
そうだ、よ。 阿部くんはいろいろとすごい、んだよ。
で、オレの、恋人、なんだよ・・・・・・・・
そんなことは言えない、けど。

本当に感心したように阿部くんを褒めるお母さんの声を聞きながら
明日ちゃんとお礼を言わなきゃ  とオレは思った。






○○○○○○

翌日朝練だけは大事をとって休んだ。
なので休み時間に阿部くんのクラスに行くと阿部くんはオレが何か言う前に
「もういいのか?」
と言って笑ってくれた。

「うん・・・・・・・あ、あの、ありがと」

そこでなぜか阿部くんは少し赤くなった。

「どーいたしまして。」
「オ、オレ、寝ちゃって」
「あぁいいよ別に。 具合悪かったんだから」

阿部くんはまだ赤い。

「えーと、でもおまえさ、なるべく風邪ひくなよな」

え・・・・・・。 や、やっぱり迷惑かけたんだきっと。
もっとちゃんと謝らなきゃ、と思いながら
オレは目の奥がちょっとだけ熱くなった。 あぁまずい。 こんなことくらいで泣いちゃダメだ・・・・・・・・・
そう自分を叱咤しながら我慢したから別に変な顔はしなかった思うんだけど。
阿部くんは慌てたように言った。

「あ、別に責めてんじゃねぇぜ! 考え過ぎんなよ!」

・・・・・バレてる・・・・・・・・。
何でわかっちゃうのかな・・・・・・・

「たださ、オレが我慢大会みたいになるから」
「へ?」
「拷問っつか。」
「・・・・・??」
「そんで自分がヤになるし」
「・・・・・????」
「まぁ自分のせいなんだけどさ」

阿部くんはそう言って少し笑って、それからますます赤くなった。 
阿部くんがそんな顔をするのは珍しい。

我慢大会で拷問で自分が嫌になる・・・・・・・・?

オレはさっぱりわからなかったけど。
でもとりあえず別に怒っている様子じゃないんでホっとした。

そして もし阿部くんが風邪で寝込むようなことがあったりしたら
今度はオレが看病に行って同じことをしてあげよう、 と心に決めたんだ。













                                             理性と自制と本能と 了
                                            
オマケ) B面仕様なのでご注意ください。

                                                SSTOPへ








                                               それはやめたほうがいいと思う。