プロローグ







ふと隣を見ると阿部くんは眠っていた。
思わず、寝顔に見惚れた。

映画館の中は暗くて、周囲に知っている人もいないのをいいことに
まじまじと見つめてしまった。
だって阿部くんの寝顔を見る機会なんてあまりないから。

映画に誘ってもらった時は嬉しかった。  夢かと思った。

「知り合いからチケット貰ったんだ」

阿部くんはそう言った。  オレは密かにドキドキした。

ずっと好きだった。 そしてこれからも多分ずっと好きな人。
絶対に内緒の恋だけど。
野球とは関係ない場所に2人で行く、というだけで
オレにとっては舞い上がってしまうくらいに幸せで。

もちろん、阿部くんにそんな気がないのはわかっている。
きっと観たい映画だし、2枚あるから、てだけなんだろうと思ったけど
寝ちゃった、てことは映画そのものにはそれほど執着していなかったんだ。

そう思うと、ドキドキが大きくなる。
嫌われていないのはわかっているけど、何だか特別な友達みたいに思えて。
たまたま他の誰かの都合が悪かっただけかもしれないけど、それでも。

(それだけで、もういい・・・・・・・・)

この気持ちは誰にも言うことはない。
迷惑だし、それ以前に同性だから。
両思いになれる日は絶対に来ない。
卒業したら切れる関係かもしれない。

友達として続いても、阿部くんにはすぐに恋人ができるだろう。
オレは、きっと 作らないけど。   作れないから。
この気持ちがなくならない限り無理、だと思う。
そしてこの気持ちがなくなる日なんて来ない、ような気がする。


それが悲しくて切なくて悩んだ時期もあったけど。
諦めたくて努力したこともあったけど。
でもそれももうやめた。   無駄だってわかったから。
一生片想いでいいと、そんな覚悟もいつのまにかできてしまった。


眠っている阿部くんは普段より幼く見える。
こんなふうに誰に気兼ねすることなく見られることなんて、
この先ないだろうから、オレは映画そっちのけで見続けた。
嬉しくて、幸せな気分で見続けた。

「・・・・・・ん・・・・・・・」

小さく阿部くんが声を出した。
夢でも見ているんだろうか。

と思ったら肘掛の上の右手が動いた。
僅かな動きだけど何かを探しているように見えて。

ドキドキしながら自分の左手で触れてみる。 起こさないようにそっと。
阿部くんの右手は一度止まってから、また動いて
オレの手をすっぽりと包んで緩く握ってから止まった。

ふうっと小さく息を吐いて、阿部くんは少し身じろいでからまた動かなくなった。
熟睡しているように見えた。 手はそのままだった。

信じられないような気持ちで自分の手を見つめた。
それは阿部くんの温もりに包まれている。
阿部くんの手、の中にオレの手、がある。

かあっと顔が火照るのがわかったけど、映画館だから。  暗いから。
誰も見てないから、平気だ。
この幸せな瞬間を好きなだけ味わうことができる。


オレは目を瞑った。
阿部くんの手の温もりだけに意識を集中する。
プライベートで手を握られるなんて、きっとこれが最初で最後だ。
たとえ阿部くんが知らなくても。

この感触を心に刻ませる。
いつでも取り出せるように。  思い出せるように。

目に焼き付けた阿部くんの寝顔と、右手の温もりを
誰にも見せない、心の一番奥にある宝物箱の中に大事に、 しまいこんだ。


それから、それを取り出す日のことを思って


ほんの少しだけ  泣いた。












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