理屈じゃないこと - 7





約束のその日、待ち合わせ場所にはオレのほうが早く着いた。
いないことを確認してホっとするような心地になる。
急な用事でキャンセルにならないかな 
なんてどこかで期待している自分に気付いて、苦笑した。

(前向き前向き)

念仏のように言い聞かせながら待っていると、5分もしないうちに
見覚えのあるコがやってきた。  あぁ本当に来ちゃったと思ってから、
この前三橋と待ち合わせした時の心境とのギャップの大きさに
また内心だけで苦笑いしてしまう。

「ごめんね? 遅れちゃって」
「いや・・・・・・・」
「じゃ、行こうか?」
「は? どこに?」
「そうね、 どこ行く?」

どこと言われても。
全然何も考えてなかった。
一般的にデートといったら映画とか、なんだろうかやっぱり。

さっぱり頭が回らないのはデートなんてしたことがないからだ。
三橋とだったらなんか食ってから公園でキャッチボールってとこか。

ぼけっと考えていると彼女のほうが提案してくれた。

「とりあえず何か飲まない? 喉渇いちゃって」
「あー、うん」

有難くそれに乗る。 正直考えるのが面倒なので決めてもらえるのは助かる。
適当に歩いて、入る店まで彼女が決めた。
こういうのって三橋は絶対ダメそうだ。
三橋とだったらオレが好きなとこになっちまいそう。

(つーかこんなこじゃれた店入らねーし・・・・・・)

ヤロウばかりで入る店はラーメン屋とか立ち食い蕎麦とかマックとかがほとんどで、
慣れてないせいか落ち着かない。
見回しても女性ばかりか、カップルがほとんどだ。

(ハタから見たらオレもそうなのか・・・・・・・)

むずむずした、けど顔だけは平静を装う。
席に向かい合わせに座って注文が済んでから、いよいよ本格的に困ってしまった。
何を話せばいいのかわからない。
三橋とでもあんま話すことなさそうだけど。  野球の話以外は。

(でもあいつなら別に話さなくてもいいし・・・・・)

改めて3年という年月を思ってしまったのは、
最初のうちは会話がもたなくて苦労したからだ。
最後のほうは何も話さなくても気を遣わないくらい馴染んだ相手になった。
それやこれや懐かしく思い出しながら、ここでもぼんやりしていたら。

「阿部くん」

改まった声で名前を呼ばれて思考が中断した。

「へ?」
「今日はあんまり話さないね」

いや実はいつもあんまり話さないんです。 こないだは特例で頑張っていたんです。 

なんて言えないもちろん。

「もっとよく話す人かと思ってた」
「あ、ごめん」

そうだこの線で向こうから幻滅してくんねーかな と思ってから
(前向きは?) と自分で突っ込んでしまった。

「いいよ別に。 おしゃべりな男の人って実はそんなに好きじゃないし」

彼女はにっこりした。
オレはがっかりした。
同時に思った。 じゃあ三橋相手でも幻滅することはないだろうなと。
がっかりが顔に出ないように意識したところで、
彼女の注文したケーキと紅茶が運ばれてきた。 それを見ながらまた思い出す。

(あいつ、甘いの好きだったよな・・・・・・・・)

じーっと見てたら誤解されたらしい。

「一口、食べる?」
「え、 いや」
「そう?」
「甘いの苦手なんだ」
「あー、男の人ってそういう人多いよね?」
「・・・・・・人にもよるけどな」
「アタシ太っちゃうからあんまり食べられないんだけど、大好きで」

甘い物をいくら食っても太らない体もある。
とまたもや思考が同じところ (というか人) に戻ったところだったから。

「ねえ、野球以外で興味あることってなに?」

という質問にあやうく 「三橋」 と答えそうになった。
高校では 「三橋」=「野球」 だったけど今は違う。
今さらながらふと寂しくなった。  感傷を追い払ってから、改めて考えて。

「・・・・・・なんだろう?」

半ば真剣に困惑しながら、正直に答えたら笑われてしまった。

「阿部くんてホントに野球が好きなんだねえ」

屈託なく言う様子は嫌味がなくて、多少強引なところもあるけど
いいコなんだろうなと思う。
ぼけっとしている (であろう) オレの態度に気を悪くしている素振りもない。
最初だから気を遣っているのかもしれないけど。

「こないだ観た映画でね」
「はあ」

彼女が出してきた映画のタイトルは疎いオレでも知っている、というくらい
有名な話題作だった。 だから出したんだろうけど。

「阿部くんは、まだ観てない?」
「うん」

予定すら、ない。

「観るといいよ?」
「はあ」

別にいい。

本音は全部ココロだけでつぶやいていたら 「見所」 について説明を始めてくれた。
適当に頷きながら唐突に思い出した。
一度だけ、三橋と映画を観たことがあった。 
チケットを貰ったかなんかしてオレが誘ったんだ。 
捨てるのも惜しかったし、真冬で練習も夏より少なかったから時間もあった。
映画好きとも思えない三橋が、何だかえらい喜んでくれたもんでオレも気分良くて、
そのくせいざ映画館に入って座ったら、始まって10分もしないうちに爆睡して
気付いたらエンドロールだった。 
気まずい思いで隣を見たら、三橋も口を開けて寝こけていて笑ってしまって、
起こしてからまた2人して笑いあったっけ。 あれはあれで。

(・・・・楽しかったな)

「・・・・・聞いてる? 阿部くん」
「あ、 うん」

三橋の笑顔の残像を掻き消しながら、目の前の顔に焦点を合わせた。

「というのが評論家の専らの意見なんだけど」
「ふーん」
「でもアタシはそれ、納得できなくて」
「えーと、今度観てみる。 その辺に注意して」
「そう?」

満足そうに笑ったので、流れに違和感はなかったみたいだ。
やれやれとこっそり息をついた。 そして思った。

あとどれくらい、オレはここに座ってなきゃならないんだろう。








○○○○○○

店を出たのは1時間後だった。
その時点でオレはもうはっきりと自覚してしまっていた。
結局彼女がなんだかんだと他愛無い世間話をするのに
適当に相槌を打つだけに終始してしまった。  それだけならまだいいけど。

問題なのは、全ての話をいちいち三橋に関連付けてしまうことだ。
何を言われても 「三橋だったら」 と考え始める自分が痛い。
気をつけてないと、思い出ばかり追っている。
意識があさって (この場合はおとといというべきか) のほうに飛んでは慌てて戻す、
の繰り返しで無駄に疲れた。

こんな調子で彼女とお付き合いなんてできるわけない。
相手に対しても失礼な話だと、さすがに思う。
付き合っていく過程で変わるかもしれないけど、現時点では絶望的だ。
第一楽しくない。  こんなことしてる時間があったら、たとえ片想いでもいいから。

(三橋に、会いてぇ・・・・・・・・)

心からそう思った。 そして決めた。

(やっぱり今日を最後にしよう・・・・・・・)

今日だけはなるべく楽しく付き合って、それからチャンスを探してきちんと言おう。
実は好きな人がいると。
なじられたら、潔く謝ろう。 
その気もないのに、思わせ振りなことをした理由だけは言えないけど。

密かに決めたら心が軽くなった。  なので出たところでの

「悪いけど、ちょっとショッピングに付き合ってくれない?」

というオレにとっては目を剥くような頼みにも笑顔を作って頷いた。
貴重な体験と思えばいい。

とはいえ、これは大分キツかった。
さんざん引っ張り回されて、服だの小物だのが並んだ興味のない店に入っては 
「これどう思う?」 とか 「これ似合うかな?」 とか聞かれたりする。
早く決めて欲しくてオレなりに一生懸命考えて意見を述べてやると
「やっぱりそうかな?」 と今にも買いそうな顔をしたかと思うと結局買わずに
次の店に向かう。 理解できない。

正直、まいった。

だもんでそれも一段落して 「疲れたから座りたい」 と彼女が言った時、ホっとした。
また店に入るのも金かかってヤだなと見回すと
繁華街の通りから僅かに入ったところに、ぽかっと箱庭みたいに狭い公園があった。
これ幸いとそこに入ってベンチに並んで座る。

「いっぱい付き合せちゃってごめんね? 大変だったよね?」

明るく、でも気遣いを滲ませながらの言葉に
悪いコじゃないんだよなぁと一瞬惜しむような気も湧いたけど。

これ以上いっしょにいたいとは清々しいくらいに思えなかった。
だから今がチャンスだと思った。
ここでちゃんと話をして、今日の御礼も言ってさようならしようと。
御礼を言うのも変な気がするけど、向こうだって時間を割いて来てるわけだし
多分それが社会の礼儀ってもんだろう。

「これからどうする? 何か食べよっか?」
「あー、あのさ」
「どこか阿部くんのお薦めの店とかある?」
「や、そうじゃなくて実はオレさ」
「え、なに?」

まさに言おうとしたその瞬間だった。 幻が見えたのは。

オレは口を開けた状態のまま、凍りついた。 文字どおり、固まった。
目に映っているものが信じられなくて、ぱちぱちと数回瞬きした。
でも願いむなしく、幻は消えなかった。

小さな公園の入り口からオレをじっと見ているのは

紛れもなく、 本物の三橋だった。













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