理屈じゃないこと - 4





当の三橋は鳥のから揚げにかぶり付いていて上の空で、ざまーみろと思いながらも
ムカムカが消えない。

なぜか、なんてわからない。 とにかく気分が悪い。
女の目も、仕草も何もかも気分悪い。
さっきから三橋の皿に料理を取り分けてやっているのも癇に触っていた。
それはオレの役目だ。  でも邪魔するといっても。

(どうやって・・・・・?)

集中して考えた。 まず浮かんだのは。
三橋の悪いところを並べ立てて幻滅させる。
ちらと隣の三橋を盗み見た。  ダメだ、とすぐに却下した。
三橋は高校の3年間で大分変わったところもあるけど、基本的に卑屈だった。 
本人の目の前でそんなことできるわけない。

(じゃあどうするか・・・・・・・)

三橋には好きな相手がいると、暴露してやればいいんじゃないか。

思った途端にぎしりと、体の中の何かが軋んだ。 そのことにびっくりした。

(・・・・・・・ナンだこれ・・・・・・・?)

確かに面白くない事実だという自覚はあるけど
それにしてもこの言いようのない気持ちは何だろう。

とまどいながらも、突き詰めて考えている時間はない。
どちらにしろ、この方法はいいように思えるけどでも。

(三橋のプライバシーだし・・・・・・・)

もしかしてオレだから、教えてくれたのかもしれない。
もちろん高校の時すでに誰かに相談していた可能性もあるし、
それだったらこんな優越感じみた感情はバカみたいだけどそれでも、
勝手に暴露することでオレへの信頼を踏みにじるような気がした。
自惚れかもしれないけど、生理的にやりたくないという気分が強い。  となると。

さり気なく、でも確実に諦めさせる方法なんてあるだろうか。
と目を瞑って熟考していたら。

「阿部くんて、もてそうだよねえ」

え、 と顔を上げた。 から揚げに夢中な三橋に一時話すのを諦めたのか、
彼女はオレの顔を光る目で見詰めていた。

「・・・・・そんなことねーよ」
「ううん、 私の友達にもファンとかいたもん」

へえ、 と本心から驚きながらふと、掠めた方法があった。
でもそれは。

(・・・・・・・最低、かも)

かもじゃなくて、最低だ。 今ここで頑張って女の目をオレに向ける。
その後別に付き合うつもりもないけど、とにかく三橋から離すために。

(最低だけど・・・・・・・)

そんなに思惑どおりいくわけない。
女の子の好きな話題とか知らないし、会話すること自体面倒くさいのに
相手の気を引くなんてできるわけない。  だからつまり。

(ダメもとだし・・・・・)

内心で言い訳しながらオレはそれまでのむっつりから一転して
彼女に向かって微笑みかけた。 それから話し始めた。
幸い野球ファンみたいだからとプロ野球の話題なんぞ出すと、目を輝かせて食い付いてきた。
得意分野だからネタには事欠かない。
オレの話に明るい笑い声を響かせる彼女に、後ろめたさと気分の良さが交錯する。 
何が気分いいかというと。

三橋と女が話さなくなった。
今度は三橋が聞き役だ。
元々そんなにしゃべるタイプでもないから
にこにこと聞きながらひっそりと食べたり飲んだりしている様は
高校時代も見慣れた光景でそのほうがしっくりきた。  でも。

予想した以上に盛り上がって、出血大サービスで笑顔を披露しながら、
何気なく三橋の顔を窺ったオレは、内心でぎくりとした。
それまでのいい気分が急速に萎んだ。

三橋はオレの顔を見ていた。 

慌てたのはその目が。
妙に、無機質に見えた、 からだ。


あの時オレの部屋で見たのと同じ目だった。


「で? その後どうなったの?」
「あ」

続きを促されて、視線を彼女のほうに戻しながらオレは少し焦っていた。
同時に今頃気付いた自分に愕然とした。
女の邪魔をしたい一心だけどこれはつまり。

(三橋の邪魔にもなってる・・・・・てことじゃ)

いくら三橋が鈍感でも、最初の切り出しを考えれば
彼女が三橋目当てなのは本人にもわかったんじゃないだろうか。
三橋はこの前 「好きな人がいるからいい」 と言っていたけど、
もしかしたらそっちは諦めて恋人を作る気がないとはいえない。
そうだとすると、オレのこの行動は三橋にとっての 「チャンス」 をも潰しているということで。

慌しく考えを巡らせながらもオレは愛想を振り撒いた。
女も今はもう主にオレのほうに向かって話している。
時折三橋にも 「ね?」 などと振っているけど、
三橋の反応があまりにシンプルに 「うん」 だけなので結局またオレと話す。
思惑どおりのはずなのに、その度にヒヤリとする。
でも途中でやめるわけにはいかない。
何だかおそろしくアホなことをしている気がしてくる。


三橋にどう思われているのか気になって仕方ないのに、
もう一度その顔を見る勇気はとうとう最後まで出なかった。







○○○○○○

一次会が終わって店の外に出た時、オレは疲れ果てていた。 へとへとだった。
歩き出さずにその辺にたむろする恰好になった一同の端っこのほうで、
細く長ーいため息が意識せず出た。

慣れない笑顔に慣れないサービスによる疲労に加えて、三橋のあの目が気になる。
それとなく窺っても今はもう、水谷と楽しそうに話していて心中のほどは予測がつかない。
ぼーっとその横顔を見ていると、誰かにつんつんと背中をつつかれた。
見たらさっきの女だった。

「これ、私の携帯」

差し出された小さな紙片を反射的に受け取りながら、事の次第を認識した。 
正直、内心で慌てた。

(でも連絡しなけりゃいいんだし・・・・・・・・・・)

思いついてホっとした、途端に。

「阿部くんのも、教えて?」
「は?」
「だから携帯の番号」
「あ」

断らなきゃと、 思いながら教えてしまったのは流れ、てやつだ。
ここで教えないのは流石に不自然だということくらいはオレにもわかる。
実は邪魔をするためでしたなんて言えるはずがない。
こうなることはちょっと考えれば予測できたはずなのに、ちゃんと考えてなかった。

書いたメモを渡しながら罪悪感が募った。
同時にうまくいったという満足感も確かにあった。
三橋がこの女と付き合うことはない。
思惑どおりに事が運んだことに、信じ難いような高揚した気分もどこかであった。

でも本音のところで一番強く感じていたのは、それらとは全然別のことだった。
お互いの番号交換のこのやりとりを。

(三橋に見られたくねえ・・・・・・・・)

尚も話しかけてくる彼女に生返事を返しながら、素早く三橋のほうを一瞥した。
願いむなしく、さっきまで話していたはずの水谷は別のヤツと何事か話していて
三橋はぽつんと立ってこっちを見ていた。 また慌てた。
傍に行って言い訳したい衝動に駆られた。 
直後に我に返った。

(何の、言い訳だ・・・・・・・)

オレは付き合うつもりはないとか?
おまえの邪魔したかったわけじゃないとか?

つもりはどうあれ、邪魔したことに変わりはない。
三橋はオレに対して怒ってるんじゃないだろうか。

(次の場所でも、三橋の隣に座って・・・・・・)

フォローしておきたい、 と切実に思った、ところで水谷が一同に言った。

「2次会はカラオケでどう?」

賛成の意を唱える複数の声が上がる中、オレは三橋だけ見ていた。
だから三橋が目立たないように水谷に寄って、何か言っているのを認めるや近付いた。

「え? 帰るの?」

水谷の言葉を聞いて、それならオレもいっしょに帰ろうと思ってからすぐに
方向が反対だと気付いたけど。

「オレもここで帰るよ、水谷」
「え? 阿部も?」

口をついて出た言葉に水谷が文句のありそうな顔をした時も、
それを目の端で捉えながらオレは三橋しか見ていなかった。
三橋のいない2次会なんて行く意味がない。

せめて駅まででもいっしょに帰りたかった。
その間に、何か話したい。 上手いフォローの仕方も思いつかないけど、
とにかく2人で話して安心したかった。

三橋は水谷からオレにゆっくりと、視線を移した。
目が合うと、僅かに微笑んだ。 
その顔に違和感を感じた、 のは何故だかわからない。
後ろめたさのせいか、実際に変だったのかなんてことは。

「行けば、いいの、に」

小さなつぶやきが聞こえた。
いっしょに帰ろうぜ?  と出掛かった言葉が喉で止まった。
なんだオレ、 と気を取り直して再び口を開いたところで三橋がまた言った。
小さな声だったけど、鮮明に聞こえた。

「うまく、いくと  いいね」

その言葉の意味を認識して絶句している間に、三橋は去っていった。
信じられないくらい素早かった。

雑踏に消えていく後姿を見送りながらオレは動けなかった。

ただ、はっきりと理由のわからない焦燥感だけが胸に渦巻いていた。















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