理屈じゃないこと - 3





多分オレは過敏になっていたんだと思う。
そしてそれは、あの日のオレの部屋での三橋との会話のせいなのは間違いない。

まったく悪気のない水谷の言葉に無意識に過剰反応してしまった。

「彼女とかさ、作る気ない? 阿部くん!」

ぎろりと睨むと水谷は 「わー怖い」 と怯えた振りをしながらも
全然怖がってないことがわかる。

水谷と同じ大学になったのは偶然で、年が明けてからお互いに知った。
水谷は野球部には入らなかった。 学部も違う。
けど2年までは一般教養がメインだから、
教室や学食などで顔を合わせる機会は結構多い。 会えばそれなりに世間話なんぞする。
ヤツだって3年間いっしょに戦った仲間で同じクラスだった時もあるし、お互い気心が知れている。
その水谷が構内で遠くからオレを見つけるなり、
いそいそした様子で近付いてきて藪から棒に言った言葉がそれだった。

「別に要らねぇ」
「え、 マジでえ?」

間延びした声は、でも今度は若干本気の驚きも含まれている。
なので一応改めてそれについて考えても。

「・・・・・・・・あんま、興味ねーかもオレ」
「えー、そんな」

慌てた表情に、ただの世間話以上の何かを感じる。

「・・・・なんでそんなこと聞くんだよ?」

無愛想な調子になってしまったのはわざとじゃない。
脳裏にあの時の三橋の言葉が浮かんで面白くない気分が蘇ってしまったせいだ。
水谷は えへへ、 と意味ありげに笑った。

「阿部さ、合コン出ない?」
「出ない」
「即答しなくてもいーじゃんかよー」
「金ねーもん」
「安いとこにするから! 割り勘だし!」
「だから興味ねーんだって!」
「なんでだよー。 若者でしょ? 彼女欲しくないの? 阿部って変じゃない?」

矢継ぎ早に異常性を主張された。
なんでと言われても答えられない。 理由なんてない。
ただそんな気になれないだけだ。
黙っていたら水谷はぶつぶつとぼやいた。

「いやまぁ、阿部はそう言うんじゃないかとは思ってたんだけど」
「じゃあ聞くな」

珍しく真剣に困ったような顔になった。

「出るくらい別にいーじゃん」
「悪いけど、他当たってくれ」
「オレまだそんなに友達できてないんだよ」
「ウソつけ」

これは本音だ。 水谷は明るくて人当たりがいいせいか、
高校時代から友人が多かった。 少なくともオレよりは。

「何人かに声かけたんだけど忙しいヤツばっかでさ」
「オレも忙しいんだ」
「花井も結局ダメだったしなー」
「え」

聞き捨てならない言葉だった。

「花井・・・・・・・?」
「え、 うん、 でもダメだって」
「あいつ、別の大学だろが!」
「あー、そうなんだけど。 人足りなくてさ」
「だからって・・・・・・・」
「それに、実は三橋がメインだし」

ぎょっとした。  何でここで三橋の名前が。
いや花井が出てきた時点で、高校の野球部連中に声かけたってことだから
変じゃない、 変じゃないけどこの場合問題なのは。

「メイン、 て何だよ?!」
「あー、だからーつまりー」
「早く言え!」
「・・・・・・阿部って、相変わらずせっかちだよねえ」
「おまえが呑気過ぎんだよ!」
「だからさ、三橋目当てのコが知り合いにいるわけ」
「・・・・・・・・・・・・。」
「元々はファンだったみたいなんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「そのコにさ、三橋のこといろいろ聞かれて
 出会いの場をお願いv とか 頼まれちゃって」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「三橋に電話して聞いたら、彼女とかまだみたいだし」
「・・・・・・・・あいつ、 行く って・・・・・?」
「え? うん。」
「・・・・・・・・自分目当てのコがいるから・・・・・?」
「あー、それは言ってない。 ほら、無駄に緊張しそうじゃん?」
「・・・・・・・・・・。」
「最初渋ってたんだけど野球部連中にも声かけるしって言ったら、乗り気になってくれて」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「でもみんな今忙しかったり金欠だったりでダメで」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「だからさー、せめて阿部だけでも」
「わかった」
「へ?」
「行く」
「え、ほんと?」
「うん、行く」

槍が降っても這ってでも行く、 なんてことは言わずに表面は涼しげに約束してやった。
やー助かるよ  とホっとしたように繰り返す水谷を見ながら
オレは、慣れ親しんだお馴染みの感情が身内に湧くのを感じた。  「怒り」 だ。

何で合コンだ。  何でそんな頼みを聞くんだ。
三橋も何でそんなもんに参加するんだ。

次々と湧き出てくる文句は、でもよく考えれば怒るようなことじゃ全然ない。
誰も悪くない。 よくある、当たり前のことだ。
三橋が合コンに出るのだって、三橋目当てのコがいたって変なことじゃない。  
三橋にファンがいるのだって別に不思議なことでもない。 それなのに。

(何でこんなにムカつくんだ・・・・・・・・)

三橋に先を越されるのがイヤなのかもしれない。
案外自分で気付いてないところで本当は恋人が欲しいのかもしれない。


という推測はまるでしっくりこなかった。
けどとにかく、その合コンにオレも出てそれで。

(どうするんだオレは・・・・・・・・)

改めて考えて、そして途方に暮れた。
自分がどうしたいのかよくわからない。  でも、と思い直した。

(三橋にまた会える)

ぽっと胸が温かくなるような心地がした。

また、会える。  馴染んだあの空気に浸れる。
それだけでも行く価値は充分にある。
そこだけに着目して、オレはその日を待つ心境になった。








○○○○○○

そんなふうにどこかそわそわと浮かれた気分で参加したオレだったけど、
楽しい気持ちは早々に明後日のほうに飛んでいってしまった。

最初は良かった。
指定の店に行くとすでに三橋は来ていて、オレを見るとホっとしたように笑った。
オレも返しながら吸い寄せられるように隣に行って座れば、
「げ、元気?」 なんて聞いてくる声すら心地よくて非常に気分が良かった。
けどいい気分はそこまでだった。

程なくして数人の女が到着して男5人に女5人総勢10人の合コンが、水谷の仕切りで始まった。
最初の自己紹介なんぞが終わったところで、
前に座った女が目を輝かせて三橋に話しかけてきた。

「三橋くん」
「え、あ、 はい」

こいつか、 と思った。
水谷の言っていた三橋に気があるってやつ。
苦々しい気分を抑えようと努力はしても到底おっ付かなくて、顔に出さずにいるのがせいぜいだ。

「私のこと、覚えてる?」
「「え?」」

ハモってしまった。 三橋とオレだ。
初対面じゃなかったのか?

「3年の時、学校まで行ったことあるんだけどな」
「え」

え、 しか言わない三橋に少し安心しながら内心で驚いていた。
それは相当なファンだったんじゃ。

「秋くらいだっけなぁ、 門の前で待ってたんだけど」
「あ・・・・・・・・・・」

三橋の表情が変わった。 思い出したらしい。
だけじゃなく、頬をほんのりと染めやがった。

(オレ、そんなこと知んねーぞ・・・・・・・・)

感じたのはこないだと同じ感情。 寂しいような面白くないような。
三橋にわざわざ会いにきた女がいたなんて全然知らなかった。
そんなこと自慢するような性格じゃないし、オレが知らなくても不思議じゃないんだけど。
女房役として密に関わっていたけど、オレの知らないことは
思った以上にたくさんあるのかもしれない。

「思い出してくれた?」
「あ、 うん・・・・・・・」

内心で憮然としている間にも会話は進む。
主に女が自己紹介じみた話をしているだけだけど。
オレは加わるでもなし、さりとて他に意識を向けることもできずに
食いもんに専念しているフリで聞いてるしかできない。
何赤くなってんだよ!  という罵倒も心でつぶやくだけだ。

一旦話を切って ふふふ、 と女は意味ありげに小さく笑った。 ムカつく。

「三橋くん、変わらないね!」
「そ、そう?」
「うん」

えへ、 と曖昧に笑う三橋を見て女も楽しそうに笑う。 またムカつく。

「3年の夏の大会でね」

女が野球の話題を振ってきたんで、三橋もぎこちないながらもぽつぽつと返事をする。 
ちゃんと会話になっている。
オレが三橋とまともに会話できるようになるまでかかった時間を哀しく思い出したりする。
1年の最初の頃は本当に大変だった。  それにいろいろあった。

あれこれ思い出して1人で感傷に浸っていたら。

「あの試合では阿部くんが」

びっくりしたのはその声が三橋のものじゃなくて、その女のものだったからだ。

「え、オレのこと知ってんの?」

思わず聞いていた。 女は可笑しそうに笑った。

「当たり前だよぅ。 私、西浦のファンだったんだから」

へえ、 と少し気を良くした。 でも束の間でそれは終わった。

「特に、三橋くんの」

流し目、ってこういうのいうんじゃねーか、 という目で三橋を見た。

それを見た瞬間だったと思う。  決めたのは。

(邪魔してやる・・・・・・・・・・・・・・)














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