理屈じゃないこと - 2





狭くて呆れるんじゃねーかと思っていたけど、
三橋は部屋に入りなりまずきょろきょろと見回してから うへっと嬉しそうに笑った。
本当に楽しそうに見えて、オレもまた嬉しくなる。

「テキトーに座って?」
「うん・・・・・・・」

そうは言っても座る場所なんて限られている。
6畳間の部屋にはベッドとTVと机兼食卓の小机くらいしかないから、
三橋も迷わずに小机の傍らに腰を下ろして壁に寄り掛かって、ホっと息をついた。
まだ頬が赤いところを見ると酒が残ってんだろう。

「コーヒーかなんか飲む?」
「うん・・・・・・・」
「おまえは牛乳と砂糖入れるんだよな?」
「・・・・・ん・・・・・」

問いかけに頷く様子がどこか物憂げなのは少し酔っているんだろうか、
と判断しながらここでもオレは満ち足りた気分だった。

オレの部屋に三橋がいる。

それがひどく嬉しい。 自分の殺風景な部屋がいつもと違って見える。
何でもっと早く会わなかったんだろう。

「熱いから、気をつけろよ」

マグカップを手渡しながら言うと三橋は小さく笑った。

「なんか、懐かしい・・・・・・」
「え?」
「阿部くんの、そういうとこ」
「え? あ・・・・・・・」
「店でも、 そう 思ったんだ・・・・・・」

ああ、 と納得した。 思わず自分でも笑ってしまった。
栄養云々と言った時の三橋の笑顔はそういう意味だったのか。
習慣てのはそう簡単には直らないんだなと思いながらも、何だか気恥ずかしい。

照れもあって、咄嗟に口走ったのは思ってもいなかったことだった。

「おまえってさ、世話の焼き甲斐あるから年上の女とかが合ってそうだよな」

笑いながら言ってから自分の言葉にどきりとした。
次に笑いが中途半端に凍りついた、 のを感じた。

三橋がじっとオレを見たからだ。 
それもコーヒーを飲もうとした手をわざわざ止めて、だ。 
心臓が不自然に跳ねた。

(なんで・・・・・・・)

オレはこんなにドキドキしてんだろう。
笑ったまま顔が引き攣っているのが自分でもわかる。
一体オレは今どんな顔してんだろう。 さぞや妙ちくりんな顔に違いない。

三橋の顔が初めて見る人のそれみたいに見える。
まだ目元がピンク色で、色の薄い大きな瞳がまっすぐにオレを見つめていた。
人より感情を映しやすいはずのそれは、今は何も窺えない。
ガラス玉のように感情がないみたいに見える目。 
なのにハっとするくらい綺麗だった。

(・・・・・・・こんなに色っぽかったっけ? こいつ)

呆けながらそう思った。
でもそれはほんの一瞬のことで、すぐに三橋は笑った。 柔らかく。

「うん、そうかも、ね・・・・・・・・」

見慣れた笑顔だったんで、魔法が解けたようにオレも我に返った。 
動悸はまだ収まっていなかった。
やっぱり大学生になってから何か変わったんじゃないだろうか

という疑問とは別に、それより強く気になったのは自分で言ったほうの言葉だった。

(・・・・・・・・三橋に、女・・・・・・?)

自分で言ったくせに嫌な感じがする。
ついさっきまでの楽しい気分が薄れていって、
代わりにもやもやとした正体のわからない不快なものが湧き上がる。
話題を変えたい、と思いながら口は逆の言葉を発していた。

「彼女とか、欲しいのおまえ?」

当たり前なことを聞いた。 答なんて聞かなくてもわかってる。
誰だって欲しいに決まってる。

思ってからハタと気付いた。 オレは。

(オレって、欲しいのかな・・・・・・・・?)

他人事みたいな気がした。
彼女なんて考えたこともなかった。
体の疼き、みたいなのは人並みにあるけど、だからといって
彼女が欲しいという発想には今までならなかった。
野球のことばっか考えてた。 三橋だってそうなんじゃないか。

と考えたところだったから、次に聞こえた三橋の言葉に酔いが吹っ飛んだ。

「オレ、 す、好きな人  いる、から」

「・・・・・・・は?」
「片想い、 だけど」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「だから、 いい んだ」
「・・・・・・・・・・・・・。」


頭がちゃんと回らないのは何でだろう。
絶句しているオレの目の前で三橋は再び微かに笑った。
何か、 何か言いたい。  聞きたい。  でも何を?

「・・・・・・・いつから?」

軽い感じで言おうとしたのに、声が掠れた。
一拍間があった。
ほんの僅か、三橋は迷うような顔をした。 でも次にちゃんと答は返ってきた。

「・・・・・・・3年生の、始めくらいから、 かな・・・・・」


頭を殴られたような気がした。


3年。  3年生。  知らなかった。  三橋に好きなヤツ。
誰だろう。  どんなコだろう。
オレの知ってるやつだろうか。
西浦の生徒なら知っているかもしれない。
ひょっとしてマネジとか。  モモカンとか。  (それはないかいくらなんでも)

奔流のように疑問が渦巻くのに1つも言葉にできなかった。
代わりに出てきたのは。

「うまくいくと、いいな」

だった。








○○○○○○

その夜、眠りはなかなか訪れなかった。
ベッドに横になりながら、隣に敷いた客用布団に眠る三橋の顔をじっと見つめた。
結局あの後は大した話もせずに、もう寝ようという流れになり
三橋は横になるなり、すとんと眠ってしまった。
三橋の寝顔は合宿とかで結構見る機会があったから、別に珍しくもない。
けど、オレは初めて見るような新鮮な気持ちでしばらく眺めていた。

(三橋が恋、ねえ・・・・・・・・・)

どうにも実感が湧かない。 
ショックだったのはまるで知らなかったからだと思う。
まさか高校時代にもうそんな対象がいたなんて知らなかった。 女房なのに。
三橋のことなら何でも知っていると思い込んでいたのに、いつのまに。

(何だよそれ・・・・・・・・・)

面白くない気分はどうしようもない。
それだけオレの生活は野球と三橋一色だったからだ。
三橋にとっても野球第一だったのはオレが一番よく知っているけど。
それとは別のところで、ちゃんと好きな女なんぞがいたんだという事実は
オレとしては複雑だし、それに。

(水くせえ・・・・・・・・)

思ってから、すぐに気付いた。
実際相談でもされたらどうだったろう。
野球に恋は邪魔だとムカついた可能性のが高い。
それがわかっていたから三橋は言わなかったんだろう。 それに相談とかなら。

(田島とか、他にも・・・・・・・・・)

オレより言いやすい相手はたくさんいた。
というかオレが一番言い難かったんじゃないか、なんてことは考えるまでもなくわかる。
オレは怒ってばかりだったし、三橋はしょっちゅうビクついていた。
流石に最後までそうだったわけじゃないけど、オレの短気は最後まで直せなかった。

はあっ と、我知らずため息が漏れた。

何のため息かなんてわからない。
会えて話せて、懐かしくて嬉しかったのは本当だけど。
誰よりも知っていると信じていた相手のことを、実はそれほどわかっていなかった。

これからだって。
朝になったら三橋は帰っていって、次にいつ会えるかもわからない。
今度会えた時にはもう、それこそ彼女とかできてるかもしれない。
さっき言っていた前から好きな相手じゃなくても、新しい出会いだってあるだろうし。


何気なく、手を伸ばして髪を撫でてみた。   起こさないようにそっと。
何度か触った記憶のままに、柔らかい感触だった。


ひどく、やるせないような気分だった。














                                               2 了(3へ

                                               SSTOPへ






                                                      鈍い。