理屈じゃないこと - 13





ピンポーンという音を耳にしながら鼓動が速くなった。
ただでさえ走った上に気持ちのせいでますます負荷がかかって、
心臓発作を起こす前に出て欲しい、と念じながら待てど反応なしで、つまり。

(いねえ・・・・・・・・・・・)

無駄にドキドキしながら押した分、どっと疲れた。
やけくそで何度が立て続けに押してみる。
ヒステリックなチャイムの音が空しく聞こえるばかりで、やめた。
念のためとダメもとで再度携帯にかけても同じ結果に終わった。 でも。
すごすごと帰る気には到底なれなかった。
あっさり砕け散る結果になろうとも、今日中にはっきりさせたい。

なので、ドアの前に座り込んで待つ体勢になったところで。
同じ階の住人と思しき人間が目の前を通り過ぎながら、ちらりと視線を送ってきた。
「うさんくさい」 とあからさまにその目は告げていた。
目が合った一瞬後には明後日のほうに逸らされたけど。

(ここじゃ、マズいか・・・・・・・)

オレが変な目で見られるのはともかく、三橋が悪いイメージを持たれるのは避けたい。
しぶしぶと立ち上がってひとまず外に出る。
マンションの入り口が見えてかつ、不審に見えない場所はないかと見回すと、
寂れた感じのバス亭があって傍らにベンチがある。
時刻表を見ると閑散とした本数だったので、ラッキーとばかりにそこに腰を落ち着けた。
少し離れているけど、マンションの入り口と三橋の部屋のある2階の通路はよく見える。
どれくらい待つことになるかと思うと、ため息が出そうになるけど
それでも帰る気にだけはどうしてもなれなかった。



三橋の姿が見えたのは、きっかり2時間後のことだった。
いい加減待ちくたびれていたので、ホっとするはずが。

できなかった。

思いがけないことに、三橋は1人じゃなかった。
隣に女がいた。 知らないやつだ。
並んで歩きながらこちらには気付いていない。
別の意味でドキドキした。 こういう事態はまるで考えてなかった。
声をかけていいものかと躊躇している間にもうマンションの入り口に着いている。
そこで何やら立ち話を始めた。

(誰だろう・・・・・・・・・・・)

まさか、三橋の部屋に入る気じゃ、 と眉を顰めてから気付いた。
ここら辺は繁華街というわけじゃない。
いっしょに歩いているのはたまたま方向がいっしょというよりは、
三橋の家に来たというほうが自然だ。  動悸が激しくなった。 

予想したはずだったのに、三橋といっしょに見知らぬ女が部屋に消えていくのを
呆然と見つめた。
時計を見ると4時を回っていた。  異性の友達が入る時間にしては。

(若干、遅くねーか・・・・・?)

友達でなければ恋人ってことになるけど。
でもあり得ない。  先週の今日でそれはないだろう。
たとえ天変地異が起きて三橋の心境が変わったとしても、失礼な発想だけど
三橋にそんなに簡単に彼女ができるとは思えない。

都合のいい思考にハタと我に返って、苦く笑った。
実際に三橋を好きな女とついさっきまで会っていたんじゃないか。
言い寄る人間が他にもいたって不思議じゃない。
でもとにかく恋人ではない、という確信だけはあったんで。

(これから、どうするかだ)

落ち着いて、次の行動を思案した。
幾つか考えて検討して結局、女が帰るまでさらに待つ という無難でかつ
げんなりする結論を出した。
今訪ねたところで、第三者のいるところで目的のことは聞き出せない。
友達ならせいぜい2時間もすれば消えてくれるだろう。 時刻を考えても。

そう踏んで再び座り直した。 大分惨めな気分になっているのは仕方ないと思う。
現段階ですでに2時間待っていて、これからまた同じだけ (あるいはそれ以上)
というのは流石にキツかった。
それを半ばヤケクソとはいえ、実行して待とうとしているオレは大概アホだけど、
それよりやっぱりこういうところが。

(恋、 かあ・・・・・・・・・・・)

何となくしみじみしてしまった。
効率が悪いとか理不尽とかの理屈よりも、圧倒的に感情が勝つ。
三橋はこんなモノを抱えながら表に出さずに野球をやってたんだなあと
改めて感心するような気分になった。
いろいろとしっかりしてない部分も多いやつだけど、実は芯は強い三橋らしい。

けど、そんなしみじみは長くはもたなかった。
1時間が経過する頃にはカケラも残っていなかった。
一向に出てくる気配のないドアを睨みながら内心で毒づいた。

(なにやってんだよ!)

イライラしちゃダメだ、と自制するそばから苛立ちが湧き上がる。
待つのが苦痛というよりは、いっしょにいるのが女だという事実が
どうにも気になって仕方がない。
もう一度携帯を取り出してかけてみても、相も変わらず繋がらなくて。

「あのヤロウ・・・・・・・・」

携帯の意味ねーじゃん! と理不尽な怒りまで湧く始末。
こんなに近くにいるのに。 聞きたいことがあるのに。
その結果によってはお互いにこれ以上ないくらい幸せになれるのに。
違ってるなら逆にこんな期待は早く捨てたい。
期待する時間が長引けば長引くほど、反動が大きくなる気がする。
それを想像するだけで嫌な汗が出てくる。 どっちつかずは苦しい。

ベンチに1人座りながらじっとり汗をかいているだけで、埒が明かない。
何とか現状を打破するために、この際乗り込んでやろうかと
真剣に検討し始めたところで、握り締めたままの携帯が鳴った。

(三橋?)

一瞬期待してから それはないだろう、と現実に返った。 
見れば親の携帯からだった。 
珍しいことだったんで、不審に思いながらもすぐに出た。

『もしもし、タカ?』
「うん」

母親の声はどこかしらとんがっている。

『アンタ、今どこにいるの?』
「え、 どこって」
『まだかかるの?』
「・・・・・・・なんで?」
『今アンタの部屋の前にいるんだけど』
「え?!」

よりによって何でこんな時に。

「なんで?!」
『久々に御飯作ったげようかと思って』
「・・・・・・・いいよそんなの」
『良くないわよ! あんたちゃんと食べてんの?』
「てか、連絡してから来てくれよ」
『しようと思ってて忘れてたのよ!』
「悪いけど今」

忙しい、と続けようとした言葉は封じられてしまった。
電話の向こうで母親が矢継ぎ早にまくし立て始めたからだ。
曰く、材料をたくさん持って来ちゃって重いだの
せっかくの親の好意を無にするのかだの電車が混んでて疲れただの云々。
本音では舌打ちしたいくらいの気分だったけど。

結局オレは諦めた。  親には勝てない。
なによりこうなってしまった母親はそれこそ「理屈じゃない」思考の持ち主で
聞く耳なんぞあまり持ちあわせてない。

(シュンがまた何かしたか・・・・・・・・・・)

母親のお気に入りの弟は最近急速に親離れしたようで
そのとばっちりがこっちに来ることがたまにある。
つまり、適当に理由をつけてグチを零しに来るわけだ。
誰だって通る道なんだからとオレは思うけど。
むしろ弟は遅いほうだったし、母親も一応わかっているようだけど、
そう簡単に割り切れることじゃないらしい。
たまには付き合うのも子の務めとは思うし、メシは確かに有り難い。  けど。

「タイミング悪過ぎ・・・・・・・」

ぶつぶつと文句を垂れながら、帰る前に未練がましく三橋の部屋のドアを見上げた。
来る時の期待をはらんだそわそわした気分はもうどこにもなくて
あの女は一体三橋の何なんだろうという、
小さくはない不安と不快さだけが渦巻いていた。







○○○○○○

翌日起きるなり三橋の携帯にかけた。
母親がいる間は案の定グチに付き合わされて、
ようやく帰ってくれた直後にソッコーでかけるも結局繋がらなかった。
だからどうせまたダメだろうと、諦め半分怒り半分という投げやりな気持ちで
かけたんだけど。

意外なことに今度は三橋は出た。
心の準備ができてなかったせいで、少し焦った。

「あ、起きてたんだ」
『阿部くん・・・・・・?』
「あ、うんそう、オレ」

慌てながら何を言うか考えてなかったことに気付いた。
もちろん聞きたいことは1つだけど。
その前にゆうべから悶々と気になっていたことが、まず口から出た。

「昨日の女誰?」
『へ』
「昨日、おまえ女と帰ってきただろ?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・。』

沈黙に、 あっ と思った。
何でそんなことを知ってるか、 と三橋が不審に思っているのは明白だ。
慌てて先手を打った。

「そん時たまたま通りかかってさ」

我ながら苦しい。   「たまたま」通るような場所じゃない。
別に、訪ねたと本当のことを言ってもいいんだけど、
さんざん外で待ち伏せたことは何となく隠したかった。

「なぁ誰だよ」
『・・・・・・・・・・。』

今にも 「なんで」 と言われそうで、そうさせないために畳み掛ける。

「まさか、彼女とかじゃねーよな?」

本気でそう思ってるわけじゃなかった。
ただ、突っ込まれたくない一心で出てきた適当な言葉だった。


『・・・・・・・・・・そう だよ』


耳を疑った。


しばらく口がきけなかった。
三橋も何も言わない。

(顔が・・・・・・・・・)

見たい、 と思った。   顔を見たい。
どんな顔をしているのか。
これほどまでに物理的な距離をもどかしく感じたことは、なかった。

ようやく搾り出した声が普通に聞こえることに自分で驚いた。

「・・・・・・・マジで?」
『・・・・・・・う、ん』
「だっておまえ、」

息が苦しくて、意識して吸った。

「・・・・・・・好きなやついんだろ?」
『・・・・・・・・・・・・。』
「その相手以外とは付き合わねーって言ってたじゃん!!』
『・・・・・・・・・・・・・。』
「・・・・・それとも、 あれが」

頭ががんがんする。

まさかまさかとどこかで声がする。

聞きたくない。

心底そう思った、のに。

「・・・・・・・その相手・・・・とか?」
『・・・・・・・・うん、そう だよ』


悪夢を見ているようだった。

本当に夢だったらどんなにいいだろう。
手の中の小さな機械が重く感じる。
落とさないように握り直したら、汗で滑りそうになった。

(・・・・・・・・・てことはじゃあ)

1年7組の人間というのはやはり3年生の時の、ということなのだろう。



昨日の自分を笑いたい。 大笑いしてやりたい。

期待して浮かれて、3時間も待ってる間三橋は
長い間想っていた相手と幸せな時を過ごしていた。
それは全然悪くない。
オレも悪くは、ない。   ただおめでたい大バカヤロウなだけで。


「・・・・・・・・良かったな」
『・・・・・・・・・うん』


まともな言葉を発した口が、他人のもののように感じた。















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