理屈じゃないこと - 12





約束した日、多分オレは前回に輪をかけて仏頂面をしていたと思うんだけど。

「こんにちは!」

前回以上に翳りのない声に複雑な気分になった。
こういう明るい引きずらないタイプのコは案外三橋にはお似合いなんじゃないかと、
ここでも思ってしまったからだ。

(でもダメだ・・・・・・・)

すぐに思い直した。 三橋が本当に好きな相手じゃないと許せない気がする。
親でもないオレの感傷は傲慢だとはわかっているけど。

前回と同じように小奇麗な店で向かい合わせに座りながら
今度はオレも困った気分にはならなかった。 
相手の用件を待つ気分で黙っていたら。

「ごめんなさい!」
「へ?」

いきなり謝られて面食らった。
謝るのはむしろこっちじゃないだろうか。
電話で一言謝罪したとはいえ、失礼なことをした自覚は一応あった。

「・・・・・・・なにが?」
「やっぱりアタシのことは諦めて?」
「は?」

目が点になった。

「阿部くんもいいかも なんてちょっと思ったんだけど」
「・・・・・・はぁ」
「やっぱり、アタシ三橋くんが好きで」
「・・・・・・・・・・。」
「て、それは知ってたよね? 阿部くん」
「・・・・・・・まあ」
「阿部くんの気持ちはすごく嬉しかったんだけど」

内心で舌を巻いた。
三橋の悲観的な思考回路に慣れているオレにとっては、
珍しいを通り越して驚きのポジティブシンキングだ。 
この楽観の半分でも三橋にあれば。

妙に感心しながら多少面白くない気分もあった。
「オレはあんたと付き合う気は元々なかった」 という言葉を
音にしたい衝動を抑え込んで思い直す。
そう思われていたんなら別にそれでもいい。 実際最初はそういう振りをしたんだし。
あの悲惨なデートでまだそう信じているところはすごいけど、
誤解を正してもいいことなんか1つもない。
むしろその辺を突っ込まれると、オレにとっては後ろめたい事実を追求されかねない。
それによって、うっかり三橋への気持ちがバレたりするのも真っ平ごめんだ。 

それよりも問題は理由のほうだ、 と内心で身構えた。
彼女の吐いた次の言葉は今度は予想どおりだった。

「それで、失礼とは思ったんだけど、三橋くんのことが知りたいの」
「・・・・・・・・・。」
「あ、ほんとにごめんね?」
「それはいいけど」

振った (つもりでいる) 男から聞き出そうという辺りは実にたくましい。

(女ってみんなこうなのかな・・・・・・・)

半ば感心、半ば呆れながらもその辺は個性だろうと勝手に結論を出す。
女の思考回路なんて知らないけど、皆が皆こんなにたくましいとは思えない。
あっけらかんと、彼女は続けた。 目が輝いている。

「三橋くんて、今彼女いないよね?」
「うん、いない」
「どういうタイプが好みなのかな?」
「えーと、あのさ」

言うなら今だと思った。 少しでも早いほうがいい。

「あいつってさ、好きな子いるみたいだぜ?」
「・・・・・・・・・・。」

彼女の表情の変化がごく僅かだったので、言い直す。

「みたいじゃなくて、いるんだ」
「・・・・・・・そうなんだ」
「そう、だから無理だと思う」
「・・・・・・・・・・・。」

落ちた沈黙にホっとした気分になっていたオレは甘かった。

「アタシ、諦めない」
「は?」
「付き合ってるわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃあまだチャンスはあるじゃない」
「・・・・・・・・・。」

何だかちょっと前の自分を見ているようで痛い。
同時に、元々が前向き思考の人間なら当然の発想だなと今さら気付いた。
特に抜きん出て前向きってわけでもないオレだって、どこかでそう考えていたんだから。

「ないと思う」
「なんでよ?」
「その人以外の相手と付き合う気ないってさ」
「・・・・・・・・・て、三橋くんが言ったの?」
「はっきり言った」
「・・・・・・・・・・・。」

顔が曇った。 しめしめとダメ押しした。

「それに年季入ってんだ。 結構前かららしいし」
「え、いつから?」
「3年の始めからっつってた」
「え・・・・・・・・」

やっと大きく表情が変わった。 いい感触だと喜んだのは束の間だった。

「じゃあ、今でも好きなんだ・・・・・・・」
「え」

今度はオレが焦った。
明らかに何か知っているような口ぶりだったからだ。
知りたくない、という思いと聞きたい気持ちがせめぎあって、後者が勝った。

「知ってんのか?」
「え?」
「三橋の好きなコのこと知ってんの?」
「え、 知らないけど」

がくっと脱力した。

「でも去年の秋くらいに会いに行って話したことがあって」
「・・・・・・・・・・・。」

そういえばそんなことを一番最初の時に話していた。
面白くない気分になったからよく覚えている。

「あの時に三橋くん、言ってたから。 好きな人いるって」
「・・・・・・・・・ふぅん」

てことはつまり、そういう返答が出てくるようなことを
三橋に言ったってことか、と苦々しい気分になる。
恋敵のおかげで救われていたわけだ。
あの頃は自分の気持ちに気付いてなかったから、ゲンミツには違うかもだけど。

「まだ好きなんだ、ふーん・・・・・・」

彼女は空を睨んで考え込んだ。
それでもまだ諦めないと言い出しそうだなと憂鬱になった。

「ね、阿部くん知ってる?」
「は?」
「1年7組出席番号1番」

はい?  と思ってしまったのはいきなり話が飛んだからだ。

「あのさ、話がよく・・・・・・・」
「三橋くんの好きなコ」
「へ?」
「1年7組出席番号1番」

同じ言葉を彼女は言った。  オレは。

少しの間、呆けた。
すんなり頭に入ってこない。

もう一度今の会話を反芻する。 流れからするとどう考えても。

(三橋の好きな相手が、1年7組の出席番号1番・・・・・・・・・?)

1年生の時の該当人物なら知っている。 よく知っている。
だって苗字に 「あ」 の付くヤツがたまたま他にいなかったから。

「知ってる? 阿部くん」
「・・・・・・・・・・。」
「名前教えてってしつこく言ったら、そう教えてくれたの」
「・・・・・・・・・・。」
「調べようと思ったんだけど、結局分からなくて」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・阿部くん?」
「えーと、それってさ」

声が掠れてしまって、ごほん! と咳払いをしてから続きを言った。

「3年の時に聞いたんだよな・・・・・?」
「え? うんそう」
「てことは3年の時の1年7組のやつ・・・・・?」
「じゃないかしら?」
「・・・・・・・・・・・。」
「知ってる?」
「知らない」

本当に知らない。  けどもし。   万が一1年の時のだったら。

「・・・・・・・・・片想いじゃない・・・・・かも」
「え?」

怪訝そうな声にもう一度告げる。
実質はほとんど自分に言い聞かせたようなもんだけど。

「三橋は、片想いじゃないかもしれない・・・・・・」
「え? なにやっぱ知ってるの?」
「・・・・・かも」
「え・・・・・・・・」

顔色が面白いくらいに変わった。
もっともオレの顔も大分変わってんじゃないだろうか。

「どんなコ? かわいい?」
「えーと」
「性格は? いい感じのコ?」

早くここを出たかったのと、この場で完全に諦めさせたいという2つの思いが
怒涛の勢いで押し寄せてきたので。

「すげー美人でかわいくて頭もいい」
「うそ・・・・・・・・・」
「ほんと。 そんで性格もいい」
「マジで?!」
「うんそう。 だもんですげーもてたけど誰とも付き合わなかった」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから三橋は諦めたほうがいいよ」
「・・・・・・・・でもまだ両思いとは」
「や、多分そうだから」
「・・・・・・・・うそ」

彼女の悲愴な顔とは対照的に、オレはといえば今や 「そわそわ」 のカタマリと化していた。

「あ、ここは奢ってやるな?」
「え?」
「オレ、もう行っていい?」

前回と似たような展開になっているのは申し訳ないけど、それどころじゃない。
きっと とことんそういう巡り合わせなんだ、このコとは。
もう2度と会うこともないだろうけど。

「あの、阿部くん」
「とにかく三橋については完璧ダメってことで!」
「ひど・・・・・・・・・・」

うんひどい。 本当にひどい言い方だと思う。
だから奢るから勘弁して、 と心の中だけで謝りながら伝票を掴んで立ち上がった。
せめてもと、今日はきちんと別れの挨拶をしながらも、正直その時間すら惜しかった。







○○○○○○

早足で歩きながら考える。

勘違いかもしれない。
本当に、3年の時の1年生 つまり2学年下の誰かかもしれない。 でも。
よく考えれば三橋の相手は女だと信じて疑っていなかったけど、根拠は何もない。
一般的にはそうだろうという理由以外。

(・・・・・・・そんな奇跡みたいなこと)

あるわけない、という理性の声は弱々しくて無視したい気満々。  とにかく。

(確認する価値は、ある)

三橋の携帯にかけてみた。 会いに行くつもりだった。
なのにこういう時に限って繋がらない。

「また電源切ってやがんなあいつ・・・・・・」

ぼやきながら、でもそのまま帰る気は全然ない。
聞きたい。
聞いてもし違っていても今より悪くなることはない。
該当人物がはっきりわかるまでは、帰ったところでどうせ何も手につかない。

そう判断したオレはそわそわした気分のままに反対方向の電車に飛び乗った。
目指した場所はもちろん、三橋のマンションだ。
電車の中でもそわそわして落ち着かない。 スピードが遅く感じてイライラしかけてから
落ち着け、と言い聞かせてもほとんど功を奏さなかった。
着くやいなや飛び降りて、歩くのももどかしく走って向かって
マンションの階段を一段飛ばしで駆け上る。
ようやく着いたドアの前で、息を切らしながら呼び鈴を押した。













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