理屈じゃないこと - 10





「す、すごい 雨だね」

三橋の声が耳に入って、はっとした。  うっかり暗い想像に走っていた。
瞬きしてから目の前の顔を見る。
向かい側に座っている三橋はどことなく心許ない表情で、オレを窺うように見ていた。
オレがむっつりと黙り込んでいるうえに、目の焦点も合っていないしで、
不気味だったんだろう。

とにかく 「その1」 だと、気持ちを切り換えた。
告白は無理でも、せめて誤解だけは解いておきたい。
いきなり言うのも不自然だしと、三橋がおそらく気を遣って出したであろう話題に
素直に乗る。  窓のほうに目をやると実際雨はいっそう激しくなっているようだった。
それだけでなく。

「あ」
「・・・・・・・今の雷だな」
「うん・・・・・・」

稲妻に続いて雷鳴の音が響いた。 結構近い。

「すごい、 ね」
「・・・・・・うん」
「電車、大丈夫、かな・・・・・」
「もし帰れなくなったら泊めてくんねえ?」
「え」
「ダメか?」
「い、いいけど」

答にホっとしながらもそんな気はさらさらない。
今の自分はヘタするとマジで寝込みを襲いかねない。
そんな形で無理矢理なんて絶対避けたい。  傷つけたくないし、なにより失いたくない。

最悪の想像がよぎってぞっとした。
振り払うように咳払いを1つしてから、世間話なんぞ開始する。

「最近は、どうよ?」
「え・・・・・・・・最近って」
「いろいろ。 授業とか、練習とか」

近況を聞くと、三橋はぽつぽつと教えてくれた。
特に可もなく不可もなし、という様子が見えて安心する。
もっとも全部話しているかなんてオレには知りようもないけど。
一通り聞き終えてしまうと沈黙が落ちた。
2人して黙っていると雨と風の音が耳についた。

ごくりと、唾を飲み込んでからいよいよ本題を切り出すことにする。
もちろん顔は精一杯何気ない振りを装って。

「そういやさ、こないだ妙なとこで会ったよな?」

不自然に目を逸らされた。
それまでは、聞けばぎこちないながらもスムーズに話していた三橋が返事をしない。
目も斜め下方に固定されたままで、オレのほうを見てくれない。
その理由を考える暇を自分に与えないように、急いで言葉を続けた。

「声かけてくれれば良かったのに」
「・・・・・・・・・。」
「おまえ、行っちゃうんだもんな」
「・・・・・・・・・。」
「もしかして何か、誤解した?」
「・・・・・・・・誤解?」

オレにとってのキーワードを口にしながらドキドキしていたから、
やっと返ってきた反応に体から力が抜けるのがわかった。 
返事だけでなく、オレに戻ってきた視線を捉えながら、ここぞとばかりに強調する。

「そうそう、デートかなんかだと思われたのかなって」
「・・・・・・・・・違う、 の?」
「違う違う全然違う!」

強調し過ぎて却ってわざとらしくなった気がする。  けどもうこのまま突っ走る。

「偶然会って話していただけ」

真っ赤な嘘までついて出た。  少し冷や汗が出る。

「・・・・・・そう、なんだ・・・・・」
「オレさ、彼女なんて作る気ねーしさ」
「・・・・・・・・なんで?」

上手くいきそう、 と上がりかけていた気分が途中でぴたりと停止した。
なんでと来た。   なんでそんなこと聞いてくんだとこっちが聞きたい。

「何でって それは、」
「・・・・・・・・・。」

今、言ってしまおうかと掠めた。

おまえが、 好きだから。

そう言えば。   そう一言言ったらどうなるんだろう。

思った途端に心臓が破裂寸前になった。 呼吸困難になる勢い。

「・・・・・・・・なんとなく」
「・・・・・・ふぅん・・・・・・」

急降下するオレの気分。
自分がこんなに臆病だなんて知らなかった。

と沈んでいるヒマはなかった。 三橋がぼそりと爆弾発言をかましたからだ。

「あの、女の子」
「は?」
「阿部くんと、いた コ」
「・・・・・・・・?」
「昨日、オレに電話くれた・・・・・・・」
「えっ!??」

焦った。 正直焦りまくった。 予想外の展開だ。
タイミングよく、どーんという音とともに雷まで落ちた。
まるでオレの気持ちの効果音のようだ。
一体何を言ったんだろう。
今さっきのオレのウソも実は嘘だと三橋にはわかっているんじゃ。

落ち着けオレ!  と深呼吸を1つする。

「・・・・・・・なんて?」
「え、 あの、 週末会えないかって・・・・・・・・」

今度は別の意味で慌てた。 油断も隙もあったもんじゃない。
でも考えてみれば不思議でもない。
元々彼女は三橋に気があったんだし、オレの思わせ振りな態度に一瞬ぐらついたけど
試しに会ってみたら上の空だわ途中で消えるわロクなもんじゃないと
初志貫徹に戻っても全然おかしくない。
しまったそこまでは考えていなかった。   というか。

(やっぱ無理があるよな・・・・・・・・)

本当に横恋慕したいわけでもないのに (いや本当にしたいけど目当ての
人物がズレているというか) 半端なことしたって上手くいかないに決まってる。
でもここで 「おめでとう」 だの 「頑張れよ」 だの言う気にもなれない。
そこまで人間できているわけじゃない。 できてたまるか。

自分で突っ込みながらも顔は平静を保つ努力を忘れない。 頭のほうはフル回転だ。

「でも、あのコっておまえには合わねーんじゃないかな」
「・・・・・・・・なんで?」

う、 と詰まった。  また なんでと来た。  何だかいつもの三橋と勝手が違う。

「・・・・・・・なんとなく」

咄嗟の返事はさっきと同じになった。
アホさ加減にため息が出そうになったのを堪えて、立て直しを図る。
ここは踏ん張りどころだ。  野球で言えば7回くらいだ。

「いやだからさ、やっぱおまえにはしっかりした年上とかのがさ」

立て直すはずが墓穴を掘った。 慌てて方向転換する。

「大体おまえ、会って何話すんだよ?」
「・・・・・・・・・・。」
「デートとなったらちゃんとコースとかも考えなきゃだし、面倒だろ?」

己のことは棚の上に放り投げた。
とにかく会わせるわけにはいかないんだ。
あのコはどうやら強引なタイプだし、女に免疫のない三橋は
一度会ったらどんどん押し切られるかもしれない。
ここで上手いこと三橋自身に 「嫌だ」 とか 「面倒だ」 とか思わせなきゃならない
何としても。   声がだんだん大きくなるのは
外の雨だの雷だのが煩いせいもあるけど、それだけじゃない。

オレは  必死だった。

「金もかかるし、疲れるし、いいことなんてあんまねーぜ?」
「・・・・・・・・・。」
「それよりは元々友達で気心しれたヤツとかのが、無理がなくていいんじゃね?」

三橋には気心知れた女友達なんていねーだろうという目算あっての提案を
もっともらしく言いながら 「例えば、オレとか」 というのはもちろん心だけのつぶやきだ。

(でも待てよ。 ・・・・そういえば)

イトコがいたんだ!  と思い出して
もっと別の何かも付け加えたほうがと目まぐるしく考え始めたところで。

「・・・・・・・・・オレ」

それまでだんまりを決め込んでいた三橋がつぶやくように言った。
オレが口を噤んだのはそれだけじゃなくて、その声が。
いつもと違うような気がしたからだ。
どこがどう違うとはっきりわかるようなものじゃないけど、何かが違う。

「会わない、よ」
「え」
「こ、断った、 よ」

はーっと細い息が思わず漏れた。  少なからずホっとした。

「・・・・・・・・オレ」
「へ?」

気持ちが緩んだせいか、間のヌけた声が出た。
緩んだ顔で改めて目を向ければ、まっすぐにオレを見つめる視線とぶつかった。

「・・・・・・・・・誰とも付き合わない」
「え」
「だって」
「・・・・・・・・・・・。」
「好きな、人 いるから」
「・・・・・・・・・・・・・。」

以前言っていた人か?  と聞こうとして口を開いて。
聞けなかった。
それどころか瞬きすら、できない。
三橋の顔から目が離せなかった。 それくらい、その時の三橋はきれいに見えた。
華やかなきれいさとは違う、凛とした感じ、いやそんなもんとも違う、むしろ。

壮絶、  という単語が浮かんだ。

背筋が震えた。

三橋はオレを見つめながら再び口を開けた。
淡々とした、けれど揺るぎない口調だった。

「その人以外の人とは、 付き合う気  ないんだ」


刹那モノクロの世界になって。

あぁ光ったな、 もうすぐ落ちるなと思いながら。

浮かび上がった三橋の、きれいな顔に呆けたように見入っていた。



我に返ったのは凄まじい雷鳴が鳴り響いたからだ。
どーん、 の前に バリバリ という引き裂くような轟音まで加わった。
まるでまた、ご丁寧に今のオレの心境を代弁してくれたかのようだ。

とくだらないことを考えてから、ふいに気付いた。


オレは、傷ついていた。


胸の辺りがひどく重くて苦しい。  理由は明白だ。
三橋の想いの深さをまざまざと見せ付けられた。
言葉だけでなく、その表情と空気で。

「ついでに告白」 なんて半ば浮いた気持ちで考えていたことが
遠い過去のことに思えた。

「・・・・・・・そうか」

それだけ返すのが精一杯だった。

三橋の想う相手がどんな人間かなんて、 聞きたくもなかった。
















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