三橋の勇気−1





最近阿部くんがオレのことを避けている。

最初は気のせいかと思っていた。

そんなふうに感じるのは自分の考えすぎだと思いたかったし
なるべく暗い方向に考えないように、オレなりに努力もしてみた。

でも違う。  明らかに避けてる。
前は野球以外の時間をいっしょに過ごすことだってたまにあった。
今はもう、ない。
部活の時間だって組んで練習する時以外は、決まってオレから離れたところにいるような気がする。

でもそうかと思うと 視線を感じてそっちを見ると、阿部くんがじっとオレを見てたりする。
何だか不思議な目をしてじーっと。
目が合うと大抵さり気なく逸らされてしまう。  あからさまに逸らされるわけじゃないけど。

オレ・・・・・また何かやったのかな・・・・・・・
阿部くんを怒らせるようなこと・・・・・・・。
自分では何も思い当たることはないけど、気付かないうちに何かしたのかもしれない。
それか、オレのこのすぐ泣く女々しいところとかにうんざりして
必要なとき以外では付き合いたくなくなった・・・・・・・とか。

そう考えると、すごくありそうな気がして涙が出てきた。
こういうところがオレはダメなんだと思うけど、後から後から新しい涙が湧いてくる。


それとも、    とオレは最も恐ろしいことに気がついた。

やっぱオレの球じゃダメなのかも・・・・・・・
ピッチャーとして見切りをつけられてそれで・・・・・・・・・・


目の前が真っ暗になるような気がした。

もうダメだ。  オレまた嫌われた。
高校に入って阿部くんに認められて信じられないくらい嬉しかった。
有頂天になって自分がダメピーだってこと忘れかけてた。
いつのまにか愛想付かされていたんだ・・・・・・。

それでも、    とオレは思った。
絶対に阿部くんを失いたくない。
もしまだ少しでも望みがあるのなら、ダメなところを教えてもらえれば、 オレはそれを直す。
どんなことをしても直して、阿部くんにまた戻ってきてほしい・・・・・・・。


オレは涙を拭いた。
このままグズグズ悩み続けるのはイヤだと思った。
どうせオレは嫌われる人間なんだから諦めちゃえ とも思う。
でもそう思うそばから、失いたくないという気持ちがどんどん強くなる。
このままわけもわからず諦めてしまったら。    後で絶対後悔するんじゃないか。

オレは一大決心して (多分普通の人には何でもないことだろうけどオレにとっては大変だ)、
何を言われて どんなに傷ついても、それでも理由を聞かなきゃならないと
ありったけの勇気を振り絞った。






○○○○○○

その日の練習の後、オレは帰るフリをしてこっそり阿部くんを待っていた。

最近阿部くんは皆といっしょに帰らずに、1人で先に部室を出ることが多い。
オレが着替え終える頃には大抵いなくなっている。
だからその日はもうとにかく精一杯早く帰り支度をして、一番に部室を出た。
出るとき田島くんが 「お!三橋早いな!何か用事?」 と聞いてきた。
慌ててこくこくと頷いた。  嘘は、 言ってない。

オレは確実に阿部くんが通るだろう場所まで行って深呼吸した。
もし、阿部くんが今日に限って他の誰かといっしょだと聞けなくなる、 けど。
むしろそうなってほしいような気もする。
つらい瞬間が明日に延びる。
でも結局いつかは聞かなきゃならないんだから、どうせなら早く済ませてしまいたい とも思う。


待っている間はもう緊張のあまり死にそうだった。
足が震えて立っていられなくて座り込んだ。
今からこんなんじゃちゃんと話せないかもしれない。
その前に阿部くんはオレと話してくれるだろうか。
野球に必要なこと以外、もう長いこと話していないような気がする。
冷たい目で無視されたら・・・・・・・・・・・

中学のときの体験がフラッシュバックする。
自分を見る冷たい怒りや軽蔑の顔。 顔。 顔。   それに阿部くんの顔が重なる。

それだけで涙が滲んできた。
このまま後ろを向いて帰りたい。
でもそれじゃあ またどんどんダメになるだけだ  と必死で自分を叱咤した。



そんなふうに待っていたらやっと阿部くんが歩いてくるのが見えた。  1人だった。
どきん! と心臓が跳ねた。

体が痺れるような緊張を覚えながら、
震える足を踏みしめて、 それでも何とか立ち上がった。












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                                               緊張し過ぎると血が下がりますよね。