三橋の勇気-2





「あ・・・・阿部・・・・くん」

阿部くんはオレの姿を見るなり少し顔をしかめた。
どきっ と、また心臓が跳ねて体の痺れが増した。
でもしっかりしなきゃ。

「三橋、帰ったんじゃなかったのか?」
「う・・・・・、あの、オレ・・・待って・・・たんだ。 阿部くんのこと・・・・・・」
「・・・・・・・・何で?」
「あ・・の・・ちょっとだけ・・・・・いい、かな・・・・・・。 オレ、聞きたいことが・・・・・・」

その瞬間阿部くんはものすごく変な顔をした。
オレが恐れたような冷たい顔じゃない、呆れた顔でもない、怒った顔でもない、
困ってる?  ・・・・・ような顔だった。
でもそれはほんの一瞬で消えて、すぐに笑ってくれた。

「いいぜもちろん。 なに?」

それですごく勇気が出た。  すぅっと息を吸って、一番恐れていることをまず聞いてみた。

「あの・・・オレの球やっぱ・・・・ダメ・・・・なのかな・・・・・」
「え?」
「オレ・・・・のことダメだ・・・・見込み違い・・・・て」

声が震える。 泣くなオレ。

思いながらも今にも涙が出そうになって、慌てて顔を隠そうと俯きかけた、途端に
「違うよ!」  と強い声がした。  思わずまた顔を上げた。

「そんなこと全然思ってねぇよ!!
 前よりずっと良くなってる。  おまえ頑張ってると思うよ!!」

阿部くんの目は真剣で嘘を言っているようには見えなかった。

とりあえず一番の恐怖が去って
へなへなとその場に座り込みそうになった、けどぎりぎりのところで踏みとどまった。
まだもうひとつ。   ちゃんと聞くんだ。

「・・・じゃあ、 あの・・・何で・・・・・・・避けて・・・るの」

言えた。
ホっとした、 と同時に阿部くんの表情が少し変わった、 ような気がした。
でもオレはもう心底必死だったから、一言言ったら夢中で言葉が出てきた。

「オ、オ、オレまた・・・・なんか・・・・・した?
阿部くん・・・・何か・・・・・怒ってる・・・・よね?
オレ直すから・・・・頑張って・・・・絶対直す・・・・から」

そこまで言ったところでいきなり両の二の腕のところを強く掴まれた。
びっくりして言葉が止まった。

「ごめん。」

え?!   とまたびっくりした。
何で・・・・?  何で阿部くんが謝るの・・・・・??
悪いのはオレが何か・・・・・・・・・・・・・

わけがわからなくてぐるぐるしているオレに阿部くんはまた
「ごめん」 と言った。  顔を見たいのに俯いていてよく見えない。

「三橋は何も悪いことなんてしてない。 オレ・・・その・・・オレのせいだから・・・・・」
「・・・・・・・。」
「だから・・・・・・」
「・・・・・・・・。」
「もうちょっと・・・・・ちょっとしたら普通に戻るから。 もう少し待ってて。」
「・・・・・・・・・。」

そこで阿部くんは顔を上げてオレの目をちゃんと見てくれた。

「いいか。 おまえは何も悪くねえんだからな! 変なふうに悩むんじゃねぇぞ!!」
「・・・・う・・・・・うん。」

頷きながら、オレはホントはもっといろいろ突っ込んで聞きたかった。

阿部くんのせいって・・・・・何?
オレには関係ないこと・・・・・・・??

でもそれ以上は何も言ってくれないような気が何となくした。 根拠のない直感のようなものだったけど。

それでも、果てしなく落ち込んでいた気分が大分軽くなっていることに気がついた。
絶対自分の何かが原因だと思っていたのに。
阿部くんは嘘をついていない、・・・・・・と思う。
でもじゃあ何で。

また聞きたい気持ちが湧き上がった。   けど、どうしても口に出して言うことができない。



阿部くんはまだオレの腕を掴んでいる。

そういえば、練習以外でこんなふうに近くで話すのは久し振りだなー とふと思って
ぼーっと阿部くんの顔に見とれていたら (前から思ってたけど阿部くんはすごくかっこいいと思う)
腕の手に力が篭るのがわかった。

ちょっと痛い。

それから阿部くんの顔がまたすごく、    変な     感じになった。

「・・・・・・・・・??」

黙ってじいっとオレを見てる。
・・・・・怒ってないよね・・・・・・。
でも目が、・・・・・・・・・何だか怖い・・・ような・・・・・・・・・・・。


・・・腕が・・・・・・・・・・・痛い・・・・・・・・・・



わけもなく、  怖くなった。

「・・・・阿部・・・・くん・・・・?」


掴まれたときと同じように唐突にぱっと手が離れた。  支えを失ってオレはよろけた。
それから阿部くんは不自然なくらい素早く、オレに背を向けた。

「・・・・とにかく、もう少し待ってて。 ごめんな。」

オレの顔を見ずにそう言うなり、さっさと行ってしまった。
できれば途中まででもいっしょに帰りたかったのに。
でもその背はやっぱりオレを拒絶している、 ように見えて。

遠ざかる背中を見ながら、 オレは一歩も動けなかった。













                                                    三橋の勇気-2 了

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                                                     阿部くん危なかった模様。