効果テキメン





三橋が落ち込んでいる。 それは特別珍しいことでもない。

阿部の機嫌が悪い。 それもよくあることで全然珍しくない。

けれどその2つが同時に起きたのに加えて、
阿部が三橋をわざとらしくシカトしているとくれば大まかな事態は誰にだって
容易に想像できたので。

「ここんとこ元気ねーけど、なんかあった?」 

昼休みに田島がそう三橋に聞いた時、泉は返事を聞く前から予測していたし
もちろん当たった。

「阿部くんと 喧嘩、しちゃったんだ・・・・・・」

田島もわかっていたのだろう。
驚くでもなく 「やっぱそうかあ」 と朗らかに言ってのけた。
悄然とする三橋と対照的に田島が明るい顔なのは、
犬も食わないなんとやらと高をくくっているせいだろうが、泉も同意見だった。
どうせ阿部が下らないことで拗ねてへそを曲げているのだろう。
尾を引くのは珍しいがまだ2日くらいだし、
この先阿部のほうがもたないのは火を見るより明らかで
放っておいても数日以内に仲直りするに決まっている。

でも三橋がしょげている以上そうも言ってられないのは、兄貴分としての使命感か。
とりあえず田島が話を振ったからには相談に乗ってやろうと
昼休み恒例の昼寝を放棄して三橋と向き合った。
まずは原因を知るべく、田島と交互に問いかける。

「なんでまた喧嘩に?」
「・・・・・・喧嘩っていうより、怒らせちゃって・・・・」
「あー阿部って、すぐ怒るよな!」
「でも、オレが悪いんだ・・・・・」
「なにしたん?」
「・・・・・・・・・・・。」
「制限越えて投げたとか?」
「野球は、関係 なくて」
「じゃあなに?」
「・・・・・・・・・・。」

三橋は黙り込んでしまった。
こうなるとやっかいだとは泉も田島も知っている。 三橋は案外頑固なのだ。
さてどうするかと泉が思案し始めた時、突然浜田が割り込んできた。

「あのさ、余計なことかもしんないけど聞こえちゃったんで」
「余計だよ」

泉の毒舌に慣れている浜田は、さっくり流した。

「阿部のこと話してる?」
「それが何か?」
「オレ、今廊下にいたから知ってんだけど」
「だからなに!」
「その阿部が、こっちに歩いて来てる。 怖い顔で」
「えっ」

青くなったのは三橋だ。 阿部の目的地がここだとしたら。

「謝りに来たんじゃね?」

呑気な田島の言葉に三橋はぷるぷると顔を横に振った。
怖い顔、というフレーズでいっぱいになっているのが丸分かりで、
マジで余計なことを、と泉は内心で舌打ちした。

「おおお怒りに、来た のかも」
「今頃わざわざそれはないだろ」

喧嘩して2日が経過してから改めて罵倒するほど
阿部はバカじゃないだろう。 逆の方向でバカだけど。
けれどフォローの言葉も聞こえないように、三橋は顔だけでなく体も震わせた。

「で、でも怖い顔って」
「じゃあもうさっさと謝っちゃえば?」
「ゆ、許して くれなかったら」
「大丈夫だって!」

田島の自信に満ちた請け合いも今の三橋には効かないようだった。
ぶるぶると震えながら頭を抱えて縮こまった姿に
これはどう転んでもダメだと泉は踏んだ。
阿部が怒りモードで かつ 三橋が怯えている、
ただでさえ意思疎通がズレやすい2人のすれ違う条件が揃っている。
丸く収まるわけがなく、ここは回避したほうが無難だ。
でもどうやって? と考えて、行き詰った。 時間がないのに。
こうしている間にも阿部が姿を現しそうで、焦りを覚えたところで田島が言った。

「わかった。 とりあえず隠れろ三橋!」
「えっ」
「オレが上手く追っ払ってやるから」
「え、え、」

田島はおろおろする三橋を急き立てて、カーテンの後ろに押し込んだ。
直後に阿部が教室に入ってきた。 間一髪だった。

どうやって追い払うんだ、と泉は眉をひそめた。
浜田の言ったとおり、阿部は難しい顔をしていて
つまり何らかの決意だの思惑を持って三橋に会いに来たに違いない。
「いない」と言ったところで、あの様子ではこの場で待つと言いそうだ。
いくら田島でも無理だろう。

という泉の推測はあっさりと外れた。
ずかずかと歩み寄ってきた阿部が何も言わないうちに
田島はシンプルに一言告げた。

「三橋なら保健室だぜ?」

泉は内心で唸った。

阿部は無言だった。 黙って形相と顔色をすうと変えた。
そこに怒りはなく、ただ純粋な心配の色だけがあった。
そして理由すら聞かずにくるりと向きを変えるなり、その場から走り去った。
昔の某漫画の主人公のような加速装置を内臓しているかのごとき素早さに
呆れるよりも感心した。 さすが阿部。
そしてさすがと言うべきはもう1人。

「・・・・・お見事」
「へへっ」

田島は破顔した。

何を置いても駆けつける状況というのは、人によって違うだろう。
例えば三橋だったら
朝から食べるのを楽しみにしていた購買の焼きそばパンが
「本日は1つきりの販売です」 などと言われようものなら
ぴょんと飛び上がってダッシュしそうだ。
そして阿部には、今まさに田島が実践してみせた。 鮮やかに。

しかしそれでめでたし、とはならなかった。
その後顔を出した三橋の表情は、困惑と焦りに満ちていた。

「おー三橋、阿部行ったぜ?」
「た、田島く・・・・」
「良かったな!」
「あのでも、阿部くん、誤解した んじゃ・・・・」
「したろうなあ」

咎めるような泉の視線など物ともせずに、田島は三橋の傷を広げ始めた。

「ぐったりして元気のない三橋とか血だらけの三橋とか想像して、
自分がぶっ倒れそうになりながら今頃保健室に向かって」
「オオオオレ!!!」
「なに?」
「あ、・・・・あのあの」

あ、 と泉はそこで気付いて助け舟を出してやる。
それは田島に気兼ねする三橋に対してだったが、同時に田島の援護でもあった。

「三橋、早く行ったほうがいいよ」
「そそ、そうかな」
「もしかしてあいつ、慌て過ぎて階段から落ちたりしてっかも」

さあっと音がする勢いで三橋の顔色が悪くなった。

「オ、オレ、行く・・・・!」
「おー」
「あの、ごめんね、田島くんがせっかく」
「「いいから早く行けって!」」

ハモった。
三橋が走り去った後で泉はじろりと田島を睨んだ。

「・・・・・・・確信犯かよ」
「でも効いただろ?」

そのとおりだった。 悔しいことに。 さらにしかも。

「多分これで仲直りもできるし!」

それも全くもってそのとおりになるだろう。
この天才4番バッターは野球以外でも
実に見事な立ち回りをしばしば披露するところが、凄い。
たった一言で全て解決してみせた。

感嘆すら覚えながらも素直に褒めたくない泉である。
持ち前の負けん気だの野球における日頃のライバル意識が
むくむくと頭をもたげたので。

「でも弊害もあんじゃね?」

ぼそりと反論などしてみたわけだが。
そうかもなー、と豪快に笑われてその場は終ってしまった。

しかしながら実際それは大当たりで、
その日の放課後花井が疲れ切った顔をしていた。
「どうした?」 と思わず問いかけたくなる程度には。

「どうしたもこうしたも、昼休みに」

泉はこの時点でピンと来たが、素知らぬ顔で促した。

「何かあった?」
「一階の廊下でうちのバッテリーが」
「ははあ」
「人目も憚らず抱き合ってたんですけど・・・・・」
「あー、その件については」
「はあ」
「田島のせいだからさ!」

しらっと田島1人に全責任を押し付けたのである。















                                    効果テキメン 了

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                                                  苦労するのは結局花井。(というオマケ