オマケ






凄まじい形相で疾走してくる男がいる、と思ったらよく知ってる奴だった。
話しかけるべきか否かで迷っているうちに、花井には目もくれずに
脇を駆け抜けた。
なんだあいつ、と見送っているともう一人知った顔が
これまた必死の様子で走ってきた。

早くこの場から去ったほうがいいかも、と
花井が嫌な予感に襲われたと同時くらいに三橋が叫んだ。

「阿部くん!」

阿部は急ブレーキをかけた。 
そして振り返るや今度は三橋に向かって突進してきて
2人は廊下の真ん中でぜいぜいと息を切らしながら対峙した。
何事かと硬直している花井など当然眼中になく。

「お、おまえ、大丈夫なのか?!」
「あの、阿部くん」
「保健室だって田島が」
「オレ、大丈夫、だよ!」
「ほんとに? 具合悪いとかケガしたとか」
「なにも ないよ!」

はあああ、と息をついて弛緩したらしい阿部に三橋は涙声で言った。

「それであの、ごめんなさい、阿部くん」
「三橋・・・・・・」
「オレ、オレが悪かった、です」
「いや、オレこそ」
「だからもう、ゆ、許してほし」

三橋い! と絶叫が響いた時点で何も見ずにとんずらするべきだった。
でも遅かった。
がばりと抱き締めた阿部に三橋は抵抗もせず、
そのまま2人の世界に入り込んだのを呆然と見つめた。

頼むから出てきて、と心だけで懇願しても無駄なので
ここは関係者として一言諌めるべきかと思うと立ち去ることもできず、
傍らを通り過ぎる生徒の 「あ、ほら野球部の」 という声だの忍び笑いだのを
顔を火照らせながらやり過ごす羽目になったのだ。














「・・・・・・・という状況だったんだ」

説明を終えた花井は長いため息をついた。
気持ちはわかる、と泉は同情した。

「お疲れ、花井」
「ほんとに疲れたよ」

泉の一番知りたいのは別のことだったのだが、結局それはわからなかった。
なのでその後練習の合間の休憩中に阿部の近くに座ったのはわざとだった。

「阿部さ、ちょっと聞きたいんだけど」
「・・・・なに」
「結局何が原因で喧嘩したんだよ?」
「・・・何でそんなの知りたいわけ?」

質問返しされてしまった。
その時花井も傍にいたのはたまたまだったのだが、
ちゃっかり利用させていただくことにした。

「昼休みに恥ずかしい思いをしたからには原因が知りたい、
と花井が言ってんだけど」

花井がぎょっとしたように目を剥いた。
そんなことは誰も言ってないと顔に書いてある。

「泉、オレは別に」
「三橋は教えてくんないんだよなー」

花井の抗議に被せるようにして畳み掛けると阿部はまず、失礼な発言をした。

「あ? あん時花井いたっけ?」

そうでしょうとも、という顔を花井はした。
そうだろうなと泉も思った。
そして阿部は三橋と違って特に隠す気もないようだった。

「手紙もらったんだよ」
「三橋に?」
「違う、知らない女から」

へえ、と意外に思った。
何しろ2人の仲は公認だから割り込もうとする輩は滅多にいないはずだ。 
ツワモノだな、と浮かんだことを少しアレンジする。

「物好きだな」
「っせーよ。 とにかくその手紙に一度デートしたいって書いてあって」
「へえー」
「そんな気さらさらなかったんだけど」
「だろうな」
「うっかり三橋が見ちゃったんだよなーそれを」

ああなるほど、と納得しかけた。

「それで三橋がやきもち焼いて拗ねたと」
「違う」
「え」
「それなら全然良かった」

そうか、とそこで泉は理解した。 三橋ならさしずめ。

「・・・・・あいつ、デートすべきとか言いやがって」

やっぱり、とため息をついた。 言いそうだ。
もっと余計なことも言ったかもしれない。

「それで阿部が怒ったってわけか・・・・・・」
「だってひどいと思わねーか?! そう思うだろ?」

アホらしくて真面目に答える気にもなれず、ぼそっとつぶやいた。

「やっぱ犬も食わねーな」

「・・・だから聞きたくなかったのに」

横から聞こえた暗い声は、聞こえなかったことにした。











                                       オマケ 了

                                       SSTOPへ






                                                      花井くんごめん