君がために





部室に入った時 「なんだ?」 と思った。
何だかいつもと雰囲気が違う。
その場にいる連中が皆少しずつ困ったような顔をしながらあたふたしている。
原因はすぐにわかった。

三橋が泣いている。

と言っても三橋が泣くのは全然珍しいことじゃない。
高校男子にしてはあり得ないくらいよく泣く。 けど。
三橋はじゃあ女々しいかというとそんなことはない。 (とオレは思う。)
泣いてもひっそりのことが多いし、すぐに涙を収めてしまうことがほとんどだ。
(気をつけて見てればバレバレだけど)
なのに今日は隠すこともなく盛大に泣いている。
しかももう大分前からそうしていたらしく目も鼻も真っ赤で、顔がむくんでしまっている。
本人も恥ずかしそうなんだけど自分の意思ではどうにもならないらしい。
皆も水を持ってきてやったり背中を撫でてやったり、慌てた様子でなだめようと一生懸命だ。
オレは反射的に阿部を探した。
こういう時必ず傍にいて面倒をみてやる男の姿を。
けどあいにく阿部はまだ来ていなかった。
皆が困った顔をするはずだ。

「一体どうしたんだ・・・・・・・?」

呆然とつぶやいたオレに田島と泉が同時に言った。

「三橋が階段の上で足を滑らせて」
「どうやら落ちたらしくて」

続けて栄口も言った。

「なんかかなり痛むらしいよ」
「そんでもって投げられないって」

えっ  とオレは焦った。
三橋はこのチームの大事なエースだ。
投げられない、ということなら三橋の止まらない涙のワケもわかる。
三橋にとっては一大事だ。  チームにとっても。

「手首か肩をぶつけたとか・・・・・・?」
「それはよくわからないんだけど」

三橋は泣き過ぎて言葉が言えない状態なんで、田島と栄口と泉が交互に教えてくれる。

「わからない・・・・・・・?」
「とにかく派手に落ちたらしい」
「上から下までまっさかさま」
「えぇ??!」
「頭は打たなかったらしいけど」
「でも歩けるんだよな?」
ここにいるってことは。

「それは平気みたい」
「でも投げられないのか・・・・・?」
「そう」

それは確かに大変だ。
こんなとこに座り込んで泣いている場合じゃないんじゃ。
そう判断したオレは急いで言った。

「病院に行ったほうがいいんじゃないか?」
「そんな必要ないって言い張って」

こんなことにまで卑屈根性出すなよ・・・・・・と思わずため息をついた。

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?!」

主将命令で行かせようか、 と思ってそれから、
その前にとにかく阿部が来ないとまずいか・・・・・・・・・・と考えた。
あいつは絶対にいっしょに行くと言うに決まってる。
別の誰かと行かせた、なんてことを聞いたら怒り狂うに違いない。
「何でオレに言わなかった!」 とか怒鳴る阿部の不機嫌な顔が容易に浮かんでくる。

とりあえず泣いている三橋にダメもとで声をかけた。

「三橋、立てるか・・・・・?」
「う、うぇ」

三橋は泣きながらも頷いた。

「病院に行って検査したほうが良くねぇか?」
「ほ、 ほけ」
「は?」
「保健室、 い、 行った」

あ、一応行ったんだ・・・・・・・・・・

「それで?」
「わ、   からな・・・・・・・」

首を振りながら三橋はひっく、としゃくり上げた。

「わからない?」
「き、  聞いて、  な い」
「はぁ?」
「つ、付いてこ、  と、  した、   だ   けど」
「え?」
「ダ   メ、  だっ  て」

言うなりまた新しい涙をぼろぼろと大量に落とした。

オレはワケがわからなくてしばらく思考が停止した。
『付いてこうとした』  ????

「誰に?」
「・・・・・・・・べく・・・・」

ほとんど日本語になっていない。 べく?? べくって何だよ・・・・・・・・
こういう時阿部がいれば大体のことはわかるのに。

「阿部は? まだ来てないのか?」

三橋に聞くのはもう諦めて田島に向かって問いかける。
田島は阿部とは別の理由で三橋の言わんとすることをやすやすと解読できるからだ。
ある意味阿部よりも。
だからおそらく事態を一番把握しているに違いない。

「だから、保健室」
「え?」

阿部が?  あ、三橋の結果を聞くために?
てことはもう知ってるんだな、   とホっとした。  でも。

「なんで三橋もその場で聞かなかったんだ?」
「だから阿部が付いてくんなって怒ったらしい」
「え??」
「三橋はいっしょに行きたがったみたいなんだけど」
「え??」

何だか話がよく・・・・・・・・・・・・・・・・

「おまえは先に部活行けって言われたらしくて」

えーと・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「三橋はじゃあ保健室には行ってない、のか・・・・・・・・?」
「そう」
「階段から落ちたのに?」
「そう」
「なんで?」 

わけがわからない・・・・・・・・・

「だから阿部が付いてくんなって」
「なんで落ちてない阿部だけが行くんだよ?!」

オレがそう言った途端にその場にいたみんなが一斉に変な顔をした。

「・・・・・・・落ちたのは阿部だよ」
「え??!」

何だかさっきから 「え」 ばっかり言ってる気が。

「落ちそうになったのは三橋だけど。」
「はぁ・・・・・・・」
「とっさに阿部がかばって」

目に見えるようだぜ・・・・・・・

「代わりに見事に自分が落ちたってわけ」
「・・・・・・・・・・はぁ・・・・」
「オレらもその場にいたわけじゃないけど、三橋の話によると。」

オレは脱力した。 そゆことか・・・・・・・・・・・・
大事な主語がさっきいっぱい抜けてませんでしたか・・・・・・・・・
それで三橋が投げられないほどの精神的ダメージを受けた、と。
いつもなら努力して収める涙を収められないくらいの悲嘆に暮れている、と。

深く深ーーーく、 オレは納得した。
それから はっと気付いた。
阿部の怪我だって一大事じゃないか!!?

「阿部は? 大丈夫なのか?!」
「だから今保健室だって」
「あ、そっか・・・・・・・・・・」

何となくぐったりしたところで部室のドアが派手な音とともに勢いよく開いた。
皆そろってドアを開けた人物を見た。
その人物は入ってくるなり怒鳴った。

「何で泣いてんだよ三橋?!」

瞬間皆いっせいに安堵の表情になって、それから叫んだ。 

「「「「「阿部!!」」」」」
「は?」

皆の剣幕に阿部は少しひいた。

「おまえ大丈夫なのかよ?!」

田島の問いに阿部は事も無げに答えた。

「え? 大丈夫に決まってんじゃん」
「だって階段から」

続けて泉も心配そうに言う。

「かなり痛むって」
「え? 大したことねーよ」
「「「「「え? そうなの?」」」」」 

またきれいにハモった。

「打ち身だけだもん」
「打ち身?」
「うん。 保健室で湿布たんまり貰ってきた。 部のやつ残りあんまねぇから。」
「「「「「・・・・・・・・・・。」」」」」
「・・・て、三橋にも言ったはずなんだけど」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」
「おまえ何でそんな泣いてんだよ?!」

阿部はオレたち全員の密かな (でも激しい) 脱力には頓着なく三橋に向かって不機嫌そうに尋ねた。

「だって・・・・・・・・・」
「うん」
「あんな、派手に、落ちて」
「大して痛くなかったって」
「オ、オレの、せいで」
「気にすんなっつっただろ?!」
「だって」

三橋の涙はまだ止まらない。
阿部が乱暴に指で三橋の頬をごしごし擦ってやっている。

「け、ケガとか」
「してねーってば!」
「ほ、ホントに・・・・・?」
「本当だって! さっきもそう言ったろ?」
「で、 も」
「大丈夫だから!!」
「い、痛そうな顔、 してたし」
「そりゃ落ちた直後は・・・・・。 でも今は別に・・・・・・・」
「ほ、本当に大丈夫・・・・・?」
「大丈夫!!! ちょいアザができただけ」
「・・・・・・・・」
「早く着替えろよ!? 練習遅れてんじゃねーか?」

弾かれたように三橋は立ち上がった。  涙は手品のように止まっていた。

ふと気付くと周りの連中もいささかげんなりした面持ちではあったものの
もう何事もなかったかのように支度の続きをしている。  あっというまにいつもの風景だ。

オレは考えた。
思い切り悲観的に考える三橋は確かに三橋らしい。 かもしれない。
とはいえ。
それであそこまでダメージを受ける三橋。
涙が止まらなくなって、球を持つことすらできなくなる三橋。

そこまで考えて思わず阿部に言ってしまった。

「おまえさ・・・・・、本当にマジでケガには気をつけろよ・・・・・・・・・・」

阿部はちらりとオレを見て にやっと笑った。

「ったりまえだろ」

その後に付け加えられた内心の声が聞こえるような気がした。



(三橋のためにな!)













                                                    君がために 了
                                                   
オマケ(かなりしょーもない)

                                                    SSTOPへ






                                             本当にそうなっても三橋は最終的にはきちんと立つ気がする。

                                       言い訳:おそろしくマヌケな話になった。(けど消すのやめました) H19.11 追記