事件-2





田島の話を聞いたオレは、ざっと顔から血の気がひくのが自分でわかった。

「そいつ誰かわかるか?!」
「うー・・・・それが・・・・・・」
「いつか言ってたヤツ? 委員会とか何とか」
「いやそいつじゃなくて・・・・・・・・。」

一瞬遠い目をした田島はでもすぐに、 「あっ」 と表情を変えた。
「思い出した!! あいつその委員会男とよくいっしょにいるヤツだ!!
 どっかで見たことあると思ったんだ!」
「何年何組かわかるか?!」
「えー・・・・・・そこまでは」

傍らでオレたちのやり取りを聞いていた花井が、そこで口を挟んだ。

「3年3組」
「何で知ってんの花井」
「前三橋が言ってた」

とりあえずはそこだ、 と判断して急いで部室を出ようとしたところで
花井と田島が 「オレらも行く!」 とついて来ようとした。 けど。
田島曰くの 「三橋に気がある」 ヤツが絡んでるとなると、
恐喝とかリンチとかの類じゃない可能性が高い。 むしろその逆。
そいつの人柄とか知らないから何とも言えないけど、三橋にとって最悪な展開になるとすると。
等々、瞬間めまぐるしく考えてからオレは言った。

「田島だけ来て。 そいつ教えて。 花井はいい。 あまり事を大きくしたくねぇから。」







○○○○○○○

これ以上ないってくらい迅速に目当ての教室に着いたなり
田島が 「あ、あいつ!」 と1人の生徒を指さした。

ぱらぱらと残っていた数人の3年生たちが、突然派手に飛び込んだオレたち2人を
びっくりした様子で、あるいは胡散臭げにじろじろ見ているのがわかったけど、
そんなことに構っているヒマはない。
オレは躊躇なく田島の指し示した生徒にくってかかった。

「三橋はどこだ!!!」
「おまえ何だよ。」

言いながらそいつの目が一瞬ぎくりとしたのを見逃さなかった。
でも続けて放たれた言葉は。

「何言ってんのかわかんないよ」

明らかなごまかしに、どうやら簡単には教えてくれそうもないと焦りがつのった。
当然といえば当然の反応だけど、ここで はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
どうすれば、 と慌しく考えを巡らせ始めたところで
そいつの隣にいた、人の良さそうなヤツがおっとりした調子で言った。

「君が阿部くん?」
「・・・そうすけど。」

え、  と最初のヤツが小さくつぶやいて改めてオレをじろじろ見た。 感じが悪いこと夥しい。
何だよ、 という気分で睨みつけてやったら。
2人目のヤツが思いがけなくあっさりと
「三橋くんはね、1階の」  と言いかけた、ところで最初のヤツが慌てたように遮った。

「おい田中!?  まずいだろ!」 

でも田中と呼ばれた生徒は意外にもきっぱりと言い放った。

「黙っているほうがまずいだろ。 いくら好きだってやり方が卑怯なんだよ!!」

それからオレに向かって言った。


「生物準備室だと思うよ。 早く行ったほうがいい。」
「ども!」

また猛ダッシュだ。  教室を飛び出す直前 「ごめんな」 という声が聞こえた。
マトモなヤツがいて助かった・・・・・・・ とホッとしながらも
事態は依然として全然良くなってないと気付いて舌打ちした。

(あんのバカヤロウ! のこのこ付いて行きやがって!!)

ぼーっと付いて行った三橋にも腹が立ったけど、それよりももっと許せないのはもちろん。

(うちのエースに何かしてみろただじゃ済まさねえぞ・・・・・・・・・・・・)

顔も知らない「委員会男」を呪いながら、一応最悪の場合も (あまり考えたくないけど) 想定して、
走りながら田島に怒鳴った。

「田島、おまえは部に戻れ!」
「えっ? 何で?」
「オレ1人で何とかなる。
 それより今日このまま練習行けなかったらモモカンに適当に言っといて。 熱出たとか何とか。」

田島は一瞬何か言いたそうな顔をしたけど
「わかった。」 とだけ言って戻っていった。








○○○○○○

生物準備室は校舎の隅にあるから、生物室が使用されないときは周りに人気はない。
シンとした廊下を走りながら、あと5mというところで中から音がしているのに気付いた。
何か物が倒れるかぶつかるような音と、それから。

人の声がする。
物音に紛れて聞こえにくいけど確かに、する。

「・・・なして・・・・・」

物音の僅かな合間に聞こえた声。 今の声は。

「三橋!!!!」

叫ぶと同時に疾走してきた勢いのままドアに飛びついた。
がち!!  と硬い手ごたえがあるだけで開かない。
オレが叫んだのと同時に中の音がぴたりとやんだのがわかった。 
ドアを両手で思い切り叩いた。

「三橋! いるんだろ!?」
「あべ、  くん」

今度こそはっきりと三橋の声がした。 ドア1枚隔てたすぐそこにいるのに。

「ちくしょう!」

怒りに任せてドアを蹴った。  がん! と派手な音がむなしく響き渡った。
頭に血が上るのを何とか抑えて冷静になろうと努めた。 逆上したところでどうにもならない。

(一階だから外に回って・・・・・・・)
思いかけてすぐに打ち消した。  時間がかかり過ぎる。
自分がここで騒いでいる以上、いくら開かないと言っても中でそう滅多なことはできないだろう。
とは思いつつも、 でももしそいつが極悪人だったら。

(何とかして入らねーと・・・・・・・・)

見渡しても、普通の教室と違って天窓もない。
田島を戻らせたのは失敗だったか、  と今さら後悔しても遅い。
ぎり、 と歯噛みしたところで、中からまた音が聞こえた。

(あ・・・・?)

息を詰めて中の音に集中したのは、それがさっきとは違う質の音だったからだ。
まもなくまた静かになり、それから小さな足音が聞こえた。
足音はドアに近付いてきて、続いてカチリと鍵の外れる音がした。
間髪おかずに勢いよくドアを開けるとそこには。

真っ青な顔をした三橋が立っていた。













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