自覚-1





「三橋!!」

その姿を見るなりオレはとりあえずはーっと安堵のため息を吐いた。
一見した限りでは何とか大丈夫なようだった。

(間に合った・・・らしいな・・・・・)

流石に全く無事というわけにはいかなかったけど。
上半身、シャツが多少乱れている。  そして顔は紙のように白い。

「あ!どこ行った?!」

一瞬の安堵のあと思い出して見回しても案の定というか他に誰の姿もない。

「ま・・・・窓から・・・・・・」
(逃げたか。)
「ちっ」

やっぱりとオレは舌打ちした。
窓を開けるような音がしたから多分そうだと思っていた。
結果的には早くカタがついて良かったのかもしれないけど。

(一発殴ってやらなきゃ気が済まねぇ・・・・)

物騒な思考が頭を掠めて一瞬追うことも考えたけど、今はそれよりこっちのほうが気になる。
思い直して、改めて三橋を見た。
ぼーっとしている。 (ように見える)
心配して駆けずり回った反動で、かーっと怒りが湧いた。

「この・・・・・バカヤロウ!!!」
「ひぃ!!!」
「変だと思わなかったのかよ!!?」
「ご・・・・・ご、ごごごめんなさ、い」

堰が切れたように涙が溢れてきた。

(あー・・・・・ヤバ)

こいつのせいじゃないしなぁ と少し冷静になり、
でもそれにしたって途中で不自然さに気づけこのやろう!! とふつふつとまた怒りも湧く。
自分でも説明のつかない苛立ちを感じながらも何とか抑えて
「・・・おまえが悪いんじゃねぇけどさ・・・・・」 とぼそぼそフォローしようとしたところでふと、
三橋の全身がぶるぶる震えていることに気がついた。
震えながら俯いて涙をぼたぼた落としている。
泣きながら、三橋はへなへなとその場に座り込んでしまった。
哀れなその様子に急速に怒りが薄れて、オレも隣に座った。
反射的に手が伸びて肩をそっと抱いてやった。

「・・・おまえ・・・・・何された・・・・・・??」

口に出して聞いてから、 (そうか) と気付いた。
さっきからそれこそが一番気になっていたんだ、ということに。
返事を待つ間、自分がひどく凶暴な気分になっていることも自覚してしまう。
これは。     その男に対する、 憎悪、 だ。

辛抱強く待っていると、三橋は泣きながら震える声でつっかえつっかえ話し出した。

「・・・な・・・・何も・・・・・」
「何もってこたないだろ!! そんなに泣いて・・・・・・」

それに。  シャツのボタンが上半分、
「・・・ちぎれてるじゃん・・・・・・」

オレは呆然とそれを見ながらつぶやいた。
単純に外されているんじゃなくて、ちぎれてなくなっていることにそこで初めて気がついたからだ。
何もなかったどころか、最悪の予想に近いことがあったに違いない。

「・・・・言いたくない・・・・・・?」
問いかけた自分の声も少し震えた。

「・・・あ、でもホント・・・・・・に・・・・・
 い、いきなり、  腕掴まれて・・・・・びっくりして・・・・・・振り放して」

ぽつぽつと話した三橋の言葉によると、振り放した手がそいつの顔にたまたま当たって
逆上したそいつに押し倒されたけど、盛大に抵抗して
揉み合っているうちにオレが来た、 ということらしかった。

(こいつだって細いけど男だしな・・・・・。 それに腕の力は強いはずだ。 普通より。)

でも時間が経てばどうなったかわからない。
間に合って本当に良かった、  と改めてこっそりと息をついた。

「怪我は?」
「・・・ないと・・・思う・・・・。 ぶつけた・・・・くらい・・・・」

話すうち少しずつ落ち着いてきたようだけど、涙が全然止まらない。
ここまで止まらないのも珍しい。

「怖かったんだな・・・・・・」

つぶやいたら三橋の嗚咽が大きくなった。
オレは三橋が泣き止むまで黙って肩を抱き続けた。
それしかしてやれない自分を歯がゆく思いながら。






○○○○○○

ようやく涙と体の震えが止まったところで、三橋に告げた。

「今日はもう部活休めよ。 監督には田島が上手く言ってくれてるはずだから。」

三橋は一瞬  「え」 と不本意そうな顔をした。
けど、すぐに目を落として  「・・うん・・・・・」  と力なく頷いた。
ここまで泣き腫らした顔では流石にどうかと思ったのかもしれない。
人一倍練習好きな三橋が大人しく同意したことにオレはまた胸が痛んだ。
それだけショックも大きかったんだろう。  かわいそうにと思う。

「今日、自転車?」
ふるふると顔が横に振られたので。
「オレ送るから」
「え!! い・・・・いいよ・・・・阿部くんは・・・・・・練習に・・・・」
「お  く  る。」

この状態で1人で帰らせるなんて冗談じゃねぇ。
静かに言ったけど、その分却って穏やかでない調子になってしまった。
オレの雰囲気に気圧されたのか、びくりと小さく揺れながらも三橋はまた大人しく頷いた。

「・・・うん・・・・あり、がと・・・・・」 

ホッとしているようにも見える。
本当はまだ怖いんじゃねぇのか?  と思ったらますます1人でなんて帰すわけにはいかない。



それぞれの荷物を回収して外に出ると、すでに空が染まり始めていた。
三橋は黙りこくって歩いている。
元々そんなにしゃべるほうでもないけど。
こいつのことだからまた自己嫌悪にでも浸っているのかもしれない。 てか多分、そうだろう。

オレも何と言っていいかわからずにもくもくと歩きながら
問題の 「委員会男をどうするか」 と考えていた。
流石にこんなことがあった以上は三橋も以後用心するだろうけど、
またどんな手を使ってくるかわからない。
(花井たちとちょっと脅しておくか・・・・・・・・)
でも1年の脅しなんか3年に効くだろうか。  
というかとにかく。

(殴ってやりてぇ・・・・・・)

だけど暴力沙汰はまずい。 すごくまずい。 どうしたものか。


迷いながら、オレは三橋の横顔をちらりと見て慌てて目をそらした。
実はさっきから考えに耽りながら三橋の胸元が気になって仕方ない。
ちぎれて飛んだボタンは探して回収したけど (そういうあたり自分でもマメだと思う)
その場で付けるわけにもいかず、当然シャツの上半分は開いたままだ。
そこから三橋の日に焼けてない白い胸がちらちら覗く。  着替えで見慣れているはずなのに。

(・・・・白い・・・な・・・・・・)

はっと我に返ってオレはまた目を逸らした。
さっきからそんなことばかり繰り返している。

(何考えてんだオレ。
 ・・・・・・これじゃあ・・・・三橋を襲ったヤツと大差ないんじゃ・・・・・)

慌ててぶんぶんと頭を振って深呼吸したところで、三橋の家が見えてきた。 ホッとした。
前まで来て 「じゃあな、今日は早く寝ろよ」 と言いながら正面から見たところで、

オレは 「それ」 に気が付いた。











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